第16話 唐揚げを食べたり、呼び名にツッコまれたり

「唐揚げ……唐揚げだ……」


 白いテーブルクロスに青いレースのテーブルセンター、そして銀の燭台。洋風に整えられた大きなダイニングテーブルの上に、ごく普通の家庭料理が細かな模様が美しい洋食器に盛り付けられて恭しく運ばれてきた。そんな不思議な光景に思わず声が漏れる。


「これ、長尾さんが作らせたの?」

「ううん、違う。これ、こっちの料理なの。伝説の勇者の好きな食べ物だったんだって」


 勇者、何者だよ。アラビア数字の件といい、やっぱり日本から転移した奴なんだろうか。それも結構近い時代の人間のはずだ。何百年も前の人なら、こんな料理無いはずだから。

 だけど日本の一般家庭の料理がこんなところにこんな風に並んでしまうのはどうなんだろうなあ。豪華な宮廷料理の発展を阻害しているのじゃなかろうか。

 まあ、そんな事はいいや。食べよう。

 唐揚げをナイフとフォークで食べるのは物凄く違和感があるけど気にしない。サクッとした衣に、塩と香草ベースの下味がしっかりついたジューシーな肉が美味しい。醤油ベースでないのは残念だが、これはこれで旨い。でも主食がパンなのはどうなんだろう? ちなみにここのパンは教会で食べたような固いものではなく、ふわふわだ。貴族向けはふわふわパンなんだな。


「ここはパンだけど、聖都にはご飯もあったよ。あと唐揚げも醤油ベースで、お味噌汁もついてて、お箸で食べるの。完全に唐揚げ定食って感じだった。他にも私たちの世界の料理、たくさんあるみたい。稲村君は、食べなかった?」

「いや、全く。こんな料理、初めてだよ」


 俺は随分残念そうに首を振ってしまったのだろう。先生がちょっと申し訳なさそうな顔をしていた。そんなつもりじゃなかったんだけど。


「勇者様の料理ですから、だれでも食べられるものではありませんのよ。それと完全な勇者料理を再現するには特別な材料や調味料が必要ですから、聖都以外では難しいかもしれませんわね」


 クレメンティアが補足した。特別な調味料か。醤油とか作ったのかな。異世界もので日本の料理を再現するのは定番な気がする。勇者もそれをやったってことなんだろうか。


「伝説の勇者様も、日本から転移したのかな……?」

「そんな感じはするね。でも、それを考えても仕方ないと思う。証拠も無いし、分かったところでどうなるわけでもないし」


 それは確かに、長尾さんの言う通りだ。俺たちにとって重要なのは、今をどうするかだもんな。


「ねえ、稲村君はこれからどうするの?」

「どうするのって……どうするんでしょうか?」


 俺は両隣の先生とウィルトゥスを交互に見る。俺は二人の従者だから、これから先も二人次第ってことになる。まあ、二人と別れて長尾さんについていくという手もあるだろうけど。でも、それはなんか嫌だ。


「ここへ来た当初の目的である調査は終了しましたからね、本来ですと聖都に戻ることになります。ですが……出来ることなら勇者様の旅に加えて頂きたく存じます」

「私からもお願い致します、勇者様。勇者神殿を奪われた責任は、自らの手で負いたいのです」


 先生とウィルトゥスが長尾さんに懇願する。


「ええと……勇者神殿を奪われた、というのはどういうことでしょうか? それと……ええと……そもそも神殿騎士さんていうのは……?」


 二人のただならぬ様子に戸惑いつつ、長尾さんがおずおずと尋ねる。聞いてくれてありがとう。俺も聞きたかったけど、聞けなかったやつなんだよな。


「勇者様は魔を封じた後、その地に勇者神殿を建立されました。我々神殿騎士は代々、その神殿を守護していました。ですが……魔王の信奉者たちの襲撃に遭い、我々は守るべき神殿を奪われてしまったのです」


 勇者神殿に魔王が封印されているから、魔王の信奉者たちはそこを奪って、魔王を復活させようとしている、と。彼らが神殿を奪われなければ、魔王の復活も無いのに、ってことになってしまうのか。


「ここを襲った黒い騎士、マグヌスの裏切りもあって神殿騎士団は壊滅しましたの。ウェリタスとウィルトゥスは、その生き残りですわ」


 クレメンティアが付け足した。モデストゥスに敗残兵なんて罵られていたのは、そういうことだったんだな。


「そう……ですか。ごめんなさい、辛いことを思い出させて」


 長尾さんが沈痛な面持ちで謝った。


「いえ、どうかお気になさらず」

「もちろん私の旅についてきてくださるなら嬉しいですし、そういうことならなおさら、一緒に行って下さい。良いでしょう、クレメンティアさん?」


 長尾さんがそう言って隣のクレメンティアを見る。クレメンティアとしては多分微妙なんだろうが、彼女も勇者様には逆らえないのか渋々ながら首を縦に振った。


「ありがとうございます、勇者様」


 先生とウィルトゥスが長尾さんに深々と頭を下げた。特にウィルトゥスは目に見えて嬉しそうだった。そんな事があったならやっぱり自分の手で取り戻したいんだよな、勇者神殿。


「というわけでトム君、これから我々も勇者様のお供をしますよ」

「はい、分かりました」


 きっと勇者である長尾さんが願われたのは魔王を倒す事で、それを果たせば元の世界に帰るという願いも叶えて貰えるんだろうし、俺としても問題はない。


「トム君⁉」


 俺の呼ばれ方に、長尾さんが噴き出した。


「ほら俺、名前が智だから、多分こっち風の名前になっちゃったぽい」

「えっ……てっきりトム君だとばかり。ごめんなさい、わたし聞き間違えちゃったんです。ええと……トモ君?」

「すまない、トモ?」


 二人が慌てて言い直す。言いにくそうだなあ。


「いいですよ、トムで。呼びやすい呼び方で大丈夫です。愛称ってことで」


 そう言うと先生もウィルトゥスもほっとした顔をしていた。

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