その12 まさかの転校生

「こ、この度親の仕事の都合で県外から来ました。二宮ハルです…」


私は何をしているのだろう…?

自分でもそう言う問いが出てくるのだが…

私は今、家から歩いて5分ほどの所にある中学校の、2年4組で自己紹介をしている。


「って訳で、今日から1人増えるからな。前の学校とは何かと違うはずだから、皆、手助けしてくれよ?」


30人ほどの中学2年生に奇異な目で見られる私。

その中に、私のことをキラキラした目線で見つめてくるナミの姿もあった。


「で、二宮。席なんだが、一番奥の空いてる席で頼む」

「は、はい…分かりました」


担任の先生に言われるがまま、窓際の一番奥という…如何にも"主人公!"といった風な席まで行って席に着くと、持ってきた鞄を机のフックに引っ掛けた。


「よし、それじゃあ、今日のホームルームはこんな所だな。1時間目は俺の授業だが、お前等宿題やってきてるよな?それに今日の単語テスト。チト、ムズイからな。まだ終わってないなら、最後5分くらい、足掻いておけよ?」


注目を浴びるのもそこそこに、担任の言葉にハッとした顔を浮かべるクラスメイト達。

1時間目は英語…宿題と言う事は、何か英訳してくるとか、そういうものだろう。

そして単語テストとは…ノー勉でどこまで行けるか、頭の体操には丁度良いか。


(なんか懐かしいなぁ…頭脳は大人、体は子供…それも男の子!…はぁ…)


私は慌てて授業の準備を始めるクラスメイト達に混じって、鞄から英語の教科書とノートを取り出した。

筆記用具類は大学の頃のままだが、それ以外はピカピカの新品。

さて、授業開始まであと5分…英語の教科書をパラパラ捲って中身を眺め出す。


(しかし、どうしてこうなった…)


思ったよりも注目を浴びず?に始まった私の"2度目"の中学校生活。

私は今の状況を呪いつつ、現役の頃よりも可愛らしいイラストで彩られた教科書をジッと眺めていると、隣の席の子が私の机を指で叩いてきた。


「ん?」


少々驚いて隣に目を向けると、如何にも大人しそうな女の子が私を見て顔を赤らめている。


「あ、あのっ…次の英語、最初に単語テストがあるのっ…」

「あ、あぁ、言ってたよね」

「その範囲なんだけど、さ、最後の方のページに単語集があるでしょ?」

「うん」

「それの、No51~No75までの25個から、10個出て来るの」


私は教科書を捲りながら、テスト範囲の単語を確認した。

これくらいなら、多分なんとかなるだろう。


「ありがとう。少し足掻いてみるよ」


私がニコッと愛想の良い笑顔を作ってそう言うと、教えてくれた女の子は顔を真っ赤に染めて頷いた。


♂♀♂♀♂♀


(乗り越えたっ!なんとか乗り越えたっ!凄いぞ私…よくやった私)


英語の単語テストから始まった2度目の中学生活。

午前中の授業を終えた私は、普段と違う生活のせいで変な疲れ方をしていた。


1時間目が終わって以降、クラスメイトに質問攻めに遭い続けた休憩時間のせいで殆ど休憩出来ていなかったのだ。

必要に応じて、"先にゲーセンで知り合った"事をクラスメイトに伝えていたナミが助けに入ってくれたのだが、それでも、ここまで"人と向き合う"のは久しぶり…

4時間目、社会の教科書やらノートを片付けると、机に突っ伏して変な溜息が漏れたが、すぐに周囲の動きを見てハッと顔を上げる。


「つ、疲れてるみたいだね」


隣の席の女の子、四橋秋穂さんが私を見て小さく笑う。

そうだった…これから給食の時間だ。

机をズラしてるという事は、1班の形になって配膳され、皆でワイワイ食べるのだ。


(ボッチにならなくて良いんだけど、なんかハズいぞ…)


私は四橋さんの言葉に笑って誤魔化しつつ、机をズラして鞄の中から箸を取り出す。

周囲を見回せば、今日の配膳係が給食を持ってきて、今まさに皆に給食を配ろうとしている所だった。


(そうか、ああいう係活動的なのもやらなきゃいけないのか…)


今日は何もしなくていいはずだけど、この先、ああいうことをする場面もあるのだ。

私は疲れを感じる中で、更に疲れが増したような感じで姿勢を崩すと、机をずらした事で隣合う事になった男子が私の方を見てフッと鼻で笑ってきた。


「二宮、大分疲れてんなぁ。そんなに前の学校と違ったか?」

「え、あ、あぁ…それはもうね。授業の進みやらなにやら、大変だな」


確か彼は五木守一とか言ったか。

私はやれやれと言いたげな感じで肩を竦めると、彼は私の肩をポンと叩いて黒板の方を指さした。


「ま、それなら次の体育は楽だぜ。跳び箱だからな」

「なるほど。適度にサボれると」

「あぁ、二宮、運動出来るんだっけ?」

「全然。運動音痴だからね、体育祭みたいなのがあったら、戦力外だ」


ここまで"男"を演じるのは初めてだけど…今のところは何とかなっている。

私は暫く、彼や、班のメンバーと雑談を交わす事になるのだが…やがて、私はあることに気付いてしまう。


(ってことは…次、更衣室で着替えないと駄目って事だよね?)


♂♀♂♀♂♀


5時間目、そして6時間目は2時間連続で体育の時間。

問題なく給食の時間と昼休みを過ごし、いよいよやってきてしまった"着替えの時"。

私は同じ班のメンバーだった五木君に連れられて"平静"を装いながら体育館横の更衣室へと向かって行ったが、緊張感は拭いきれていなかった。


(裸になる人は居ないでしょうけどね?)


男子の着替えは、ぶっちゃけた話、高校時代に教室で着替えだす人もいたから見たことが無いわけでは無い。

女子よりも楽というか、雑で楽なのは知っている。

これ位の男の子は"ストライクゾーン"…意識して見ない様、気を付けねばならない。


(あわわわわわ…)


脳内でパニックになりつつ、表では平静を装ったまま、いよいよ更衣室へ。

今しか入れない男子更衣室…女子のそれと違う、ちょっと"男くさい"空間に入っていくと、私は周囲をなるべく見ないようにしながら奥のロッカーの前に陣取った。


(サッと着替えるぞ…)


パパっと学ランに手を掛けて、着替え始める私。

すると、隣に五木君…その周囲には、まだ名前を覚えていないが、如何にもサッカー部という感じの男の子がやってきてしまった。


(え…)


学ランを脱いでシャツを着替えながら、思わずそちらの方に目を向けてしまう私。

周囲にやって来た彼らは私の目を気にせずバッと学ランを脱ぎ始めると、この時期の男の子特有の健康的で幼く…そして"筋肉が付き始めた"体が露わになった。


(ああああああああああああああああああああああーーーーーーー!!!!!!!!!!)


少年と成人の中間…"ストライクド真ん中"な肉体美を見てしまった私。

脳内で絶叫しつつ、表の表情には少しも感情を出さぬように意識しながら、コソコソと着替え、そそくさと体育館に向かうのだった。

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