その5 何もない1日
「ハル~、お昼作ろっと思うんだけど、何が良い?」
「ん~…オムライス」
「はいさ~」
男になって3日目のお昼。
もうそろそろ、世間から正月らしさが抜けてきた頃…
私は未だに慣れぬ男の体に"毎日驚かされ"つつも、なんとか正気を保ってやってきた。
正直、男の"体"を持って真琴を見るのは中々に辛い時がある、さらに言えば、家で同居なんて…色々と"困る"瞬間が多すぎるのだ。
「はぁ…」
それでも、諸々の問題が解決して、正真正銘"ハル"という名の男の子として生きて1年少々を過ごさないとダメだというのは、それなりに想像が付かない事だった。
私はそんな事から頭を逸らすために、ずっとスマホの画面に齧りついてしまっている。
そしたら既に昼時…
これをずっと続けるのも、どうなのだろうか…
「なーに暗い顔してんのさ!出来たよ!」
「うわ!早くない?」
「全然、ハルがボーっとしてただけでしょ!」
気付いたら目の前に真琴特製のオムライスとお茶が置かれていた。
同時に、それほど"露出しない"私服に身を包んだ真琴が向かい側に座る。
私は目を点にして少し間を置いたのち、フッと笑うとスプーンを手にして手を合わせた。
「い、いただきます…」
「ど~ぞ~」
考え事もそこそこに、スプーンを手にしてオムライスを崩し、まず一口をパクリと…
じわっとオムライスの味が広がり、私は目を細めた。
「ハル、そう言うところは変わらないのよね」
「な、何がさ」
「美味しい物食べた時、凄く幸せそうだもの。作りがいがあるってものよ」
「う、うっさい…」
「それに、こんな可愛い男の子にそんな顔されちゃぁねぇ…何か悩み事も吹っ飛んじゃうなぁって」
「なんだ、真琴にも悩みがあるのね」
私がそう言うと、真琴はフッと噴き出しかける。
「ふふふ…口調は変えないとね。まぁ、色々あったのよ。私も」
「色々あった結果がこの格好に繋がってないなら…悩みの一つや二つ、聞いてあげるのに」
「まぁ、そこは…おいおいにしましょうか」
真琴は僅かにバツが悪そうな顔を浮かべると、下手に軌道修正を図る。
私は呆れ顔を浮かべ、ジトっとした目を向けると、真琴は分かり易く焦り顔を見せた。
「ま…まぁ!さ!と、とりあえず…どこか出かけない?昨日はホラ、お役所で時間潰れたしさ!」
分かり易い位に話を逸らしてきた真琴。
まぁ、それ以上話してたら多分喧嘩の一歩手前になるから丁度良かった。
私は相変わらずジトっとした目を向けつつ、ふと、女だった頃…数日前の事を思い出す。
「そうだね…ちょっと街に出たいかも」
「街?…って街?」
「なにその、なんちゃら構文みたいな返し。まぁね、ウチから真琴の家に色々持って来たけど、入れ替え時だからって棄てた物があったなって思い出して…」
私がそう言うと、真琴は「あぁ」と合点が言った顔をして居間の一角をチラリと見やる。
そこに置かれていたのは、私用の机一式…
ゲームする用のノートPCは持って来たが、もう一つ、私のPC周辺にはあるものがあったのだ。
「なるほど…そう言えばそうね。なら、お出かけついでに見てこようか」
♂♀♂♀♂♀
お昼の適当な会話で決まってしまった外出。
「そう言えば、もうそろ冬休みも終わるね」
「ねー、大学行くの面倒なんだけど。夏休みの後、どうやってヤル気出してたんだろ」
「あはは…わた…ボク…は折れた人だから分かんないや」
軽口を叩き合いながらの電気屋巡り。
女同士…いや、男女で来るところでもないから目立つだろうと思ったが、案外そうでも無かった。
今いるのはパソコンやその周辺機器が置かれたコーナー。
それなりに私達と似た様な組み合わせの男女がいるものだ。
「そろそろ液タブデビューしたかったの…んだよね」
「へぇ…私はそう言うのサッパリだからなぁ。前のとなにが違うのやら」
「画面が付いてる…?」
探し物は液タブ。
前からペンタブで絵を書いていたのだが、それなりに見られるようにもなってきた今…ちょっと上を目指して、液タブを奮発しようかと思っていた頃なのだ。
実際は、精神的な諸々のせいで伸びに伸び、夏ごろに変えようと思ったのが今に至ってしまっているのだが…
「へぇ…画面を見ながらじゃなくて、画面の上から書ける感じだ」
「そうそう。高いんだけどね、ちょっとそこはホラ、絵で得た諸々の収入があるし」
この体になったのも何かの切欠だろうか…
暇な時間が多くなるのだし、"過去を断ち切る"為にも絵に没頭してみても良いのかもしれない。
「いいよ、私が出すって」
「いやぁ、そこまでは良いよ。自分の趣味だし」
「いやいや」
「いやいやいや、これは私っ!…っ…!…ボクのだから!」
私はそう押し切ると、弄っていた液タブの注文カードを取って真琴に見せつける。
すると真琴は、ニヤリとした顔を浮かべて私の手から注文カードをひったくった。
「あ!」
「ふふん、ハル君。"大人ぶる"にはまだまだ早いわよ?」
驚く私に、真琴はそう言って私の方にグイっと体を近づける。
ムニッとワザとらしく胸を押し付けて…私の顔を一瞬のうちに赤くさせた張本人は、勝ち誇った顔を浮かべて私の耳元に顔を近づけると、そっとこう囁いた。
「ハル君はまだ12歳でしょ?一人でこういうモノは買えないの。ちゃんと自覚しておかないと、人前で恥をかいちゃうわよ?」
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