第13話 騎士と再会したり、緑汁を飲ませたり

「それで、ウィルトゥス様は? お会いできますか? 起こさないように静かにしておりますから」


俺は改めて先生に懇願する。元気が出てきた今なら、会ってもいいはずだ。


「いいですよ。きっとその方がウィルトゥス君にとっても良いでしょうから」


先生は優しく微笑んで、ウィルトゥスの部屋に連れていってくれた。先生が静かに扉を開ける。

ベッドに横たわるウィルトゥスの顔色は悪く、やつれた感じがした。駆け寄って、名前を呼びたくなるのを堪えて、ゆっくり静かに枕元に近づく。どうしても気になって、傍にかがんでそっと首筋に触れる。指先に脈を感じた。近くで静かな寝息も聞こえた。生きている。良かった。俺はほっと胸を撫でおろす。


「う……」


枕元で声がした。起こさないように静かにしている、と言ったのに起こしてしまったようだ。


「トム……なのか……? 夢を……見ているのか……? それとも……私は……」


ウィルトゥスがゆっくりと体を起こし、やや混乱した様子で俺を見た。


「ウィルトゥス! 良かった、無事で! 俺、心配で……!」


俺は思わず叫び、ウィルトゥスの肩を抱く。良かった、本当に良かった。


「トム……? 本当に、生きて……良かった」


ウィルトゥスが俺の背に手を回す。だけど、その手は俺に触れなかった。途中で手を止め、俺から目を逸らす。


「だが私は……お前のことを犠牲にして……逃げたんだ……」

「私、生きてますし、犠牲になったつもりなんてないんです。寧ろ差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした。私の事など、お気になさいますな。さあ、もう少しお休みになって下さい」


自責の念に震えるウィルトゥスを落ち着かせようと、俺は彼に布団を掛け、もう一度眠るように促す。だけど彼はその手も払いのけた。


「皆を護らねばならぬ騎士でありながら、あの男を倒すことも出来ずに、お前を……。私は、騎士失格だ」


俺には助かる目算があったとはいえ、目の前で自分を助けようと刺されたわけだ。それは助けられた側にとって心の傷になることに遅ればせながら気付いた。ウィルトゥスのような、他人を護る使命感に溢れた人間ならなおさらだった。先生にも言われたけれど、こんな無茶はしてはいけないと思った。助けなくていいってことじゃないけど、もうちょっと考えなければ。


「ごめんなさい。黙っておりましたが私、自己回復能力があるんです。ですので刺されたくらいでは死にません。だからあの時も、大丈夫だって自信がありました。それに、主人を護るのは従者の努めでしょう? どうかもう、お気になさらないで下さい」


俺は笑顔を浮かべ、彼を安心させるように努める。でも、ウィルトゥスの顔は晴れなかった。


「自己回復能力? あの男と同じか。だがそれはそんなに都合のいい力じゃない。あんな状態から回復できたのは奇跡だ」


あの男と同じ? あの男って、あの黒い騎士のことだよな。じゃあやっぱり、あの毒のナイフも効かなかったことになるのか。

しかし先生も言っていたけど、『そんなに都合のいい力じゃない』か。だとしたら、やっぱり俺のは召喚者特典的な神様からのギフト、ということになるんだろうか。まあ、考えても分からないし、どの程度なら回復できるのか、なんて試したくもない。今回回復したからといって、次もそうだとは限らないし。結構怖い能力だよな。分からないから。


「すまない、私のせいだ、私の……。私が、弱いから……」


悲痛な声だった。気にするな、と言ったつもりが余計に落ち込ませてしまった。どうしたらいいんだ。俺は早く元気になって欲しいだけなんだが。元気に……あ、そうだ。


「弱いなら、強くなればいいんです。まずは元気を取り戻すことからですよ。先生、さっきのヤツ、ウィルトゥス様にも飲んで頂きましょうよ。きっと元気になりますよ!」

「そうですね! それはいい考えです。ちょっと待っていて下さい。持ってきますから」


先生は急いで部屋を出ていった。先生は百パーセントの善意だろうが、俺は半分くらいの悪意というかいたずら心はある。元気になって欲しいのは事実だけど、あんまり気弱なのも面倒だしさくっとあのマズさで吹っ飛ばしてしまえばいいと思う。あれは全部吹っ飛ばせる味だ。


「お待たせしました。さあ、ウィルトゥス君、どうぞ」


先生はまた満面の笑みだった。俺も笑顔で促す。二人から熱烈に進められて、真面目なウィルトゥスに断れるはずもなく。彼はいかにも怪しい緑褐色の液体を口に運びごくりと呑み込む。そうだ、四の五の言わずに飲むがいい。そして細かい事は忘れるんだ。


「うっ……⁉ 苦みと土臭さと青臭さと強烈な酸味が決して交じり合わない不協和音を……! 一言で言うとマズイ!」


ウィルトゥスはそう言いつつも何とか残りを飲み干し、思いっきり涙目になっていた。


「だが……少し元気になれたような気がするよ。ありがとう、トム」


そう言って、ウィルトゥスは口元をほころばせた。


「良かった。ウィルトゥス君もトム君も元気になってくれて。でも二人ともマズイマズイって、そんなにマズイですかね? わたし栄養だけじゃなく味にも拘って作ったんですよ。おいしいと思うんですけど」


先生の味覚は大丈夫ですか、と俺とウィルトゥスが揃ってツッコんだのは言うまでもなかった。

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