第32話 隠し部屋を見つけたり、勇者を知ったり

「おのれ新たな勇者と、勇者の子孫ども……! マグヌスの奴、勇者神殿には誰一人通さんと言っていたくせにあっさり通しおって……!」


 あっさりじゃない。先生がいなかったら、多分本当に誰一人通れなかったんだ。それなりに幅があったとはいえ橋の上だし、大勢で攻めてもあっさり返り討ちだっただろう。頼みの勇者だってきっと相手にならなかった。でも、そのことをコイツに言う気は無い。聞きたいことは別にある。


「マグヌスが『遅かれ早かれ魔王は復活する』と言っていた。それは本当なのか?」

「ああそうだ。何年後か、何十年後かは知らんが。封印を打ち破るだけの魔の力が満ちれば魔王様は復活される。だがそれでは間に合わんのだ。だから魔物を召喚し、勇者の子孫どもを供物に捧げ魔の力を高めていたというのに……!」


 あとどのくらいかはこいつにも分からないのか。そもそも自然に魔王が復活すること自体が本当なのかだって確かめようがない。こいつらは、それを信じているということだ。こいつを捕らえたクレメンティアは、そのことについては何も言っていなかったし、魔王の復活を阻止したって喜んでいたしなあ。結局のところ、分からない。


「ああ……役立たずどもめ! インウィクトゥスもプルデンティアもマグヌスも、皆勇者の子孫などに屈しおって……!」


 苛立った様子で牢の中をぐるぐると回りながら、首領が吐き捨てる。前二人の名前は息子と娘だろうか。それにしたって、あんまりな言い様だ。


「お前だって捕まったんだろ」

「黙れッ!」


 俺の言葉に激昂してそう叫ぶと、首領はまた牢の中をうろうろしだした。魔法も封じてあるし、出られるわけじゃない。疲れ果てるまでずっとそうしているがいい。



 時間が来たので見張りを交代し、夕食を取りに向かう。いつもの笑顔で、俺たちの話を楽しそうに聞いてくれる人のいない夕食に涙がこぼれそうになる。

 食事を終えて、俺たちは休むため二階に向かう。


「トムはここを使ってくれ。……先生の部屋だったんだ。先生の物はお前と私で相続することになっているし、私は自分の部屋があるからな」

「ありがとう」


 勇者神殿にいるときに、先生が使っていた部屋、か。部屋の中は机とベッドと本棚くらいしかなかった。暫く人はいなかったはずだけど、部屋の中は綺麗だった。出て行った時のままに整えられている、そんな感じだった。

 本棚には本が沢山並んでいる。勇者教団の教義に関する本、魔法の本、植物に関する本も沢山あるな。先生らしいと言えばそうだった。早く休まなくてはいけないけれど、とても眠れそうにない。本でも読んでみようか。そう思って本棚に手を伸ばし、ふと思い出す。


 ――似た仕掛け、わたしも持っていましたから


 カエルラの城で帳簿を調べていた時、先生はそう言った。ここにその仕掛けがあるんじゃないか? 俺は本棚の本を退けてみる。奥にレバーがあった。それを下ろし、本棚を押すと本棚が扉のように動いた。奥に小部屋があり、小さな机が一つ置かれている。その上には一冊の古めかしい革の表紙の本。俺はそれを手に取り、捲ってみる。これ、日記か? 先生の? いや……違うな。それにしては内容がおかしい。勇者がどうとか書いてある。どうやら、古の勇者と一緒に旅をした男の日記のようだ。綴られているのは旅の経過や倒すべき魔物に対する考察が主かと思いきや、それより勇者に対する愚痴の方が多そうだな。何ていうか……勇者ハーレム旅に真面目で優秀な男がついていかされたら、こうなるだろうなって感じの内容だ。

 ところどころに紙が挟まっている。それは比較的新しいから、挟んだのは先生だろうか。 


『あと数世代もすれば、魔法を使えるのは勇者の血のお陰ということになるのだろう。元々我らとて持っていた力なのに』


 紙の挟まったページの一つにはそんな文言が書いてあった。やっぱり先生はこれを読んだんだ。そして……勇者に対する認識を変えた。


「トム? ここは一体……?」


 ふいにそんな声がして振り返るとウィルトゥスがいた。俺は咄嗟に本を後ろに隠す。


「ウィルトゥス⁉ どうして」

「少し……お前と話そうかと思ったのだが、返事がないから心配になって入ったんだ。そうしたら、こんなところに」


 日記に夢中になり過ぎて気づかなかったんだ。


「今後ろに隠したものは何だ? 見せてくれないか?」

「これは……」


 勇者について都合の悪いことが書かれているわけだから、見せない方がいいよな。見たショックで勇者の子孫であることに嫌気がさしてしまうかもしれないし。そう思うのだけど、ウィルトゥスは譲らなかった。


「先生の遺したものなら、私にも見る権利があるはずだが?」


 そう言われると、渡さざるを得ない。俺は渋々日記を差し出した。ウィルトゥスは、紙の挟まったところを中心に険しい顔でそれを読んでいた。少ししてパタンとそれを閉じ、黙って俺に返した。彼が意外に落ち着いていることに正直驚いた。


「先生はきっと、教団の教えや勇者様について何か思うところがあるのではないかとずっと思っていた。異端だとかではないが、とにかく先生は少し他の皆と違った。どこか距離があったんだ。その理由が分かった。……トム、お前は私がもっと衝撃を受けると思っていたか?」


 驚きが顔に出ていたんだろうな、ウィルトゥスは少し笑って俺に尋ねた。俺は素直にうなずく。


「古の勇者がどんな人だったにせよ、今の私が変わるわけではない。先生だって、そう思ったからこれを知った上で魔王の信奉者からこの国を守るために戦っていたんだろう? 私だってそうするさ」


 ウィルトゥスはきっぱりと、晴れやかな笑顔でそう言った。要らん心配をしてしまったな。ウィルトゥスは強くて、良い奴だ。こんなもので揺らいだりしないよな。


「だがそれをざっと見た限り、古の勇者様はこの世界に残りたがっていたようだな。初代王妃様や、その他共に旅をした女性たちとの平穏な生活……それを望んでいたように思われる」


 確かにそんな事が書いてあったけれど、何で突然そんなことを言ったんだ? 俺は首を傾げる。ウィルトゥスがふっと笑った。


「トム、お前は元の世界に帰りたいんだろう? よく、寝言で『帰りたい』と言っていたぞ」


 寝言⁉ 俺はそんな寝言を言っていたのか? そしてそれをウィルトゥスに聞かれていたのか? うわぁあああああ、恥ずかしい。今すぐこの小部屋に一人で閉じこもってしまいたい。

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