第22話 魔法を使ったり、浮かれたり

「アイス・ダート!」


 襲い掛かってきたヘルハウンドに剣の切っ先を向け、俺は呪文を唱える。鋭い氷の矢がヘルハウンドを貫いた。ヘルハウンドがパタリと倒れる。


「魔法……魔法だ……! 凄い……!」


 まあ俺が魔法を使えるわけじゃなくて、先生からもらった剣の魔石にチャージしてもらった長尾さんの魔力を解き放ってるだけなんだけど。いやでもどういう形で打ち出すかを決めるのは俺なんだ。だから魔法を使っているのは俺! とにかくテンションが上がる。ガンガン行こう。俺はさらに呪文を唱え、向かってくるヘルハウンドたちを遠巻きに次々と倒していく。魔法、素晴らしいね!

 俺たちはカエルラの街を出て、勇者神殿に向かっている。次の目的地は勇者神殿の手前にある、ロセウスという街だ。ロセウスは既に魔王の信奉者たちの手に落ちているから、そこを取り返し勇者神殿までの道のりを確保するということらしい。

 で、話によると後少しすればロセウスの街が見えてくるはずだ。けど魔王の信奉者の勢力圏内だからか街道上も魔物の活動が活発で、現在俺たちは襲ってくる魔物を倒しながら進んでいる、というわけだ。


「アイス・ジャベリン!」


 矢よりも大きく、鋭く。そうイメージしながら呪文を唱える。なんせ今度の相手はグレートボア。さっきのヘルハウンドよりデカいし強い。より強力な魔法が必要だ。

 鋭い氷の槍がヒュンとグレートボアに突き刺さる。だが倒しきれなかった。血を流しながら、グレートボアは突進してくる。もう一発!


「アイス・ジャベリン! ……て、あれ?」


 魔法が出ない。魔力切れだ。魔石が輝きを失っている。さっき調子に乗ってガンガンヘルハウンドに撃ってしまったからだ。

 だがグレートボアはそんな事には構わず突進してくる。俺は慌てて横に飛ぶ。グレートボアの牙が、俺の右腕を掠めた。痛い……が傷はすぐに塞がっていった。


「このっ!」


 俺は標的を見失い急停止するグレートボアに剣を振り下ろす。幸い、さっきの魔法で傷を負っていたために、何とか止めを刺すことは出来た。


「グレートボアを倒したか。よくやった。だが魔力の残量には注意することだ」


 ウィルトゥスがそう言って俺の背中を叩いてきた。すみません魔法が使えるのが嬉しくて浮かれきってました。ばっちり見られていたとは恥ずかしい。


「はい」


 俺は俯いて返事をする。


「でも浮かれてしまうのも分かりますよ。トム君、魔法をとっても綺麗に撃ち出せていましたから。魔法のイメージ、ばっちりです!」


 先生が笑顔で親指を立てる。こっちにも浮かれているのを見られていたか。


「さすがは勇者様! 素晴らしいご活躍でした!」

「我らも勇者様のような魔力があればご一緒に戦えるのですが……何分我らに流れる

 古の勇者様の血は薄くなり、十分な力を振るう事敵わず……」


 何だか騒がしいなとふと見ると、長尾さんが騎士達に囲まれていた。そういや彼らはいっぱいいるけど、あんまり戦ってなかったというか、大体は長尾さんとかウィルトゥスや先生が倒してたんだよな。ひょっとしたら俺の活躍とどっこいどっこいか、それ以下なんじゃないだろうか。とにかく、勇者様が先陣切って進んで、彼らは後から安全なところをついてくるって感じだ。


「いえ、皆様には取り戻した街の治安維持など、大切な仕事がありますから。魔物を倒すのは私に任せて下さい」


 長尾さんが笑顔を作って答えた。ちょっと面倒臭そうな感じもする。取り巻かれるのもやっぱり楽じゃなさそうだ。

 だけど彼らとはそういう役割分担なんだな。まあ勇者の血が弱まっていて、魔法もあんまり使えなくなってるみたいだから仕方ないのかも。

 あれ? でもウィルトゥスや先生は普通に強いよな。魔石の補助があるとはいえ、長尾さんに負けないくらい魔物を倒しているわけだし。


「魔法の強さは意志の強さです。勇者の血の濃さじゃありませんよ。でもみんな、忘れてしまったんです。もちろん勇者様は特別ですが、わたしたちに力が無いわけではないのですよ」


 先生がぽつりと呟いた。どこか寂しそうな顔をしていた。魔法の力が弱いことを、いつしか勇者の血が薄まったせいにして受け容れてしまった、そんな風に見えているのかもしれない。実際のところは俺には分からないけれど、先生たちは現に戦えてるわけだしな。そういやあの黒い騎士は魔法を使っていた節はないし、俺と同じなら魔法が使えないことになるわけだけど、めちゃくちゃ強かったしな。戦えないのは勇者の血が薄いからってことではなさそうだ。


「とはいえ、そうなってしまったのですから仕方ありませんね。今さら彼らの認識は変わりません。でもトム君は覚えておいてくださいね。さっきも言いましたけど、その点では君はとってもいい感じです」

「ありがとうございます。浮かれずに、地道に頑張りますよ。あ……私、長尾さんに魔力をチャージしてもらわないと。ちょっと行ってきます」

「そうですね。また魔物が襲ってきたときに魔力が空では心もとないですからね。行ってらっしゃい」


 俺は未だに取り巻かれている長尾さんのところに走る。まあ彼女もちょっと対応に面倒臭そうな感じだし、割って入ってもいいだろう。彼らには、空気読めない変な奴が割り込んできたぞって思われたところで別に構わない。神殿騎士団は従者の教育がなってないとか言われたら嫌だけど、先生も笑顔で送り出してくれたから、そこもまあいいって思おう。


「長尾さん! お取込み中ちょっと申し訳ないんだけど、魔力のチャージ頼めない? また襲われたとき対策に」


 取り巻き共の後ろから、俺は手を振り声を掛ける。


「うん、もちろんいいよ!」


 なんだあいつって感じの視線が痛いけれど、彼女自身は弾んだ声でそう言って、取り巻きをかき分けこちらにやってくるからそれでいいや。

 俺は長尾さんに剣を渡す。彼女は剣の柄に嵌められた魔石に手を当て、目を閉じる。きらりと魔石が輝きを取り戻した。


「ありがとう」

「いえいえ。でももう使い切っちゃったんだね。結構頻繁にチャージが必要みたいだね」

「今回はちょっと調子に乗って使い過ぎた感はある。とはいえそれなりにお願いすることになりそう。ごめんね」

「ううん、全然。いつでも言って! ……そうじゃないと、ちょっと疲れちゃうから。稲村君、声をかけてくれてありがとう」

「いや、こっちこそ。じゃあ、また後で」


 俺は彼女の元を離れ、先生たちのところに戻る。俺たちは一緒に旅をしているんだけど、ちょっと距離があるんだよな。物理的には近くにいるんだけど。

 長尾さんの側にはいつもクレメンティアと、彼女のお付きらしいインテグラさんという女性騎士が一緒にいる。それで一パーティ、俺たち神殿騎士団はまた別でもう一パーティって感じだ。

 戦闘の無いときは結構さっきのように騎士たちが取り巻いているから、あんまり俺たちと長尾さんたちとの会話はない。

 彼らからすると、神殿騎士団は勇者神殿を魔王の信奉者に奪われたくせにおめおめと生きている情けない奴らってことになるようだ。でもこれから行くロセウスにしろ、聖王国のいくつかの領地は勇者神殿より前に魔王の信奉者に奪われていたらしいから、神殿騎士団だけが悪いってわけでもないと思うけど。

 まあ、そんなゴタゴタはどうでもいいことだ。とにかく、魔王の信奉者から勇者神殿を取り返し、魔王の復活を阻止するって勇者に託された願いを叶えること。それで元の世界に帰るんだ。

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