その6 男にないもの

「ねぇ真琴、私、初めて男になって良かったって思えたかもしれない」


ハルという名の男の子にさせられて1か月近く経ったある日の夜。

相も変わらず真琴の家で配信番組を見ながらダラダラしていた私達。

そろそろ生理の頃だなと思った時、私はハッとした顔を浮かべてポツリとそう呟いた。


「え?えぇ…あ、あぁ。そう言う事」

「そう言う事」


皆まで言わずとも理解してくれる真琴。


「男の体で気になるのは勃つこと位だなぁ…」

「楽?」

「楽だよー凄く。胸も揺れないし」

「揺れないしって…一部の女の子を敵に回したね、今ね」

「無い方が楽だと思うけどね。年取ったら萎んで垂れるんだよ?」

「そうだけどさ…」


何とも言えない表情を浮かべていたが、私が"どちらかと言えば辛い方"だという事を知っていた彼女は、すぐにニヤリとした悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「じゃぁ、ずっと男の子で居る?」

「嫌なこった!今は可愛くてもね、オッサンになるってだけで無理!」

「辛辣~」


真琴の問いに本音を返す私。

真琴は答えを聞いた途端に噴き出した。


「3次元にはね、老いというものがあるんですよーだ…」


悲しいかな。

幾ら私好みの可愛いショタになったと言えど、顔のパーツは我が家の男そのもの。

髪は薄くならないけど…こう、可愛いさを残したまま格好良くなって渋いジェントルマンになるぜ!って感じには老けず、ちゃんとその辺のオヤジみたいな感じになってしまうのだ。


「女でも老いはあるけどね」

「そこはホラ、性自認は女だからもう諦めてる」

「諦めてるって、磨けば光るのに」

「磨くお金が勿体ないの。それに、絵を描いてたら外に出ないでしょ?」

「えぇ…そりゃそうだけどさ…」


ダラダラとしつつ、私のいつも通りなマイナストークに呆れ顔を浮かべる真琴。

既に夕食もお風呂も済ませて、後は寝るだけという中、少々地味なパジャマに身を包んだ彼女は、私の体をジッと見つめると、1人「ふーん…」と納得した様な声を上げた。


「どしたの?」

「いや、何も」


真琴は意味ありげな笑みを浮かべて誤魔化すと、テーブルの上に置かれた缶のコーラに手を伸ばす。

そして、少しワザとらしく「あぁっ」と声を出した真琴は、半笑いで私の方を見ながらこういった。


「忘れてた。明日、大学に用事があるんだった」


♂♀♂♀♂♀


次の日。

真琴は夜に言った通り、朝のうちから大学へ行く準備を整えて家を出て行った。

昨夜の言い方的に、何かの冗談か新しい男でも出来たのか?と勘繰ってたのだけど、そうじゃなかったらしい。


私は1人お留守番。

別に外に出ても良いのだけど、外に用事も無いから、いつものように引きこもって絵を描いていた。


「…ん?」


サブモニターで適当なネット配信を流しながら、最近のお気に入りキャラを適当に書いてる真っ最中。


「え?これガチャガチャになってんの?」


何気なーく見ていた配信者が話題に上げたのは、私が今まさに書いてるキャラクターが登場するアニメのガチャガチャだった。


「へぇ…知らなかった。この服装まであるんだ…熱いな」


とあるアニメのキャラクター。

人気もそこそこで、グッズ展開等もそこまでやってないだろうなという感じのアニメ。

この手のグッズは諦めていたのだが、まさかこんな形でグッズ展開がされるとは…

気付けば私は手を止めて、配信者が取ったフィギュアの姿に見とれていた。


「……」


1回500円、全10種類。

1回で当てれば5000円。

欲しいキャラクター…今私が描いてるキャラクターは、10種の中に5つある。

主人公だし、服装やらなにやらの差分も考えれば妥当といった所…


「……(ゴクリ)」


生唾を飲み込んだ私。

丁度、新しい構図に挑戦しよう!と思って描き出したイラストは、行き詰まりを見せていた所…何かこう、3次元な参考物が欲しくなってきた所にこの情報は"効く"。


「でもなぁ、スッピンで出るわけにも…」


すぐ出かけよう!とした所で我に返り、スマホのインカメラで顔を見て目を点にした。


「あぁ、今は男だったのか」


♂♀♂♀♂♀


「そうだよね。もう1か月すっぴんだってのに何で化粧しよって思ったんだろ」


男にないもの…深く考えたことなどないが…案外、結構あるものだ。

ちゃちゃっと身なりを整えた私は、何処か不思議な解放感を感じながら近場のショッピングモールにやって来ていた。

面倒くさくて嫌だった化粧も、今はする必要がないのだ。

肌の手入れだけは、真琴に強制させられているけど…


「さて、何処かにあるかな…ある…よね?」


ATMから軍資金を下ろした私は、モールのあちこちに散らばって置かれたガチャガチャの中からお目当てのものを探し始める。


「……」


そこそこ広いショッピングモール。

そこに散らばったガチャガチャ達…

人気の無い所にポツリと合ったりするそれらを探し歩いて数十分。


「あっ!」


私が探していたガチャガチャは、入った所から一番遠く…人気のない婦人服売り場近くの非常階段付近に置かれていた。

他のラインナップを見れば、どれもこれも"マニアック"なものばかり…きっとココは知る人ぞ知る穴場なのだろう。


「ふぅ…」


歩き詰めだった私は一息ついて周囲を見回し、誰もいない事を確認すると、いざガチャガチャにお金を入れてハンドルを回す。


「おっ、幸先良い!」


出てきたのはお目当てのキャラクター…

私は人気の無い所で1人ニヤリと笑みを浮かべると、再びお金を入れてハンドルを回す。


結局、この時の私は10分近く…16回ガチャを回し、10種類をコンプリートすることが出来た。

運、そこそこ良いのでは無かろうか?

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