第20話 古の勇者について聞いたり、魔王の信奉者について話したり

「勇者様って、何者だったんでしょうか?」


 先生が勇者をあまりよく思っていなさそうなのが気になって、俺はそう尋ねてみる。


「およそ三百年前、正確には二百六十三年前の魔物の大発生の折に、神が我らを救うために遣わした方です。我々よりはるかに強い魔力で、全ての属性の魔法を操り、次々に魔物を倒していきました。そして魔を封じ、自分の力を後世に伝え、今の世を築かれたのです」


 先生は淡々と言い伝えを語った。そして少し苦い顔をして、


「……まあ魔物はいなくなったわけですが、平穏かというと微妙なところです。でもそれは勇者様のせいではありませんね」


 と付け足した。


「平穏かは微妙って、モデストゥスみたいに不正を行う勇者の子孫がいるからですか?」

「それもあります。でもそれ以上に権力者同士……勇者の子孫同士の争いも絶えなかったのです。勇者が建て、最初の妻との息子が継承したこのフォルティトゥード聖王国ですが、勇者様の没後は次第に地方領主である他の勇者の子孫たちが力を増し、各領地は事実上の独立状態となっていきました。自分たちだって勇者の子孫なのに、最初の妻の子だからとフォルティトゥードが上に立つのが許せなかったのでしょう。それから、領主同士の領土を巡る争いも絶えませんでした」


 まあ、魔物がいなくなったからって平和になるわけじゃないよな。共通の敵がいなくなって、敵意が内側に向いてしまうのかもしれない。それにしても中々ロクなもんじゃないな、勇者の子孫。まあ勇者の子孫だからってわけじゃないんだろうけど、魔法という力を持っているからってのはあるんだろうな。魔法を持たない庶民側からしたら、たまったものじゃない。


「そんな勇者の子孫たちに嫌気がさして、庶民たちの一部は魔王の復活を望むようになった?」

「そうです。魔王の信奉者たちは次第に勢力を増してゆき、今の魔物たちの襲撃があるということです」

「あの黒い騎士も魔王の信奉者ですか? 元神殿騎士がどうして?」


 裏切り者だと言っていたからそうなんだろうけど、今の話だと魔王の信奉者って主に庶民がなるものだよな。支配者側は勇者の子孫だっていうのが支配者たる所以なんだから、そこを否定するような方にはいかないはずだ。


「正直なところ、わたしにも分かりません。戦乱で負傷した兵士を癒すために聖女であった彼の妹が命を落としたり、不正を犯した貴族を処罰できなかったり……他にも色々と勇者の子孫を恨みたくなることはあったと思います。でもその時は……彼だって受け容れていたはずだったんです。どうして、あの時突然裏切ったのか……。でも、突然ではないのかもしれない。わたしが何も気づけなかっただけで。友人、だったのにね……」


 先生は辛そうに眼を伏せた。友人だったのか。確かにただの同僚って感じじゃなかったけれど。


「でもだから勇者の血を引くものを全部滅ぼそうだなんて、極端ですよ。そりゃ悪い奴もいるのかもしれませんが、先生やウィルトゥス様のように良い人もいるのに」

「ありがとう、トム君。彼もそう思ってくれていたら良かったのですけどね。でも、もう仕方のないことです。勇者の子孫を全て滅ぼしたところで上手く行くわけじゃありませんし、魔王が勇者の子孫だけを滅ぼしてくれるわけでもありません。結局力を持たない人たちが、一番被害を受けるだけです。そんな事はさせません」


 きっぱりと先生が言った。世界の平穏のためには、かつての友人と戦うことも仕方ないという感じだった。


「だから君も、我々と一緒に戦って下さいね」


 先生は笑顔で俺の両手を握った。それって……一緒に連れていってくれるってことか?


「それは、もちろん」


 俺は全力でうなずく。


「よろしい。あ、そうでした。そんなトム君にプレゼントがあるんでした」

「プレゼント?」


 俺は首を傾げる。先生はこくこくとうなずくと、食堂を出てどこかに行ってしまった。

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