第10話 勇者と再会したり、問い詰められたり
「稲村君? 稲村君? ねえ、しっかりして! 起きてよ! クレメンティアさん、回復魔法を!」
何やら俺を呼ぶ声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。少し低めの、落ち着いた感じの女性の声。けれど、今は随分取り乱している。起きなくちゃ。
「稲村君! 良かった!」
目を開けると、そこにはクラス委員のクールビューティ、長尾さんのほっとした顔があった。
でも、服装はいつもの制服姿じゃない。銀糸で豪華な刺繍が施された、白いチュニックに白いマントを宝石のついた留め具で留めている。凛とした女騎士、そんな感じがした。
ファンタジーな格好も似合うなあ、なんてそんな事を考えている場合じゃない
「長尾さん……? どうしてここに……痛っ……!」
体を起こそうとしたら、腹部に痛みが走った。痛みのする方を見てみると、くっついてはいるけれど、傷口が痛々しい感じだ。でも、あの時ざっくりと刺し貫かれたことを思えば、嘘のように軽い傷だった。大分回復したんだろうな。
「大丈夫⁉ クレメンティアさん! 早く回復を!」
長尾さんが近くにいた、白いローブを着た水色の髪の、気位の高そうな美少女に声を掛ける。クレメンティアと呼ばれた美少女は戸惑った顔だった。何で私が回復しなきゃいけないのって顔だ。
この間の聖女様の様子を見るに、回復魔法ってきっと凄く消耗するんだよな。得体の知れない奴に使いたくない、多分そういうことだろう。まあ、それは仕方ない。
「いえ、あの、大丈夫です。聖女様のお手を煩わすまでもありません。もう治っているようなものですし、ご心配なく」
「でも……ケガしてるみたいだし……」
長尾さんはまだ心配そうな顔だ。
「ほら、俺はもう大丈夫だから、心配しないで。これくらいのケガ、どうってことないから」
俺はそう言って笑顔を作り、立ち上がる。痛みはあるし、なんだかフラフラする。だけどこれ以上心配をかけてもいけないから、平気なフリしておかなくちゃ。
「やっぱり稲村君も召喚されていたの? どうしてこんなところで倒れていたの?」
長尾さんはまだ納得していないようだったけれど、これ以上言っても無駄と思ったらしい。話を切り替えた。
「うん、気が付いたら俺はこの街に飛ばされていた。よく分からないまま魔物に襲われて困ってた俺を助けてくれた人たちがいて、その人たちがこの城で行われている不正を調査するっていうから一緒に来たんだ。そうしたら黒い騎士に襲われて……」
実際にあったことはそんな感じなんだけど、あらためて他人に説明してみると何言ってんだコイツはって感じだな。
だけど、二人は無事だろうか? 早く探しに行きたい。
それに、あの黒い騎士はどうなっただろうか? 俺は辺りを見回す。長尾さんたちと一緒に来たのであろう立派な鎧を来た騎士達が、衛兵の遺体を運んでいくところだった。黒い騎士の遺体は無い。もう片付けられた後か、逃げられたか……。
「ここに、黒い騎士はいなかった? 黒髪で、鋭い深緑色の目をした、三十過ぎくらいの体格の良い男なんだけど……」
「ううん、この部屋には、血まみれで倒れている稲村君と、衛兵らしい人二人の……死体だけだったよ……。このお城、斬られた死体ばっかりで……」
長尾さんが辛そうに目を伏せる。
「ごめん、大丈夫?」
「うん……」
先生とウィルトゥスを見たかも尋ねたかったけれど、聞ける雰囲気じゃないし聞いたところで分からないだろうな、と思ったので止めた。
しかし、あの黒い騎士はいなかったのか。やっぱり毒は効かなかったんだな。俺にも効かなかったわけだし、そういうこともあるのかもしれない。生きていたんだとしたら、あの後二人に追いついたりしていなけりゃいいけど……。
「勇者様、その男とお知り合いのようですけれど、何者ですの?」
クレメンティアが怪訝な顔で尋ねてきた。勇者様か。やっぱり長尾さんが勇者なのか。
「元の世界での、私の友人だよ」
長尾さんが答えると、クレメンティアはぎゅっと眉根を寄せた。
「元の世界の……? あなた、一体誰に召喚されましたの? わたくし以外に、召喚の儀式は行えないはずですわ!」
召喚の儀式? そういえばクレメンティアってどっかで聞いたような名前だと思っていたけど、街の司祭が言っていたんだ。『クレメンティア様が勇者様の召喚に成功した』って。
ということは彼女が俺たちの、少なくとも長尾さんの召喚者なのか。でも、誰に呼び出されたって言われてもなあ。
「誰に召喚されたかと言われましても、分からないんです」
俺はひとまずクレメンティアに答える。
「ところで、長尾さんは彼女に呼び出されたの?」
多分そうなんだけど、そこは一応確認しておこう。
「うん。気が付いたら教会の祭壇みたいなところにいて、彼女、クレメンティアさんが私を勇者として呼び出した、って言ってた」
長尾さんが頷く。俺にはそんな親切なイベントは無かった。ということは……。
「多分あの……巻き込まれたんじゃないかと。ここへ来る前、彼女のすぐ近くにいましたから」
俺はクレメンティアに答える。うん、きっとそうだ。巻き込まれ召喚とかいうやつだ。
クレメンティアは納得したような、しないような、そんな微妙な顔をしていた。
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