第18話 謝ったり、気まずかったり

 教会に戻ってきた。二人はどこだろう? とにかく謝らなくちゃ。

 食堂に行ってみると、先生とウィルトゥスが何か話しているところだった。でも俺に気づくと二人はぷつりと話を中断した。一体、何を話していたんだろう? 俺に聞かれたくないことか?


「ああ、トム君お帰り。勇者様とのお話はどうでしたか?」


 先生がいつも通りの柔和な笑顔で尋ねてきた。いつもと変わらない、軽い日常会話の質問。そんな感じだった。


「楽しかったです。久しぶりに知り合いに会えましたし、彼女が召喚された目的も聞けましたし」


 俺はにこやかに答えを返した。いいのかな、このまま普通に、何事もなかったかのようにここに溶け込む感じで。いや……ダメだよな。


「ごめんなさい、先生、ウィルトゥス様。私が言った事は全部嘘です。本当は教団の教えになんて興味はなかったんです。別の世界から何も分からないまま飛ばされたから、生きて元の世界に帰るために誰か守ってくれる人が必要だった。それで偶々出会って、良くしてくれたお二人を利用させて頂いただけです。最初にウィルトゥス様が私を疑ったのが正しかったんです。今までお二人を騙していて、申し訳ありません」


 たとえ許して貰えなくても、謝っておかなくちゃいけない。二人は何も言わなかった。やっぱり、怒っているよなあ。


「ですが……あの、できる事ならもう一度、従者として旅に加えて頂きたく存じます。厚かましいことは重々承知しております。でも、どうか」

「何故だ? 庇護者が必要なら、勇者様の方がよかろう? 勇者様ならば私などより確実にお前を守ってくれる。もうあんな危険な目に遭うことも無い。それに、ずっといい旅ができるぞ。従者などしなくていいし、最高の歓待が受けられる」


 ウィルトゥスは冷たかった。そう言うのも無理からぬことだ。結局今までと変わらず、俺は彼らを利用することになるのだから。開き直って利用させてくれという分、性質が悪いのかもしれない。大体俺、従者って言っても特に何か役に立つわけでもないんだよな。先生にしろウィルトゥスにしろ、自分のことは自分でやるし。戦闘は俺が一番弱いし。何ら役に立たないわけだから、いなくたって構わない。いない方がマシなんだろう。

 長尾さんはきっと俺を連れて行ってくれると思う。勇者様が言うのならクレメンティアや周囲も表立って反対はしないだろう。でもそれ……めちゃくちゃ居心地悪いよな。勇者と親しいってだけで――実は長尾さんとは親しいって程でも無いけど――とにかく知り合いってだけでおこぼれにあずかってるとか、完全にダメな奴じゃないか。


「勇者様に守って頂くのでは嫌なのです。というか、私にも回復って力があるんですから、守って頂かなくても大丈夫です。とはいえここで生きていくために、こちらの方の協力は必要ですけど。私も自分の出来ることで、この世界を救う役に立ちたいんです。従者としてお二人のお役に立てていないのはそうなんですけど……それでも助けて頂いたご恩はお返ししたいですし……だからその……一緒に連れて行って頂けないかと……」


 言いたいことが上手くまとまらない。いや、俺の言いたいこととしてはそうなんだが、そう言われたってはいとは言えないよな。だってウィルトゥスには何の得も無い。説得するなら、俺を連れて行く利点を説かなきゃいけない。けど、俺には何にもないんだよな。自己回復なんて自分にしか役立たない能力じゃなかったら良かったのに。いや……借り物じゃないそもそもの俺の能力として、何かできたらよかったのに。


「恩返しをしたいというのなら、あの時私を助けてくれたことだけで十分だ。そんな事に縛られる必要はない」


 取りつく島もなかった。そんなに俺を連れて行くのが嫌かと聞きたくなったが、それは聞けなかった。何だか卑怯な聞き方な気がしたし、それに万一「そうだ」と答えられたら立ち直れない。


「でもあれは……どちらかというと余計な事をしてしまったのかもしれませんし……」

「なら、勝手にしろ」


 ウィルトゥスは冷たく一言投げて席を立った。俺は茫然と、追いかけることもできずそこにいた。勝手にしろ、か。駄目だとは言わないけれど、許してくれもしないわけだ。当然だよな。


「ウィルトゥス君、どこへ?」

「……ちょっと、稽古をつけて貰いに行きます」

「そうですか。夕飯までには戻ってきて下さいね」


 先生は引き留めるでもなく、いつも通りにごく軽くウィルトゥスに声を掛けて彼を見送った。

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