第17話 召喚理由を聞いたり、聞かれたり

「勇者様には随分と打ち解けた様子なのだな」


 食事を終えて昼食の席を立つとき、ウィルトゥスがぽつりと呟いた。


「ああ、いえ、その、すみません。元の世界の知り合いに会えて舞い上がってしまったというか、なんというか。勇者様に対して失礼を」


 そうだよな。あの場で一番下の俺が、一番上の勇者様に馴れ馴れしい口をきいていたわけで。でもいきなり敬語も変だしな。長尾さんから怪訝な顔をされてしまう。


「別に、咎めたわけじゃない」


 ウィルトゥスはちょっときまり悪そうに視線を逸らした。ええ? 何なんだ一体?


「ねえトム君、良かったらこの後ちょっと話せる?」


 長尾さんがこちらにやってきて、俺に問いかける。俺も話したいことは色々あるんだけど……どうだろう? 先生はクレメンティアと何やら話し中だったので、俺はウィルトゥスに視線を送る。


「勇者様がお呼びなのだ。行けばよかろう。私に遠慮など要らん。では勇者様、失礼致します」


 素っ気なくそう言って、ウィルトゥスは立ち去ってしまった。なんかさっきから機嫌悪くないか? ……まあ、そういえば俺は色々黙ってたわけだから仕方ないのか。


「……というわけで勇者様、お話を伺いますよ」


 ウィルトゥスに注意されたから、というわけではなく、トム君と呼ばれた意趣返しに俺はそう答える。


「稲村君まで、やめてよね」


 長尾さんに睨みつけられた。本気で嫌そうだった。俺は地雷を踏みぬいたらしい。


「なんか……ごめんね、長尾さん。その……軽い冗談のつもりだったんだけど……嫌な気分にさせて」


 俺は慌てて謝る。こういう時は素早く謝る一択だ。


「いいの。私の方こそゴメン。つい、イラっとしちゃって。……ここへ来てから、みんなそんな感じだから」


 長尾さんは振り向いて、申し訳なさそうに謝る。そして俺についてくるように促した。


「さあ、ここが今の私の部屋。入って」


 通されたのは上品なテーブルと椅子が置かれた広い部屋だった。奥にもう一つ扉が見える。続き部屋になってて、そっちが寝室かな。


「凄い部屋だね。さすが。だけどそうやって特別待遇で、勇者様、勇者様って持ち上げられるのも疲れるってことか」

「うん。国王様とか、お城の貴族の人たちとか、年上の明らかに偉い人からも頭を下げられると逆に恐縮しちゃう。それに勇者様、勇者様って、私にも名前があるんだけどな。仕方ないんだろうけど、みんな私を勇者様としてしか見ないから」


 椅子に腰かけながら、長尾さんがふう、とため息をついた。確かにそれはそれで辛いだろうな。


「だけどね、最初召喚されたとき、国王様やらなんやら待ち構えてた偉い人たち、みんな期待外れみたいな顔したんだよ。きっと私が生まれたときの祖父母の顔もあんな感じだったんだろうなって思った」

「え?」

「私の家、古いから祖父母は男の子が欲しかったの。でも私は女だから。やっぱりこの世界の人も、本当は男の勇者が良かったのかな? 私だって勇者の力を持っているのにな」


 今時そんな家もあるんだな。ここの人たちが男の勇者の方がいいっていうのは、残念ながら実際にそうらしいけど。


「それ、勇者の血が欲しいかららしいよ。この世界の王侯貴族は勇者の子孫なんだけど、今の勇者の血が薄まって、魔法の力も弱くなってしまったから、新しい勇者の血を入れて力を取り戻したいらしいんだ」

「ええ……何それ。ああ……でもだからクレメンティアさんはあの時、ちょっとほっとした顔してたんだ。彼女、このフォルティトゥード聖王国の王女様なんだって。多分それだと、男の勇者が召喚されてたら結婚させられちゃうところだったんだね」


 聖王国の王女か。それであんな感じなんだな。でもそんな立場だったら、確かに真っ先に勇者を捕まえないといけないよな。


「俺、勇者じゃなくて良かったよ。ああ、クレメンティアが嫌だとかそういう意味じゃないよ」

「そういうの、男子は好きかと思ってたけど」

「それは偏見」


 そう言うと、長尾さんは申し訳なさそうに謝った。真面目だな。大勢の女の子が自分を好きになってくれるのが良いのであって、自分の家の繁栄のために勇者の血目当てで、なんていうのは違うんだ、とは言えなかった。


「そういえば、長尾さんはクレメンティアに召喚されたんだよね? 勇者召喚の目的は何なんだ? ベタに魔王を倒せ?」

「『フォルティトゥード聖王国を危機から救って』って言われたよ。今はまだ魔王は復活していないんだって。二百六十三年前に勇者が魔を封印すべく張った結界を、魔王の信奉者たちが壊そうとしているみたいなの。現に結界は綻んでいて、魔物が生み出されてしまっている。ここも襲撃されたんでしょ? それを止めてほしいんだって。まあもし間に合わなかったら、魔王を倒すことになるんだろうけど」


 そうなのか。ひとまず魔王の信奉者による魔王復活を止めろ、か。それにしてもなんだ二百六十三年前って。随分中途半端な数字だ。三百年とかじゃないのか。まあ、そこはどうでもいいんだろうけど。


「とにかくその願いを叶えないと、帰れないってことだよな。あ……確認だけど、叶えて貰う願いは、帰る、で良いんだよな?」


 俺は恐る恐る尋ねる。


「うん。もちろんそうだよ。一緒に帰ろう」


 長尾さんが大きく頷いた。良かった。もしこの世界で栄耀栄華を極めるつもりだったらどうしようかと思った。


「ようやく呼び出された目的が分かって良かったよ。それに、一緒に行けることにもなったし。あの人たちもそうしたがっていたから」

「ねえ、稲村君はさっき巻き込まれたんじゃないかとか言ってたけど、別の誰かに呼び出されたわけじゃないの?」

「召喚者の願いを叶えろ、って声は聞こえたけど、特に誰かに迎えられたわけでもなく、何か願われたわけでもないからなあ。だからやっぱり、そっちのついでなんじゃないかな」

「そうなんだ……」

「運良くあの人たちに拾ってもらえてよかったよ。そうじゃなかったら、きっと長尾さんにも会えなかった」


 刺されても死なないことは分かったけれど、だからといって何もなくこの異世界で生きていくことはできない。そもそもあの時従者だって庇って貰えてなかったら、モデストゥスに捕まってたんだよな。そうなったら拷問でも受けてたんだろうか。傷は治るけど、痛いのは痛いしなあ。そう考えるとぞっとする。


「良い人たちに会えて良かったね。ああ、別にクレメンティアさんや聖王国騎士団の人たちが嫌だって言ってるわけじゃないよ。ただちょっと、やっぱり壁があるんだよね。クレメンティアさんだって王女様なんだからって王女様って呼んだら、勇者様からそんな風に呼ばれるのは畏れ多い、なんて言って。私だって勇者様って呼ばれたくないし、それなら同い年の旅の仲間として、もっと気軽に接してほしいんだけどな……」


 長尾さんが残念そうに俯いた。


「ねえ稲村君、ウィルトゥス君とは仲良いの?」

「え……? 俺、ずっと言ってる通りあいつの従者だからなあ。仲が良いとかそういうわけじゃない。関係は悪くないと思うけど」

「そう……なんだ」


 長尾さんはちょっと眉根を寄せて、腕を組んだ。何か言いたいことがありそうだけど、それを言葉にはできないようだった。


「だけど俺、あの人たちを騙してたんだよな……。戻ったら、謝らなくちゃ」


 俺としては仕方ないことではあるけれど、向こうはきっといい気はしていないだろう。


「じゃあ、長尾さん。今日はありがとう。また明日」

「うん、また。私も話せて良かった。ありがとう、稲村君。じゃあね」


 長尾さんが少し寂しそうに手を振った。

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