第12話 緑汁を飲まされたり、元気になったり

 ようやく教会にたどり着いた。もし二人がいなかったら……と足がすくむ。でもここで立ち止まっていても仕方ない。いなかったら、その時に考えよう。

 俺が意を決して扉を叩こうとしたら、扉が開いた。そして中から黒いローブの人影が出てきた。


「トム君……? 良かった! 生きていたんですね!」


 俺が何か言うより早く、先生が俺を抱きしめてきた。


「ウェリタス先生! 良かった、ご無事で」

「ごめんなさい、トム君。君をあんな目に遭わせて……そして置いてきてしまって」

「いえ、いいんです。私が勝手にしたことですから。それより、ウィルトゥス様は?」

「傷は聖女様に治して頂きましたから、大丈夫ですよ。今は眠っています。ああ、君、ケガをしていますね。聖女様の治癒は必要ないと思いますが、手当はしておかないと。さあ、こっちへいらっしゃい」


 先生が俺の手を引いた。俺は足を止める。


「あの、先生、私の事は良いですから――」

「ダメです。君、疲労困憊って顔です。ウィルトゥス君が目を覚ました時に君がそんな顔をしていたら心配してしまうでしょう?」


 先生は譲らなかった。まあ、それは確かにそうか。ここは大人しく従っておこう。

 俺は教会横の施療院の、診察室のような部屋に連れて行かれ、椅子に座らされた。


「そういえば先生、どこかにお出かけになるところだったのではありませんか?」


 棚から薬らしきものを取り出している先生に尋ねてみる。あの時出ていこうとしてたから俺に出会ったんだよな。何か用事があったんだとしたら、俺に構ってていいんだろうか?


「勇者様とクレメンティア様がいらっしゃったと聞いたので、報告に伺おうかと思っていたんです。でも君が戻ってきましたので、そっちの方を優先してしまいました」

「お二人なら私、会いましたよ。城で起きたことは、お話ししておきました。ああ、後で私も連れて報告に来るようにと仰せでした」

「そうですか。君が報告済みならいいですね。わたしだってそれ以上のことは言えませんし。後で来いというなら、後でいいですね。安心しました」


 先生はにっこり笑って、俺の横にかがみこんだ。クレメンティアは偉そうだったし怖かったけど、先生はそんなゆるい感じで大丈夫なのかな? まあ、俺としては先生がここにいてくれる方が嬉しいけど。


「傷……ここまで治ったんですね。君、自己回復能力の持ち主ですか。でも……それにしても強い力ですね」


 先生が俺の傷口に薬を塗り、包帯を巻きながら少し驚いた様子で呟いた。自己回復能力ってさらっと言われたってことは、これこの世界だと普通にある能力なのか。強い力だとは言っているけど。


「はあ……実は以前あの赤い髪の魔王の信奉者に刺されたんですけど、その時もなんか気が付いたら回復してて……でもよく分からなくて。今回もそんな感じでした」

「時々いるんです。聖女様のように他人を回復することはできないけれど、自分の傷は回復できる人が。君のお陰で助かりました。本当にありがとう。だけど……もうあんな無茶はしないで下さいね。どんな能力にも、限界はあるんですから」

「はい」

「よろしい」


 先生はまた微笑んだ。なんだか安心した。


「回復能力、傷は治るのですけれど、著しく消耗するのですよね。そんなときに、とっても良いものがあるんです。ちょっと待っていて下さいね。すぐ持ってきますから」


 先生は弾んだ足取りで部屋を出ていった。何だろう? 暫くして、彼は陶器のコップを手に戻ってきた。


「はい! 疲れた時にはこれです。一杯飲めば元気いっぱいです!」


 先生は満面の笑みでコップを俺に押し付けた。何とも言えない変な臭いがする。コップの中を覗き込むと、ドロッとした緑褐色の液体が入っていた。なんだこれ。絶対ヤバイ奴だ。

 でも先生は百パーセントの善意でこれを持ってきてくれたわけで。飲まないわけにはいかないだろう。

 それに……絶対マズそうだと頭は拒否しているのだけど、体が飲めと全力で訴えている気がする。なんだろう、この感覚。とにかく飲まなければ。俺は意を決して、コップに口をつける。


「うぁあ……何だこれ……。ケールとタイガーナッツとノニとモリンガを混ぜたような味……! 一言で言うとマズイ……!」


 吐き出しそうになるのを堪えて呑み込み、俺は我慢できずに思いつくまま味の感想を吐き出す。


「くっ……なんですかトム君。君はどこぞの食通ですか? 材料がバレるなんて……! ふ……ふふ……でもまだ全部じゃないですから! 君が言ってないのも入ってますから!」


 それに対して先生は何か悔しがっていた。何なんだその変な対抗心は。

 しかし当たってたのか。スーパーフードでダイエット、とか言ってごっそりネット通販で買ったもののマズさで続かなかった姉貴に押し付けられた奴らに似てると思っただけなんだけど。

 元の世界だと原産地は様々だけど、全部ここで採れるんだろうか? まあ、元の世界のそれと全く同じものとは限らないから気にすることでもないか。


「マズい……ここへ来て以来のワーストだ……なのに……なのに……何故だ? もっと飲みたくなるのは……!」


 さっきまでごめんなさい無理ですと謝って飲むのを止めようと思っていたんだけど、今はもう一口飲もうとコップを口元に持って行っている。おかしい。尋常じゃないマズさなのに。変な成分でも入っているんだろうか。


「求めているから、ですよ。体は正直なんです」


 先生が意味ありげな笑みを浮かべた。なんでそんな誤解を招くようないい方するんだこの人は。


「でもまあ……スーパーフードとかいうくらいだから栄養はあるんだろうし……。疲れてたから体が必要としているのはそうなのかも。しかしこの恐ろしいまでのマズさに耐えてでも摂取しろというところまで追い込まれていたのか……」


 マズさを堪えつつごくごくと緑汁を飲み干す。マズいんだけど、飲めた。もう一杯はいらないけど。


「少し顔色が良くなってきましたね」


 そんなすぐ変わるもんでもないだろ、と思っていたのだけど、確かに少し楽になってきたような気がする。ふらつきは大分おさまった。


「回復魔法を使った際の聖女様の回復用にって、滋養があると評判の食材を組み合わせて作ったんです。回復魔法による消耗で、命を落としてしまう聖女様も多いですからね。彼女たちにも好評なんですよ、元気が出るって。君にも効いてよかった。わたしの研究、少しは役に立ったみたいですね」


 好評……では無いと思うけど、聖女様たちも今の俺と同じく追い詰められた状況なんだろうな。回復させていたとき、大分疲れた感じだったもんなあ。でもちょっと疲れるくらいかと思ってた。他人のケガの回復のために自分が犠牲になってしまうこともあるのか。ケガ人と聖女様、どっちが重要かってのは難しいけれど……そういうのを防ごうって研究するのは立派なことだよな。マズいけど。


 とにかく俺もお陰で元気が出てきた。

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