その7 楽なもの

「ハル~、今日の夕飯何にしよっか?」

「んー…楽なもので良いんじゃない?」


男になって丁度1か月。

男になった当初は色々あったし、何なら最近も色々ありまくっているのだが…

今日は何も無い、平和な日曜日の夕方。


「楽なもの、ねぇ…」


何から何まで真琴におんぶ抱っこの状態。

真琴が余計な気を使わなくていい様に…と思っての言葉も、たまには行き違う時がある。


「ハル、最近男の子っぽさが増したよね」

「え?な、何?どうして?」

「楽なもので良い~って、なんか中年オヤジみたいじゃない?」

「え?あっ…あぁ~」


真琴のスイッチを入れてしまったらしい…と思ったら、理由はすぐに分かった。

私はあたふたしつつも、どこか不思議な納得感を感じて…変なポーズで固まってしまう。


「それは、そのっ!ごめんっ!」

「はぁ…ハル君、いつか彼女が出来たら"何でもいい"って言って怒られるのね…きっと」

「…できんわ!というか作らんわ!」


怒らせた…と思って慌てた私だったが、すぐに真琴なりのジョークだと気づいて元のテンションに戻る。

ワザとらしい反応を見せた真琴は、私の突っ込みを受けて"テヘッ"と更にワザとらしくお道化たが、すぐに元の様子に戻って溜息を付いた。


「で、夕飯どうしよ?」

「そこに戻るのね…まぁ、そうか。冷蔵庫に何入ってたっけ?」

「それがね、大したものは言ってないのよ」


元に戻った私達。

2人そろってウダウダと台所に出向いて冷蔵庫を開けると、確かに"大したモノ"は入っていない。

1食作れると言えば作れるけど、…"今の気分じゃない"ものしか出来ないラインナップだ。


「……」

「……」


私達は顔を合わせて、そして時計に目を向ける。

今は丁度17時を回った所。

デリバリーを頼んでもいいし、外に出ても…まぁ、待ち時間なく行けるだろう。


(どうしよっか?出る?それとも頼む?)

(この辺何か頼めるものあったっけ?)

(あー)


眼での会話、幼馴染同士の特権…というやつだろうか。

私達は暫く無言の会話を繰り広げていたが、遂に2人そろって溜息を付くと、着ている部屋着に手をかけた。


「出かけよっか。適当にモールのフードコートで良い?」

「乗った。それにしよ」


♂♀♂♀♂♀


パパっと着替えを済ませた私達は、珍しく2人そろって部屋を出た。

目指すは徒歩数分の所にあるショッピングモール…のカフェテリア。

薄暗くなってきた道を、特に会話も無く歩き続ける私達。

傍から見れば姉弟の様に見える…のだろうか。


「ハルは何にする?」

「んー…ラーメンとか?」

「やっぱ"男の子"だねぇ…」

「ぐっ…でも、なんだろ。食べる量は増えた気がする」

「そりゃ育ち盛りの男の子だもの。今は細くても、すぐよ、すぐ」

「1年限定だけどもね…ねぇ、この体で太ったら…元に戻る時はどうなるの?」

「さぁ?…余りに太っちゃったりしたら…太るかもだけどね」

「食べ過ぎには注意…か」


私は寒さとは別の意味で体を震わせる。

この体…中学生程度の体だが、何処まで成長するのだろうか…?

今更ながら不安になってきた。


「…ま、真琴は何食べるの?」

「んー…ハンバーガーとかで良いかなぁって思ってた」

「あぁ、あったっけ」

「ハルもそうする?」

「いや…でも、ポテトだけ欲しいなぁって」

「太らないんじゃなかったの…?」

「ぐっ…あ、明日からにする!」


真琴の意地悪な返しに苦い顔を向けて返す私。

そうこう言ってるうちに、目的地はもう目の前に見えていた。


「…でもあれね。今思い出したけど…この辺、学校近いから。先生みたいな格好をした大人に目を付けられたら、ちょっと面倒かもね」


赤信号で足を止めた時、ふと真琴が真面目な顔を浮かべて言う。

私は真琴の言う意味が良く分からず、怪訝な顔を浮かべて首を傾げた。


「え?どうして?」

「いやぁ、なんかあったみたいでさ。学校同士の揉め事?みたいなヤツ。それで先生方が巡回してるんだって」


初耳の情報…私が僅かに顔を青くすると、真琴はすぐに小さな笑みを浮かべた。


「ま、大丈夫でしょ。私がいるし変な奴だって思われないって」


♂♀♂♀♂♀


モールの中に入ると、私達は寄り道もせずにフードコートへ歩いていく。

途中、何人かの見知らぬ大人からチラチラと目線を浴びた気がするが…きっと自意識過剰なだけだろう。


宣言通り、フードコートに並んでるラーメン屋でラーメンを頼んで、呼び出しの機械を貰って空いていた席に座る。

すぐにハンバーガーセット一式を持った真琴もやってきて、少し早い夕食の時間が始まった。


「なんかさ、ちょっと物々しく感じるよね」

「ねー、昭和かよって」

「それだけのことがあったんでしょ。良く分からないけどさ」


真琴が持ってきたトレーに乗せられていたポテトを摘まんで言うと、真琴は周囲を見回して小さく頷く。


「アホな高校が近くにあるとねぇ…ここ、都会ぶった田舎だし」

「この間、平日の昼間にガチャガチャ漁りに来てたんだけど、危なかったのかな」

「え?そんな事してたの!?」


何気ないカミングアウト。

真琴が目を見開いて驚いた顔を浮かべる。


「ヤバかった?」

「まぁ、最近はそういうのも無くなって来たみたいだし大丈夫だろうけど…」


私は引きつった苦笑いを浮かべながら真琴の方をジッと見やる。

真琴はそんな私を見て溜息を付くと、ハンバーガーの包みを剥がしながらポツリと言った。


「自分の格好、よく考えてから外に出なきゃね。こういうことが無くたって補導される時はされるだろうからさ」


少々真面目な声色。

私は押し黙って引き笑いを消すと「そうだね…気を付けないと」と言ってポテトを漁る。

自分が男の子になったというだけで、どこかでまだ、自分が成人である…風に振舞ってしまっていたが、周囲から見てどうだろう?というのは考えてこなかった。


「あっ…」


そうやって、少し気まずくなったのを見計らったように、私の手元の機械が音を鳴らした。

それを切欠に、私達は顔を見合わせ小さな笑みを交わす…とりあえず、この話はここ迄だ。

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