その8 イベント
「ハル~、これ何なのさ?」
「言ったでしょ。ほら、男の子が好きそうな変身ヒーローモノの…」
「それは見て分かるけど!ハル、その見た目でこれは違うんじゃ…」
「何言ってんの!子供で卒業だなんて勿体ない!今はね、成長しても楽しめるの!」
男になってもう1か月半位が経った、とある祝日休みの月曜日。
すっかり男の子の体に慣れた私はとある目的を遂行する為、真琴に頼んで"姉弟"としてついてきてもらっていた。
やって来たのは、私達の住む街から3つ隣にある"大都会"のド真ん中にある複合商業施設。
そこの広場で催されているのは、ニチアサ特撮ヒーロードラマのイベントだ。
私達はイベントに参加する人混みに混じって行列に並んでいた。
「なにやるんだっけ?ただのヒーロー寸劇?」
「違う違う!まぁ、それもやるんだけど…目的はスタンプラリーだよ」
「スタンプラリー?この施設の中でやるの?」
「そう。そのスタンプラリーが家族向けでね、お一人様厳禁ってワケ」
「あぁ…そういう…なんとなく裏が透けて見えるわね」
真琴は苦笑いを浮かべながら列の前の方に目を向ける。
私達の様な兄弟といった感じの2人組や、この手のイベント特有の親子連れがズラリと列を成していた。
「スタンプラリーはこの施設の中を回るだけで良いからね」
「ふーん…スタンプを集めたら、何か貰えるの?」
「限定フィギュア!そういうのには手を出さないって決めてたんだけど…ちょっと、今見てるこれはハマっちゃってて」
「ハル、意外と面食いだものねぇ…」
「違っ…わなくもないか…アハハハハ…」
私はそう言って笑うと、僅かに顔を赤らめた。
特撮ヒーローというと、真琴の様に"子供の頃に卒業するもの"というイメージがあったのだが…それが大違い。
元々は女だった頃、おなじニチアサ枠の魔法少女モノを見るついでに、惰性で眺めている番組でしかなかったのだが…
大人になった今では、特撮モノにもスッカリ詳しくなってしまい、そっちもしっかり眺めて、それなりに楽しんでしまっている自分が居た。
「フィギュアね、好きな俳優さんが扮してるキャラのでね…」
「なるほど。"子供"のハル君には都合が良かった訳だ」
「仰る通りです…」
「悪い子だねぇ」
真琴がそう言って悪い笑みを浮かべ、私も似た様な笑みを返す。
昨今の転売文化に、とりあえず出来る対策…をしたであろう今回のイベント。
私が私のままだったのなら、間違いなくスルーせざるおえなかったイベントだが、まさかこの姿がこんな所で役に立つとは思わなかった。
「ま、軽ーく済ませて…せっかく出てきた事だし、他にも色々回りましょうか」
♂♀♂♀♂♀
スタンプカードを貰った私達は、早速施設の中を回ってスタンプを押して回る。
その途中途中で、真琴が「ここみたい!」と言ったお店に入ったりしたものの、なんだかんだ午前中の間にスタンプカードを埋める事が出来た。
「ご機嫌ね」
無事に埋まったスタンプカードと、お目当てのフィギュアを交換してもらった私。
僅かに呆れた顔を浮かべた真琴に対し、なんの言い訳も無く素直に頷いて見せると、真琴は小さな溜息をついた。
「完全に見た目相応よ。この間はおじさんっぽかったのに、今日はしっかり子供ね」
「失礼な。わた…僕だってまだ若いんだぞ」
「そうね。しっかり、中学生…いや、小学生してるって感じ」
真琴はそう言って私の肩をポンと掴むと、清々しい笑みを私に向ける。
「で、ハル君~」
そしてこの猫なで声…何か、良からぬことを考えてる時特有の"ハル君"呼び…
私は背筋が凍り付いて、思わずビクッと背筋を正してしまった。
「な、何さ」
私は真琴から僅かに目を逸らして先を促す。
すると真琴は、私の肩…正確には、私が羽織っていた上着をちょいと摘まんで、更にはそれを引っ張ってこう言った。
「そろそろ春モノのお洋服揃えないとねぇ…って思ってたんだけど?丁度良いよね?折角こんな所に出てきたんだしさ!」
私は真琴の言葉にあんぐりと口を開けて何も言えない。
真琴と服選び…
この間、男になった時は"急ぎだからテキトー"で済んだのだが…今回はそうはいかない雰囲気だ。
「いやぁ、こんな所に出てきたんだから、美味しいモノでも食べて…早く帰りたいなぁって」
私はそう言いつつ、真琴から一歩離れた。
真琴はすぐに開いた距離を詰めてきて、腕を絡ませ、逃がすまいと言った目を向けてくる。
「ね?最近、暖かくなってきたことだし…いつまでも同じ格好でいるわけにもいかないでしょ?」
優しい笑みなのに、何処か威圧感のある表情。
私に決定権など、最初からあるはずも無かったのだ。
「さ、その可愛い顔に似合う服を探しましょ!今だけの、ハルに似合う服をね」
♂♀♂♀♂♀
「ねぇ、まだあるの?」
真琴に負けて洋服屋巡りになってしまった今。
私は大きな衣料品店の試着室で缶詰になっていた。
「うん…あともう少し。とりあえずこれ着てて!もう1セット持ってくるから!」
カーテン越しの会話。
カーテンが僅かに捲れて、上下一式…しっかりコーディネートされた服が渡される。
私は疲れ切った表情でそれを受け取ると、渡された服を見て溜息をついた。
「こういうのかぁ…」
今度渡されたのは、ちょっとシックな装いの一式。
下着姿で突っ立っていた私に拒否権は無い。
諦めて、渡された服に袖を通し…鏡で姿をチェック。
「まぁ、似合ってるんだけどもさ」
サイズはピッタリ…そして、真琴のセンスに任せておけば、似合わないという事はない。
鏡の前で各部を確認した私は、服を着たまま真琴が戻ってくるのを待った。
「お待たせ!着替えた?」
「着替えてるよ…」
少々息を切らしてやってきた真琴に、カーテンを開けながら答える私。
真琴はカーテンが空くと同時に真剣な顔を浮かべて私の姿を上から下までジッと見るや否や、満足げに頷いた。
「うん!似合う似合う…流石ハル君だね…」
そして、変なニヤケ顔を浮かべながら称賛の声…
私はムズ痒さと、恥ずかしさを感じて顔を真っ赤に染めたが、すぐに真琴から新たな衣服を押し付けられて現実に引き戻された。
「これで最後だから!お願いね!」
勢いのまま押し付けられて、カーテンがシャーっと閉められる。
渡されたのは、今着てる服とまた趣向が違う洋服…
私ははぁ…と溜息を付くと、着ていた服に手を伸ばした。
とりあえずこれでラスト…これが終われば、きっと平和な祝日が戻ってくるのだろうか…
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