第19話 戸惑ったり、勇者とは何か考えたり
「トム君もウィルトゥス君も、自信を持って素直に自分の希望を伝えた方がお互いに上手く行くと思うんですけどね。変に相手に気を遣わないで。でも無理ですか。二人とも、臆病なんですね」
ウィルトゥスに出ていかれて途方に暮れる俺に、先生が棘のある笑みを浮かべて肩を竦めた。今までに見たことの無い表情に、俺は思わず眉根を寄せた。どういう意味だ?
「君を従者にしたのは失敗でしたかね」
「え……?」
追い打ちをかけるような先生の一言に凍り付く。
「でも、勇者様と祀り上げるのもそれはそれで違いますし」
勇者様と祀り上げる? どういうことだ? 俺を勇者だと祀り上げるってことか? そうだとするなら……。
「先生は、私がこの世界の人間じゃないってご存じだったのですか? やっぱり、私を呼んだのは先生なんですか?」
「最初は何となく、そうかもしれないって思ったくらいです。勇者召喚の儀式の時期ではありましたし。わたしが呼んだわけではないと思いますよ。確かに誰かが現れて、何かを変えてくれたらいいなと願ったことはありますけどね。でもそれと君がここに現れたことに因果関係は無いでしょう。そんなの、こんなご時世なら誰しも願うことですしね」
そうかもしれないと思った上で、俺を連れて行ってくれていたわけか。でもそうだとしたらどうしてだ? 違う世界から来たかもしれない奴を保護する理由って何だ?
「一体、先生は何を企んでいるんです……?」
「企むなんて、そんな。わたし、これでも司祭ですよ? 困っている人に手を差し伸べる、そんな当たり前の教えを説く側なのですよ?」
それは何か企んでいる顔だけどなあ……。というよりこれは、そんな顔をしてからかってる感じだな。いずれにしても聖職者のやることじゃないぞ。
「とはいえ、私は勇者では無い訳ですし、利用価値なんてありませんか」
そう、俺を助けたところでどうなるわけでもない。だから、助けてくれたのは本当に、困っている俺に手を差し伸べてくれたってことなんだろう。
「トム君は、どうして勇者じゃないんです?」
「は?」
突然の質問の意味が分からずに、俺は素っ頓狂な声を上げる。俺が勇者じゃないって証明したのは、他ならぬ先生じゃないか。
「だって私は魔法が使えませんし」
「勇者というのは、危機の際に民の願いに応え、神が遣わしたる救い主のことですよ。魔法が使えなかったら、勇者じゃないんでしょうか?」
先生は真顔で尋ねてきた。俺をからかっているわけじゃなさそうだ。そういえばあの時先生が皆に示したのは、俺が魔法を使えないってことだけだ。だから勇者じゃないと結論づけたのはクレメンティアだった。神が遣わしたかどうかはともかく、別の世界から謎の力でやって来たのは俺だってそうだ。
「強い魔力を持っていて、全ての属性の魔法が使える、というのは言い伝えにある勇者様の姿なのです。だからそういう人が勇者ということになってしまったのですね」
「でも……そういう力が無かったら、世界を危機から救うことが出来るでしょうか?」
「魔法が使えないからといって、救えないと結論づけるのですか?」
そう聞かれると、それはなんか違う気がする。
「そりゃ何か、できることはきっとあるでしょうし、そうであってほしいと思いますけど」
「君だって特別な力を持っていて、わたしたちを危機から救ってくれましたよ」
先生がニコリと笑った。そういえば城で、この人は俺の回復能力について何も言わなかったな。魔法が使えないってのを見せはしたけど、強い回復能力があるってことは言わなかった。大した能力じゃないから? でも、普通より強い能力だとも言っていた。やっぱり、何か企んでいるのか……?
「でも別に、わたしは君を勇者様に仕立て上げたいわけじゃないんです。君にはもうちょっと、別のものになってほしいですからね」
「別のもの?」
「とにかく、勇者なんてつまらない我々の偶像ではなくて、です。君に願うとしたら、わたしたちとは違う目線でこの世界を見て、自分で何をするか決めてほしいってことです。だって、折角君は別の世界から来たんですからね」
「はあ……」
先生の言うことはよく分からなかった。けど、『勇者なんてつまらない我々の偶像』か。なんだろう。さっきからこの人はあまり勇者をよく思っていないような感じがする。というか……先生って、なんかちょっと他の人とは違う感じなんだよな。何がかは分からないけど。
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