第28話 先生と話したり、願いを見破られたり
「お茶、いかがですか? 魔力を回復させる効果がありますよ」
夜、休憩や談話用にと解放されている食堂の近くを通りかかったときに、給仕の女性がそう声をかけてきた。魔力を回復できるのか。そうだ、それなら。
「ありがとうございます。もう一杯頂けますか?」
「ええ、もちろん」
給仕の女性は二杯注ぐと、お盆に載せて渡してくれた。ホカホカと湯気が上がっている。
「ありがとう」
俺はそれを持って二階の先生の部屋へ向かう。
トントントントン、と軽快に先生の部屋の扉をノックする。どうぞ、と中から声がした。俺が扉を開けると、机に向かっていた先生はこちらを振り向いた。
「ああ、トム君。少し待ってて下さいね」
丁度何かを書き終えたところのようで、それを折りたたんで、封筒にしまった。誰かに手紙でも出すんだろうか?
「お待たせしました。何か御用ですか?」
「あの、これ。魔力を回復する効果のあるお茶だそうです。良かったら、と思って」
「ありがとう」
先生は嬉しそうにコップを受け取り、手を温めるように両手でそれを包んだ。
本当は少し、何か話せたらいいのだけれど。でも特別どうしてもって話題があるわけでもないし、先生も疲れているだろうしな。大人しく退散しよう。
「君は、この街の様子を見てどう思いました?」
出ていこうとしたところで、ふいに先生がそんな質問を投げかけてきた。
「え? ええと……多分元の勇者の子孫もそんなにいい統治者じゃなかったんでしょうけど、それを是正するという名目の魔王の信奉者たちも結局は同じで。人間、権力を持つと腐敗してしまうものなんでしょうかね。いや、もちろんそうじゃない人もいるでしょうけど、この街はどちらも腐敗する側だったようですね」
俺は振り返り、なんだかまとまりのないことを答えた。
「難しいことですね」
「でも正直に言えば、少し安心しました。魔物なんて制御不能で、本来人間の敵であるものを使うなんて間違った手段で、結局は自分たちが今の統治者に成り代わることだけを望んでいる。だったら、彼らを止めるだけです」
彼らがもし手段はどうあれ多くの人にとっていいことをしているのなら、いくら帰るために彼らを倒すのが仕方ないとはいえ、やっぱりちょっと気が引けてしまっただろうから。
「わたしたち勇者の子孫もこれをきっかけに、自らの行いを見直すときなのでしょうね。でもまずは、魔王の信奉者を止めることです」
先生が頷いた。そうだな。そうやって『フォルティトゥード聖王国を危機から救う』という願いを叶えて、家に帰るという俺たちの願いを叶えて貰うんだ。
「魔王を倒し、世界に平和を取り戻すという民の願いを叶えた勇者様は、何を願ったんだろうな……」
つい、そんな疑問が口をついて出てしまった。先生が小首を傾げて俺を見た。そして、
「王の地位でも、富でも、なんでも望むものを与えると言った王に、勇者様はただ『平穏な暮らしを』とだけ答えたそうですよ」
と教えてくれた。『平穏な暮らし』? それは実質何も望まなかったってことか? 少なくとも伝わっている中では、帰りたいと望んだわけではないってことか。でも、本当に望まなかったのか、望んだけれど叶わずに、それが伝わらなかっただけなのかは分からないな。
「君の質問、少し気になりますね。どうして、民の願いを叶えた代わりに何か願っただろうと思ったのです?」
先生がじっと俺を見た。鋭いなあ。余計なことを言ってしまったようだ。誤魔化すわけにもいかないし、話してはいけないことというわけでもないだろう。信じてもらえるかどうかは別として。
「ここに呼ばれたときに声を聞いたんです。『召喚者の願いを叶えよ、さすればお前の願いも叶えよう』って。勇者様も同じように呼ばれたのなら、きっとそう言われていたはずで、そうだとしたら願いを叶えた勇者様は何を願ったんだろうって」
「そうですか。ねえ、君の聞いた声って、誰の声だったんでしょう?」
「え? さあ……分かりません。神様か何か、そういう我々を超越した存在だと思ってましたけど」
あの場に誰かいたわけじゃないし、物語じゃ異世界転移なんてさせるのは神様と相場が決まっているからそんなもんだと思ってた。勇者を遣わすのも神って話だったし。
でも、あれ? さっきの先生の話だと、勇者に望みを聞いたのは王様なんだよな。なんかちょっと変だ。
「神様に、願いを叶えて貰ったわけじゃない……?」
「勇者の言い伝えの中に、そんな話はありません。それと……あくまで文献から分かる範囲でですが、勇者様が元の世界に帰ることを望んでいた様子はありませんね」
先生が答えた。あれ……? こんなことを言うなんて、先生、俺の願いが元の世界に帰ることだって知ってるのか? なんかそんな帰りたいオーラ出してたのか俺?
「ふふ、君の願い、当たっていたようですね。ちょっと想像してみただけです。別に君がこの世界を嫌がっているとか、そんな風に見えたわけじゃないですよ。ただ、いきなり呼び出されたら、そうかなって思っただけです」
先生はいたずらっぽく笑った。俺は顔に出やすいのかなあ。色々バッチリ見透かされてる。
「古の勇者様については伝わっていないことばかりです。それに、古の勇者様と君は違いますよ。だから希望は捨てないで。とにかくまずは、今の危機を何とかすることです」
「そうですね。まずは魔王の信奉者を止めないと。魔王の信奉者……勇者神殿に行ったら、あの黒い騎士もいますかね」
「ええ、そうでしょうね。大きな障壁になるはずです。彼、強いですから。……でも、何としても止めてみせます」
先生の目には強い決意が籠っていた。本当に、何に変えても止めるというようだった。なんだかぞわりとした。
「先生……?」
「さあ、明日はその勇者神殿に向けて出発ですから、そろそろ休みましょう」
先生がいつものようににっこり笑って、俺の肩をトンと叩く。
「え? ええ。そうですね。お疲れのところ、お邪魔しました」
「そんなことは良いんですよ。わたしも君と話せて楽しかったですから」
「ありがとうございます。では、おやすみなさい」
少しだけ引っかかるものを感じながら、俺は先生の部屋を後にした。
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