第30話 助けられたり、助けられなかったり

「あの勇者の少女を行かせて、どうする気だ? 綻んだ封印を修復したところで無駄だ。遅かれ早かれ魔王は復活する。勇者が行った封印は、より強い魔を後世に押し付けただけだ!」


 ちらりと勇者神殿の方を振り返り、橋を渡り切った長尾さんの後ろ姿を見てマグヌスが言った。


「より強い魔を押し付けただけ? どういう意味だ? お前は何を知っている?」


 氷の矢を放ちながら、俺は尋ねる。


「封印により行き場を失った魔の力は、圧縮されより強い力となっている。それはやがて封印を打ち破る。その折には、勇者の時代よりも強い魔物が現れる!」


 より強い魔物? 気になるけれど、考えている場合じゃない。氷の矢を払い、マグヌスが俺に向かってくる。もう水の魔石は魔力切れだ。後はあの女から奪った風の魔石か。


「そのいつかを待たずに、今封印を解いてその強い魔物に勇者の子孫を滅ぼさせようっていうのか⁉」


 あの女が使っていた風の補助魔法を掛けつつ、俺はマグヌスに打ちかかる。だが、あっさりと止められた。


「そうだ! いつになるのか分からぬものを待っているだけでは、望みは叶わぬからな!」

「望み? お前たちとて結局同じではないか! 自分たちが勇者の子孫に代わって特権を得たいだけだろう!」


 ウィルトゥスが炎の剣を振るう。マグヌスは俺を弾き飛ばすと、ウィルトゥスの剣を受けた。


「ああいう腐敗した奴らにも、勇者の子孫と同じ末路を辿ってもらう!」

「それはお前が腐敗したと判断した統治者を斬り伏せるってことか?」


 俺はもう一度、マグヌスに斬りかかる。俺の剣の腕が無いと言っても、ウィルトゥスは強いわけで。そのウィルトゥスの相手をしている今ならいけるかと思ったんだ。でも止められた。


「ああ、そうだ!」


 マグヌスは器用に俺たち両方の剣を捌いていく。二方向から斬りかかられてるのに、こんなにあっさり対処されるものなのかよ! だけど、ここで手を止めるわけにはいかないんだ。絶対に、こいつを倒さなきゃいけない。


「でも、お前が腐敗しないって保証がどこにある!」


 俺は渾身の力と、ありったけの風の魔力を込めて剣を振り下ろす。俺の全力だったけれど、それでも止められた。


「黙れ!」


 俺の剣を強引に弾き飛ばし、マグヌスが俺を斬りつける。俺は思い切り後ろに飛ぶけれど、躱しきれるものではなくざっくりと斬られた。それがどれくらい深い傷なのか、俺には分からない。でも、体が上手く動かない。


「トム⁉」


 ウィルトゥスが斬りかかるけれど、弾かれ返す刀で斬りつけられていた。ウィルトゥスががくりと膝をつく。


「グラビティ・プレス」


 低く、重く、静かな、だけどよく響く声で先生が呪文を唱えた。


「ぐっ⁉」


 見えない何かに押しつぶされたかのように、マグヌスが膝をつく。


「最上級呪文……? 死ぬ気かウェリタス!」

「そんな気はない。だけどマグヌス、君を止めるためならそうなっても構わない」

「くっ……ウェリタス……あくまで勇者の子孫の側に立ち、甘い理想に縋るお前などに……止められて……たまるか!」


 強い力で押さえつけられているのを振り切るように、マグヌスがダメージを受けながらも強引に立ち上がり、剣を構えて先生に向かっていく。


「先生!」


 先生を守らなきゃ。そう思って走ろうとするけれど、上手く体が動かない。俺の目の前で、マグヌスの剣が先生を貫いた。


「安心しろ、お前もすぐに――」


 先生から剣を抜き、俺に向けて振り上げたマグヌスだったが、それを振り下ろすことはなかった。ウィルトゥスの剣が彼を貫いていた。


「ウィルトゥス……お前が……俺を……」


 マグヌスが倒れる。やはりこれだけの傷を受けては回復はできないようだった。そんな事よりも。


「先生⁉」


 俺は先生を抱き起こす。先生の黒いローブが、さらに暗く染まっていっていた。早く回復させなきゃ。自分だけじゃなく、他人も回復させられたら。いや、やるんだ。なんとしても。先生の体を、自分の一部だと思えばどうだろう。魔法はイメージ。できると思えばできるはずだ。

 ふわり、と白い光が先生を包んだ。傷が回復していく。やった!

 だけど傷は治っていくのに、先生はどんどん遠くへ行ってしまう気がした。どうしてだ? どうして上手く行かない?


「トム君、他人の傷も癒せるんですね。凄いな。ねえ、そんな顔しないで。君のせいじゃありません。わたしが力を使い過ぎたんです。むしろ君のお陰で、少し話せます。ありがとう」


 先生はそう言って、いつもの柔和な笑顔を浮かべた。こんな時でさえ、俺のことを気遣ってくれるのがたまらなく悲しかった。


「トム君、君が来てくれて嬉しかった。一つ一つは挙げられないけど、君は自分が思っているより沢山のことをわたしにしてくれました。ありがとう。だからもっと自信を持って」

「はい」

「ウィルトゥス君、君には辛いことばかりで、ごめんなさい。君の真っ直ぐで一生懸命なところに、いつも救われていました。今までありがとう。君は、そのままでいて下さいね」

「いえ、私のほうこそありがとうございました」

「君たちはわたしがいなくても、何をすべきか、ちゃんと分かっているはずです。そして、それが出来るだけの力もある。後は、頼みましたよ……」

「いやだ、先生、何を、だってまだ――」

「分かりました。だから安心して、後はお任せ下さい」


 混乱する俺を遮って、ウィルトゥスがきっぱりと言い微笑んだ。先生はそれを聞いて、安心したようだった。くたり、と力を失い、もう何も言うことはなかった。


「トム、行くぞ。アヤ様たちや、魔王の信奉者のことが気になる」


 ウィルトゥスはすっと涙を拭いて立ち上がり、勇者神殿の方を仰ぎ見た。

 ウィルトゥスは強いな。俺よりずっと長く、先生と一緒にいたんだ。悲しくないはずない。それでも今やらなければならないことを考えて、もう動いている。

 先生には後を頼むと言われたんだ。俺だって、いますべきことをしなくちゃいけない。


「はい」


 ひとまず先生をそこに残して、俺たちは勇者神殿に向かった。

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