その2 お買い物

「全く……」


私は鏡に映った"変わり果てた姿"を見て溜息をついた。

腰まで伸びていた黒髪は、男の子にしては長いと思うが…耳を隠すくらいまで短くなっていて、顔たちは、丸顔系で優しい顔たち…確かに私の"家系"らしき面影はあるものの、元とは似ても似つかぬ程に可愛らしい。


首から下…とりあえず、真琴が持って来た長袖のシャツと黒いスラックスを着た"男の子の体"は、サイズが少々大き目な服を着せられたせいか、見た目以上に幼く感じる。

身長は…160cmあるかないかといった位だろうか?…元々、165cm程度だったから、目線は少し低い。

地味で喪女といえど、年相応に柔らかかった身体は、少しカッチリしていて…手や腕は少し筋肉質?な肌触りがした。

フラットになった胸やお腹周りにも、筋肉っぽい硬さを感じる…これはこれで…良いもの?なのだろうか。


鏡に映った私…中学生程度にまで"変化させられた"私…ジッと見つめて、少し顔を上気させた姿は…自分じゃなければ、少しクラっと来てしまいそう。

下着は女の子当時のままで、ちょっとこう…股間に違和感を感じる…というのも、変な背徳感が沸き立ってしまう一因だろうか。


「ハル~、準備できた?」


ガラッと部屋の扉を開けて真琴が顔を覗かせる。

姿見を見て顔を赤らめていた私は、ビクッと真琴の方に向き直ると、無言で首を上下に振った。


「どうしたの?」

「何でもない!」


ニヤニヤしながら首を傾げる真琴に、私はそう言うと、女の頃に羽織っていたトレンチコートを着て、スマホやら財布やらを入れた鞄を背負って部屋を出る。

これから、真琴の部屋に"移住"する為の準備をしに行くのだ。

最初にやる事は、私の着替え類や生活用品を揃える事…


「靴もアタシのスニーカーを持って来たんだけど…サイズ、会うかな?」


玄関に用意されていた真琴のスニーカーに足を通す。

丁度ピッタリ…私は彼女の方を向くと、コクリと頷いた。


「なら、足は24cmだね」

「…うぅ、何もかも小さい」

「使いまわせた所で、女の子の頃の物は着れないでしょ。ハルの趣味、完全に女の子だったんだから」

「フリフリ系な服…暫く着れない…よね」


部屋を出た私は、部屋に残してきた"お気に入りの服"を思い浮かべながら項垂れた。

地味で人見知りで喪女といえど、可愛い服を着るためにそれなりの努力はしてきたのだ。

そのせいで、バイト先の人間関係やら、大学の人間関係で悩む羽目になって、今に至ってしまったのだが…


「これからは暫く封印!今のハルは可愛い系の男の子だけど、フリフリはダメ」

「はーい」


♂♀♂♀♂♀


真琴と共にやって来たのは、駅近くにあるショッピングモール。

私は周囲を歩く人の多さに頭をクラクラさせながら、真琴に付いていった。


「大丈夫?」

「うぅ…人の気にあてられる…」


人の多い所は苦手だ。

顔を顰めた私に、真琴は手を差し出して、私の手を引いてくれた。


「大丈夫大丈夫。今はハル君でしょ。知り合いになんて会わないし、会ってもバレないでしょ」

「ありがと…うっ…」


私達は3階にある衣服売り場へ…その間、ずっと真琴に手を引かれ、私は顔を赤く染めていた。

一回り背が高い(女の時の私よりも高い…)真琴…女の頃は特に意識もしなかったが、ふと目を向けてしまうと…私の中の"男の子の部分"が反応してしまう。

170cm程度のスラリとしたモデル体型の美人さん…ボーイッシュ、ユニセックスな見た目ながらも、胸やお尻はしっかりと"女"だと分かる体型…香水の良い匂いに、柔らかく温かな手。


「あ、ありがと。も、もう大丈夫だから!」


一度意識してしまえば、私の中の何かが湧き上がってきてしまう。

そう言ってパッと手を離すと、私は見たこともない男の子用の服が並ぶ店へ足を踏み入れた。


「必要なのは…下着と、靴下と…上と下?」

「そうだね。あとは…コートもじゃない?それも、ちょっと大きいよ?」

「そっか…でも、何が良いんだろ…」

「アタシが選んであげよっか?」

「うーん、お願い。私も見て回るけど…」

「任せられた!全部私持ちだからね!」

「え?ちょっと、真琴!」


適当に服を眺めながら交わした言葉、勢いのまま私の下を去っていった真琴を、私は呆然とした表情で見送る。

全部持ち…いや、この状況を考えれば、少し出してくれても…とは思ったが、全部出してもらうのは忍びない。

だが、それを正そうと口を開いた時には、真琴は店の奥まで行って、カゴを持って意気揚々と服をカゴの中に入れていた。


「……はぁ」


溜息一つ…私は気を取り直して服探しに戻る。

棚と棚の間にあった鏡に自分を映し、再び"男の子"になってしまった私とご対面。

サイズの合わない服を着ていても、それはそれでアリ…と思える今の格好…彼に…いや、私は何を着れば良いのだろう。


女だった頃は、服の為に色々と頑張れた。

だが、こうなってしまえば…趣味とは合わない見た目になってしまえば、どうすればいいか分からない。


とりあえずという感じで、手に取ってみたのは、紺色の半袖シャツと、濃い青のジーパン。

没個性な感じ満点だけど、この格好で気取るのは気が引けた。


「それも入れる?」

「え!?ふぇぁ?!」


いつの間にか背後にいた真琴に驚いてビクッとする私。

それから少しの間固まって、手にした品に目を落すと、コクリと頷いてカゴの中に入れた。

既に下着やら靴下やら、衣服で満載のカゴ…どれだけ買うつもりなのだろうか。

私は顔を引きつらせながら、カゴの中に入った品を弄ってみる。


「一杯…過ぎない?」

「1週間しないうちに全部着れちゃうよ。可愛い男の子にはもっとお洒落させないとね!」


ショッピングモールに来てから、何故かテンションが高い真琴の様子に少々引きつつ…私はカゴの中の物を適当に手に取った。


細身の黒スキニー、無地のシャツ…カラーシャツに、ニット帽やらキャスケットやら…

手にした物を元に、脳内で自分の姿を想像してみると…自分で言うのもなんだが、ファッション誌に出ていそうな可愛くも大人?な感じの男の子が想像できた。


「あとはコートだけなんだけどさぁ、ちょっと悩んでて…」

「いやいやいや…これ大分お金掛かるでしょ?そんな…悪いよ…」

「全然!ハルは気にしないで!アタシ持ちというより、アタシの家持ちだから!」

「えぇ…」


ノリノリな真琴の笑顔に、呆れつつも僅かに顔を赤らめてしまう私。

そのまま、衣類がどっさり入ったカゴを片手に持った真琴に腕を引かれた私は、冬物のコートがズラリと並ぶエリアの方に引っ張られていく。


「コートも2着位ほしいかな?」


満たされたような笑みを浮かべてそう言った真琴の横顔を見て、私は顔を赤くしつつも、はぁ…と小さな溜息をついた。

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