第31話 騎士になったり、友達になったり

 魔王が封じられているという祭壇に向かう回廊で、祭壇の方から戻ってくる長尾さん達に出会った。インテグラさんが、縛り上げた白髪交じりの赤い髪の、豪華な紫のローブを着た男を引っ張っている。魔王の信奉者の首領だろうか。


「アヤ様、クレメンティア様、ご無事でなによりです。魔王の信奉者の首領を捕らえたのですね」

「ええ。これで魔王の復活は阻止できましたわ」


 ウィルトゥスが声を掛けると、クレメンティアが頷いた。俺たちの様子に、彼女も何かおかしいと感じているようだったけれど、何も聞いては来なかった。


「ねえ稲村君、ウェリタスさんは……?」


 長尾さんが恐る恐る尋ねてきた。


「ウェリタスは……マグヌスと戦って、相打ちになりました。彼がいなければ、あの男を倒せませんでした」


 答えられない俺に代わって、ウィルトゥスが落ち着いた声で答えた。


「え……? ねえ、ウィルトゥス君も、稲村君も、どうし――」

「ごめん長尾さん。それ以上、言わないで」


 彼女はごめんなさい、と小さく震える声で謝った。


「今日はここで休みましょう。神殿騎士団の宿舎が良いでしょう。首領も捕らえたことですし、大丈夫だとは思いますが私たちで確認します」

「ええ。ありがとう、ウィルトゥス」


 クレメンティアが頷いた。彼女も先生の死に少なからず動揺しているようだったけれど、それを出さないように努めていた。


 後から来た騎士たちと一緒に、神殿内に魔王の信奉者が潜んでいないかを確認していく。首領が捕らえられたと知ると、彼らは大人しく投降してきたから、ひとまず捕らえて牢に繋いでいく。

 それらの仕事を終えた後、俺たちは先生を厳かに見送った。



「大きな犠牲を払いましたけれど、魔王の復活を阻止することが出来ました。皆さん、ありがとう」


 勇者神殿の脇にある、神殿騎士団の宿舎の広間で、皆を集めてクレメンティアが言った。


「今夜と明日はここで休息を取り、明後日から聖都に向けて戻りましょう。聖都には先に使いも出しておきます」

「はい」


 みな元気よく答えて、それぞれの部屋に戻っていった。これで目的を果たしたのだ。皆晴れやかな顔をしていた。


「ウィルトゥス、ちょっといいかしら」


 クレメンティアがウィルトゥスを呼び出し、何やら二人で話していた。いったい何だろうか?


「トム、ちょっとこっちに来い」


 少しして戻ってきたと思ったら、今度はウィルトゥスが俺をどこかに引っ張っていく。一体何なんだ。俺が連れていかれたのは、武器やら備品やらが置かれた倉庫のような場所だった。


「まだあると良いのだが……あった! さあトム、これに着替えろ」


 ウィルトゥスがそこにあったタンスから何か服らしきものを引っ張り出し、俺に渡す。あれ? ウィルトゥスが着ているのと同じ服だ。何だか分からないが、ウィルトゥスがやたらせっつくので仕方なく着替える。するとウィルトゥスはまた俺を広間へと引っ張っていった。広間ではクレメンティアが待っていた。


「トム、そこに跪きなさい」

「は?」

「ウェリタスの遺言なの。すぐにあなたを神殿騎士に叙任しろって。本来は法皇様の役目ですけれど、非常時ですから次期法皇たるわたくしが代わりに行いますわ」


 クレメンティアが封筒を見せた。あの封筒……ロセウスの城で先生が書いていたやつだ。あれは遺言書だったのか。


「剣をこちらへ。早く跪きなさい」


 クレメンティアが急かす。何だか分からないけれど、先生の遺言だというなら言われた通りにしよう。俺は剣をクレメンティアに渡し、跪く。クレメンティアがパシッと俺の肩を打った。ファンタジーでよく見かける憧れのシーンだ。自分がやることになるとは思わなかった。そして思っていたよりずっと痛かった。


「これであなたは、今から神殿騎士ですわ」

「はあ」


 そう言われても、何もピンと来ない。クレメンティアの方もよく分からないという感じだった。先生はどうしてそんな遺言を残したんだろう? 俺が帰れなかったときの保険に、然るべき地位を与えておくため? 無くはないだろうが、しっくりこない。


「色々あって疲れているところ申し訳ありませんけれど、神殿騎士としての初任務は夕食時間まで地下牢にいる首領の見張りですわ。ウィルトゥスと二人で。よろしくて?」

「はい」


 疲れてはいるのだけれど、何もせずに休めと言われたらそれはそれで気が沈みそうだ。何か仕事があるならその方がいい。魔王の信奉者の首領というのも気になるし。


「では参りましょうか、ウィルトゥス様」


 俺が声をかけると、ウィルトゥスはなぜだか不機嫌そうに俺を睨んだ。ええ? 今のやり取りのどこに不機嫌になる要素があったよ。


「もう私と同じ立場なのだから、敬称はいらん。普通に、気楽に、飾らず……友人に接するように接してくれればいい」


 ウィルトゥスはちょっと目を逸らして、素っ気なく、いや素っ気なく装って言った。 ああ、そうか。どうして俺は気づかなかったんだろうな。俺だって、そうだったらいいと思っていたのに。先生が従者にしたのは失敗だったか、と言ったのはそういうことだったんだ。そして俺をこんなに急いで神殿騎士にした理由も。


「そうか。そう言ってくれるなら有難い。いやー、正直同い年と主従関係とかちょっと疲れてたんだよ。助かった。ってわけでこれからもよろしくな、ウィルトゥス!」


 俺はそう言って、右手を差し出す。


「……そうしろと言ったのは私だが、これはさすがに落差が激しいな。まあ、構わないが。ともかく、こちらこそよろしく頼むぞ、トム」


 俺たちはしばらく手を握り合っていた後、地下牢に向かった。

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