第26話 女を追いかけたり、城を落したり

「アイス・ダート!」


 魔物の召喚から女の気を逸らすべく、俺は氷の矢を放つ。


「もう遅い!」


 ふっ、と女が微笑んだ。魔法陣から炎が上がる。その炎が、俺の氷の矢をかき消した。

 魔法陣から現れたのは、さっきの大きな赤い鳥だった。赤い鳥が俺たちに向かって火の玉を吐きかける。俺たちはさっとそれを躱す。ウィルトゥスがそのまま走り込み、鳥に斬りつける。だが鳥はさっと空に舞い上がり、それを躱した。しめた。


「ウィルトゥス様! 魔物は無視する方向で! とにかくその女を捕まえる!」

「えっ⁉」


 ウィルトゥスが戸惑った顔で振り返る。


「その女を倒さないと、また魔物が増えます。魔物がたとえ街の方に行ったとしても、勇者様なら楽勝ですし、街への被害は先生たちが防いでくれます。ま、私たちは殺されないように頑張らなきゃいけませんけど、その女の近くにいれば魔物だって攻撃できないはずです。ですから、とにかくその女です!」


 俺は言いながら、女に向かってダッシュする。


「はぁ⁉ 何言って……!」


 女は混乱した様子だったが、ともかく俺から逃げようと広場の奥へと走り出す。だが遅い。これなら追いつける。


「ふ……ふふ……あたしに追いつけるもんか! ウィンド・エイド! フレイムフェザー、こののろまを焼いてしまえ!」


 呪文を唱えると、女がギュンと加速した。さっきまでとは比べ物にならない速さ! 魔法か。これじゃ振り切られる。あいつを捕まえなけりゃいけないのに!

 そうだ。俺にどんな傷もたちどころに回復できる能力があるのなら、限界を超えて傷ついた筋肉だって回復できるはずだ。火事場の馬鹿力とかいう奴を出せばいい。リミッターを外して追うんだ。できるかできないかじゃない。やるんだ。

 俺は力強く地を蹴る。フレイムフェザーの吐いた炎が、俺の大分後ろを焦がしていった。


「何で……風魔法の補助もないのに……どうして追いつける……?」


 振り返った女の顔は憔悴しきっていた。多分、俺が予想外に追ってきたことで集中が切れ、魔法の効果も切れたんだろう。距離がぐんぐん縮まる。


「大人しく、捕まれっ!」


 俺は女に飛び掛かる。


「あっ……」


 俺は転んだ女の腕を捻り上げる。


「さあ、あの魔物を止め――」


 フレイムフェザーがこちらに向け、大きく口を開けている。召喚者のこの女がいるのに、炎を吐く気なのか? 召喚者が弱いと見れば、従う理由もないってことか? あてが外れた!


「アイス・セイバー!」


 氷の剣をイメージし、それで降り注ぐ炎を弾く。何とか上手く行った……と思ったのもつかの間。フレイムフェザーがこっちに突っ込んでくる。まずい。さっきので魔法は使い切ったし、攻撃も間に合わない。

 だけど、フレイムフェザーの攻撃が届くことはなかった。俺の手前で、真っ二つになっていた。


「ウィルトゥス様、ありがとうございます。助かりました」

「良かった、間に合ったな。しかしトム、その女を捕まえるとはよくやってくれた」

「あっ、捕まえてない!」


 さっきフレイムフェザーの攻撃を弾くために手を放してしまったんだった。俺は慌てて、倒れたままの女に掴みかかる。女が俺を睨みつけてきた。


「なぜあたしを助けた?」

「別に助けてない。俺が攻撃されそうになったから、防いだだけだ」


 まあ、よく考えてみればこの女をひとまず置いて躱すのもアリだったんだよな。さっきは咄嗟に出てこなかったけど。


「それにお前には、色々話を聞かなけりゃならない。まず、他に魔物を召喚できる奴はいるのか? あとどのくらい、魔王の信奉者の勢力がいる?」

「魔物を召喚できるのはあたしだけだ。城には他にも仲間がいるが、主に統治担当だ。魔物たちが敗れたとなれば……降伏するだろう」


 女は意外に大人しく答えた。何もしゃべることはないとか言って毒を呷るとか舌を噛むとかされたらどうしようかと思ったけれど、そんなことはなかった。


「お前、魔王の信奉者だろう? なんで魔法が使えるんだ?」

「魔法を勇者の子孫だけのものと思うなよ。魔石の補助があれば、あたしにだって使えるんだ。というか、お前だって同じだろうが!」


 あれ? 普通の人は魔法を使うイメージができないからって先生が言っていたような。魔王の信奉者はまた普通の人とは違うってことなのか?


「安心しろ、さっきも言った通り、ここにいる中に魔法を使える者はいない。魔法を使えるのは、特別な才能があるものだけだからな」


 じゃあ、そこまで魔法に警戒する必要はないのか。良かった。おっと、それよりこいつの魔石を奪っておかないと。俺は女の腰に差された、緑の魔石が嵌った短刀を回収する。


「ひとまずこの女を連れて、みんなのところに戻りますか」

「ああ、そうしよう」


 俺たちは魔王の信奉者を捕らえたことを報告すべく、一旦外側の街へ戻った。


 報告を終えると、すぐに城を押さえようということになった。街側に最低限の守備の兵士を残し、皆で城へ向かう。


「魔物の召喚者は捕らえました。これでもう、魔物を呼び出すことは出来ません。大人しく、降伏なさい。そうすれば、命は助けます」


 クレメンティアが城に呼びかける。

 暫くして、ぞろぞろと人々が出てきた。先頭の五人は、紫の艶やかなローブを纏っている。多分こいつらが統治担当なんだろうな。そして贅沢三昧してたんだろう。顔色はどこかくすんで、体にも締まりがない感じだった。その後に護衛らしき兵士風の男達、城の下働きらしい人々が続いた。

 何だかあっさり出てきたな。さっき女も降伏するだろうって言っていたっけ。俺はてっきり手段を問わず最後まで戦うものと思っていたけどな。勇者の子孫許すまじって感じで、降伏なんて絶対しないだろうと。でもそうじゃなかったようだ。まあ、その方がいいけど。自爆とかされた日には大変だもんな。

 出てきた奴らを、騎士たちが縛り上げていく。


「元々この城にいた者達はどうしましたの?」

「魔物に食われたよ。一部は地下牢に捕らえてある」


 クレメンティアの質問に、紫のローブの初老の男がふてぶてしく答えた。

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