第8話 貴族街に行ったり、帳簿を調べたり
翌日、俺たちは城の方へ向かう。街の中にあるもう一つの門の前で止められたが、教団による調査だということを告げると渋々通してくれた。
「へえー、壁の向こうとこっちじゃ凄い違いですね」
魔物に襲われ、破壊された外の街とは異なり、こちらは整然と綺麗なままだった。ここにいると魔物の襲撃があったことすら信じられなそうだ。
木組みの家々ではなく、石造りの瀟洒な屋敷が並んでいる。どの屋敷の前にも立派な門があり、門番が立っている。塵一つない整備された石畳の通りを行き交う馬車の中には身なりの良い人々が行儀よく座っている。道をせわしなく歩く使用人らしき服装の人でさえ、壁の向こうよりずっと待遇が良さそうだ。
「貴族の街だからな」
ウィルトゥスがため息交じりに、どこか冷めた調子で言った。
先生やウィルトゥスだって勇者の子孫と言っていたわけだから、こっち側の人なんだよな。俗世間での身分は捨てて、清貧を貫いているのかもしれないけれど、貧乏なわけじゃない。聖職者は聖職者で特権階級だろうしなあ。とはいえあんまりこちら側にいい印象を持ってはいないらしかった。でも、その辺は詳しく聞くわけにもいかない。
緩やかな上り坂を上がっていくと、領主の城にたどり着いた。
「神殿騎士殿。こんな時に調査を行うつもりですかな?」
調査に来た俺たちを、モデストゥスが腹立たし気に迎えた。
「ええ、もちろん」
「魔王の信奉者を撃退し、魔物の包囲も解けつつあるとは聞いている。だがまだ予断を許さぬ状況だ。こんな時にわざわざ結束を乱すような真似をせずともよいではないか」
「こんな時だからこそです。民は不満を抱いています。不正をたださねば、彼らを魔王の信奉者の元へと走らせることになりましょう」
ウェリタス先生が毅然とした態度で応じた。
「我らが不正を働いているだと? 民が勝手に不満を抱き、我々のせいにしているだけであろう?」
「それをこれから調べるのです。記録を確認させて頂きたく」
「教団の方々のご命令だ。無論構わんよ。ただ、無駄足だと思うがな」
モデストゥスは余裕たっぷりに言い、俺たちを帳簿があるという執務室へ連れて行く。
「では、気のすむまで確認するといい」
「はい、そうさせて頂きます」
先生は皮肉たっぷりのモデストゥスの態度を気にするでもなく、ニコリと応じた。モデストゥスはそれが気に入らなかったのか、顔をひきつらせ、
「チッ、身内の不始末も防げず勇者神殿を奪われた敗残者共が」
心底からの侮蔑を込めてそんな捨て台詞を吐くと踵を返した。
「貴様……!」
ウィルトゥスが剣の柄に手を掛ける。聞き捨てならない言葉であったらしい。
「ウィルトゥス君、落ち着いて」
先生がウィルトゥスを宥める。
「申し訳ありません、つい血が上ってしまって……」
ウィルトゥスは慌てて決まり悪そうに謝り、震える手を剣の柄から離した。
全然事情が分からないけれど、この怒りっぷりは何かあったってことだよな。でも、これは聞けないよなあ。
俺はこの二人のこと、何にも知らないよな。神殿騎士っていうのも正直何だか分からないし。そういやモデストゥスは勇者神殿を奪われたとか言ったっけ。何か関係あるのかな。
「さあ、早いところ調査を進めましょう」
先生がパンパンと手を叩く音に、俺は考えを中断させられた。
「はい。まずはウィルトゥス君はこれ、トム君はこっちです。確認お願いしますね」
先生は書類棚から帳簿を取り出すと、それを俺たちに分配した。俺はよく分からないままそれを受け取る。
まあ言われたからにはやるけれど、帳簿の確認か。なんか思っていたのと違う。
「ふふ……トム君、そんな地味なこと、って顔ですね。市民からの依頼を受けて、城に乗り込み悪徳領主を退治する、そんなのを想像していましたか?」
先生がいたずらっぽく笑う。
「正直に言えば、期待していましたね」
「ですよねえ。そういう演目、人気がありますものねえ」
「こちらでも人気があるんですか?」
「もちろんです。はは、どこも同じですね。まあ本当はそういう権力批判は禁止ですけどね。でも締め付け過ぎると更に不満が溜まりますから。演劇の中くらいは許そう、ってことです」
どこの世界でも、そういう話は人気があるらしい。そしてどうやらこっちの庶民向け娯楽は演劇なんだな。書籍でないのは、印刷技術が無いのか識字率が低いのか。
「でも依頼する側も、そういうのを期待しているんですよねえ。だからどうしても『調査』なんてまどろっこしく思ってしまうんです。同じ特権階級同士、罰する気がないんじゃないかって」
街の人も悪徳大臣をやっつけてくれ、って感じだったなあ。彼らからしたら、大臣が税をちょろまかしてる悪い奴、っていうのは確定事項なんだろうな。
たとえそうだとしても、証拠が無いと駄目だよな。個人的な恨みとか、政敵の失脚のため市民を通じて、とかなんとか、やろうと思えばできてしまうのはマズい。
「ですが彼らにも言い分はあるでしょうし、疑うわけではありませんが市民からの訴えだけで処罰するのは問題でしょう。調査はしないと」
俺が言うと、先生は少しだけ驚いたような顔をして、それからほっとしたような笑顔を浮かべた。
「ええ。その通りです。ですから迅速に、確実に調査をしないとね。だから君も手伝って下さいね」
「はい」
俺は帳簿を開く。
「あれ……この数字……?」
他の文字は文字自体は分からないんだけど、何故か意味は頭に入ってくる、そんな不思議な感じなんだ。だけどこの数字は普通に読める。アラビア数字だ。それに驚いて、俺は思わず声に出してしまった。
「数字ですか? これは古の勇者様が数の記載を簡単にするために導入したものですよ」
先生がそう解説してくれた。勇者、何者だ? 俺と同じ世界から来たってことだろうか。
まあそんな事は考えても仕方ない。今はそれより帳簿を確認しなくては。
「あ……ここ計算が合わない。ここも。随分いい加減な帳簿だな」
「どれです? おや、本当だ。君は計算も出来るんですね。素晴らしい」
先生が帳簿を覗き込み、嬉しそうに笑う。そんなに褒められるようなことじゃないんだけど。
あれ? でも帳簿を渡しておいてそれを言うってことは、俺は試されたのか? まあ……従者の能力はチェックしておきたいのかな。
「いえ、そんな大したことでは」
でもこの世界では大したことだったりするんだろうか? あんまり計算が出来る人がいなくて、ごまかしが通りやすいとか?
とはいえ先生もウィルトゥスも計算できるみたいだから、少なくとも貴族なり特権階級は出来るんじゃないのかな?
だったら複数人でチェックするとか、誤魔化されない仕組みを作るべきなんじゃないかと思うんだけどな。まあ、言っても仕方ないか。
「でも……それだけでは証拠にはなりません。単に間違えただけ、と言い逃れをされてしまいますよ」
ウィルトゥスがため息交じりに言った。確かにその通りだ。
「本当の収入をキチンと把握して、継続的に、バレないように横領するために、正しい帳簿も持っておくんじゃないですかね?」
「そうですね。その可能性が高いです。問題はそれがどこにあるか、ということですね」
「隠し部屋とか、あったりしませんかね?」
「ああ、それですね!」
俺は冗談で言ったのだけど、先生は本当にそれだと思ったらしい。何やら壁際の本棚を調べ始めた。
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