第33話 帰れないと言われたり、魔王と戦う決断をしたり

「アヤ様には魔王の復活を阻止して頂きました。わたくしたちも出来る限りのお礼は致しますわ。準備もありますし、陛下にもお伝えしておきますから、もし今何かあればお申しつけになって下さいまし」


 朝食の席で、クレメンティアが上機嫌に言った。


「ありがとう。じゃあ、私たちを元の世界に帰して」


 長尾さんがやっとこの時が来た、という嬉しそうな笑みを浮かべて、無邪気にクレメンティアに頼んだ。クレメンティアの顔が一気に曇る。


「元の世界に……? それは、できませんわ」

「そんな! クレメンティアさん、できないってどういうこと? だって、召喚者の願いを叶えたら、私の願いも叶えてくれるって!」


 長尾さんがバン、とテーブルに手をつき、すごい剣幕でクレメンティアに詰め寄った。カチャリと食器が音を立てて震える。


「もちろんわたくしたちの願いを聞いて下さった勇者様には、なんでも致しますわ。お望みなら、フォルティトゥード聖王国の次期王位も授けます。どんな栄華も可能な限り与えます。でも……元の世界に帰りたいというのは、できませんわ」

「でも、私たちを呼び出したんでしょう⁉ だったら――」

「呼び出す儀式は伝わっていますわ。でもそれもあくまで儀式の仕方だけですの。必ず呼び出せる方法じゃありませんわ。神が必要と判断なされたときにだけ、勇者様が呼ばれますの。勇者様を呼び出すのはあくまで神なのです。だからわたくしたちは勇者様の世界と道を繋げる方法なんて、知りませんわ」


 クレメンティアが申し訳なさそうに首を振る。


「そんな……」


 彼女は俯いて、顔を覆っていた。


「大丈夫、長尾さん? ちょっと落ち着こう。お茶でも飲んで、さあ……」

「稲村君はどうしてそんなに落ち着いていられるの? 稲村君だって、帰りたいんでしょ」


 俺はそんな彼女を宥めたけれど、そんなものでは治まらなかった。長尾さんが落ち着かない様子で俺を睨む。


「うん。寝言で言っちゃうくらいにはね。それでも落ち着いているのは……そうかもしれないって思っていたから」

「え……?」

「古の勇者は帰らなかったから。まあそれは、帰る気が無かったからなのかもしれないし、昔のことは昔のことだ。でも今回の場合、俺たちはこの国を危機から救っていないからのような気がする」

「どういうこと?」


 彼女は首を傾げて俺を見た。


「マグヌスが言っていたんだ。勇者はより強い魔を後世に押し付けただけで、魔王は遅かれ早かれ復活するんだって。首領もそう言っていた」

「封印ではそのうち破れてしまうから、魔王を倒さなくちゃ危機は去らないってこと?」

「そうかもしれない、ってだけだけど。復活なんてしないのかもしれないし、倒せないかもしれないし、倒してみても危機は去らないかも。……いや、その可能性が高い。とにかく、保証はない。だから無理に魔王を倒そうとは言えないんだけど……」

「でも、今のところそれしか考えられないんだよね? だったら……やるしかない。私、どうしても帰りたいの。家は嫌なこともあるけれど……それでも黙って出てきて、帰らないなんて嫌なの」


 長尾さんが震える声で言った。どうしても帰りたいんだな。それは俺も同じだ。


「そういうことなら、無論私も協力しよう。今より酷い破綻が起きる可能性を放置するのは嫌だ。今なら勇者様もいる。後で今と同じだけの戦力があるかは分からないのだから」


 ウィルトゥスが力強く協力を申し出た。魔王が復活したその時に、また勇者が呼び出せるかだって分からないし、今のままだとこっちの人たちはどんどん弱体化していくわけだしな。


「わたくしもですわ。正直、そんなこと思いもよりませんでしたの。勇者様の封印は、永遠だと思っていました。だから魔王の信奉者を倒せばいいものだと。可能性があるなら、やってみましょう! 気休め程度にしかなりませんけれど、封印の間の外側に結界を張りましょう。そしてアヤ様、古の勇者様の封印を解いて下さい。あなたになら、できますわ」


 クレメンティアも賛成のようだった。


「うん、わかった」


 俺たちは、早速魔王と戦う準備に取り掛かった。

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