「決してはなさないで」と君が言うから

kie♪

「決してはなさないで」と君が言うから

 それは先日亡くなった祖母の遺品整理を祖父と一緒にしている最中の出来事だった。

 祖父と祖母が結婚したのは半世紀以上も前のこと。その頃の恋愛なんて今とは全く異なり、自由にお互いを好きになって添い遂げられる方がまだ少なかった時代だ。それでも2人が共に人生を歩み、こうして最期まで一緒にいられたのはある意味奇跡的なことだと思う。この2人が出逢わなければ今こうやって孫の私が存在することは出来なかったと思うと偶然とは言えど彼らに対して感謝の念すら湧いてくる。

 当の本人達はまるで予定調和のような息の合った夫婦生活を送っていた。結婚してからプライベートのときは片時も離れたことがない。祖父はきっちりとして家を守る祖母を頼りにしていたし、祖母は無口で不器用だけど優しい祖父のことを心底慕っていた。

「ああ、大分片付いてきたな」

 何気ない言葉だが、ぽつりと祖父が言った言葉尻に少しだけ寂しさが滲んでいることからも1人になった事実をまだ上手く処理出来ていないのが伝わる。私も大好きだった祖母が急にこの世にいなくなったというのが未だに信じられなくてさっきから遺品を見ては胸の奥がズキズキと痛むのを繰り返している。

 祖母がその母から譲り受けたという着物、旅先で撮ったと思われる写真、老舗百貨店の綺麗な包装紙――。

 1つ1つは何気ないものなのに祖母という人物の陰がそこかしこに散らばっている。

「お祖父ちゃん、最後はここね」

 私は桐箪笥の小さな引き出しを引っ張りながら祖父に声を掛ける。そこは祖母がとてつもなく大切にしているものを入れているいわゆる宝箱となっているのだと生前本人の口から聞いたことがある場所だった。

 中身を見ると小さな箱がほんの1つ入っているだけだった。少し期待していたのと違う結果に拍子抜けしてしまう。しかしそんな風にしてまで大切にしまっておかれたものが何なのか気になってもきた。

 そっとその箱を取り出すと祖父がそれをじっと見つめ、

「……懐かしいな。まだ持っていたのか」

 としみじみした口調で呟く。どうやらこの箱の中身を知っているようだ。

「お祖父ちゃん、この箱の中身知っているの?」

「ああ、お祖母ちゃんがずっと大事に持っていたものだからね。開けてごらん」

 そう促されて私はその小さな箱をそうっと開けてみた。するとその中にはキラキラと輝く指輪が入っていた。

「綺麗な石で出来た指輪だけどこれってお祖母ちゃんが大事にするほど特別なものなの?」

 私の疑問に対して祖父は少し面映ゆそうにしながら

「お祖母ちゃんからは話さないでほしいと言われていたし、お祖父ちゃんもその指輪に対して恥ずかしい思い出があるからあまり話をするのは嫌だけどもう随分時も経ったことだしそろそろ良いだろう。その石は輝石と言うんだよ」

 と昔の思い出話を話し始めた。

「その指輪をお祖母ちゃんにあげたのはお祖父ちゃんでね、いわゆる結婚指輪なんだ。でも当時のお祖父ちゃんはそんなにお金持ちじゃなくてね、皆がよく知っているような宝石が付いた指輪を贈ってあげたくてもそんな余裕が無かった。だからそれらよりは安い輝石の指輪をお祖母ちゃんに贈ったというわけなんだ」

「お祖母ちゃんは喜んだ?」

「ああ、驚いた顔をした後に嬉しそうに笑ってくれたのを今でも覚えているよ。そしてお祖父ちゃんが言った言葉を聞くと大笑いして結婚することを了承してくれたんだ」

「何て言ったの?」

 私の問いかけにはすぐに答えずに祖父は少し口ごもるようになった。しかしながら自分から言い出した手前、後には引けなくなったのだろう。意を決したように再び口を開く。

「『その石は輝石と言いますが、僕は貴女と一緒にこれから共に歩むことは必然だと思っています』だったかな。今から考えると随分と臭いセリフだね」

 普段無口な祖父がそんな気の利いたセリフを言っていたなんて予想外すぎる。思わず彼の顔を見つめるとまるでその当時のように耳まで真っ赤にした祖父と目が合った。

「これこれ、あまり年寄りをからかうんじゃないよ。そんなこんなでお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは結婚してついこないだまで一緒に暮らしていたんだよ」

 そう茶目っ気交じりに諭しながら彼は話を終えた。

 ほんの少し懐かしいように遠くを見やりながら私は言う。

「きっとお祖母ちゃん、今の話を聞いて『あらあらお祖父ちゃん、話しちゃったのね』って言っていると思うよ。でもきっと怒っていないと思う」

「そうだと良いけどね。お祖父ちゃんはお祖母ちゃんと離れてしまったからこれから暫くは1人だ」

 そのときそっと暖かい春風が窓から吹いてきた。まるで“それは違う”とでも言いたげに。

「この風はお祖母ちゃんだ。お祖父ちゃんが1人じゃないって伝えに来たのかも」

「ああ、離れたくないというお祖父ちゃんの想いが伝わって『じゃあ、離さないでくださいね。私はいつまでも傍におりますから』って言いに来てくれたんだろう」

 祖父はそうやってにこやかに輝石の指輪を眺めながら言った。その言葉を肯定するように指輪はいつまでも春の淡い光を受けて輝き続けていた。

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