第6話 訓練したり、魔物を倒したり

 翌日の朝はちゃんと、主人より早く起きることが出来た。

 身支度を整えたところで、ウィルトゥスが目を覚ました。ギリギリだ。でも俺は余裕の表情で主人を迎える。


「おはようございます、ウィルトゥス様」

「おはよう、トム。早起きとは感心だな。では早速剣の修練をしよう」


 何だって? 剣の修練? でも、何かしら身を守る術は覚えておいた方が良いよな。今日は魔物の討伐に行くとかいう話だし。


「はい、お願いします! ただ私、剣など持ったことはないので……」

「構わん。これから覚えればいい」


 俺たちは教会の中庭に出た。ウィルトゥスが訓練用の剣を俺に手渡す。とりあえず持ち方、そして素振りが始まった。少しだけウィルトゥスに打ちかかったりもした。剣て、重いな。

 生き残るための訓練なのだけど、寧ろそのせいで朝から死にかけた。部活の朝練なんて優しいもんだと初めて思った。

 何というか随分張り切ってるよな、ウィルトゥス。これはあれだ、後輩が出来てテンション上がっちゃった先輩だきっと。とはいえ教え方は上手いし、適切に褒めたりアドバイスしてくれたりするのでこっちとしてもやる気は出たわけだけど。


「おはよう、ウィルトゥス君、トム君。二人とも朝から精が出ますね。素晴らしい。でも、今日は街周辺の魔物の討伐もありますから、ほどほどにね」


 そうなのだ。街にいた魔王の信奉者を倒したからか、魔物の包囲も弱くなったようで、街の守備隊はここで一気に掃討しようと考えているらしい。

 それには神殿騎士の二人も参加を要請されている。昨日は門の見張りだったから俺もついていくだけはついていって、そしてあんなことになったわけだけど、今日の討伐はどうするんだろう? 剣だって今教わったばっかりだし、足手纏いになる未来しか無いけど。


「心配するな、トム。お前は私が守る。だが、実戦経験も積んでもらわねばならん」


 ウィルトゥスが俺の不安を見透かしたように言った。まあ、今後絶対必要になることだよな。俺としても、そうさせてもらえるならその方がいい。


「はい、分かりました。頑張ります!」


 俺は緊張を振り払うように大きく頷いた。



 朝食後、俺たちは街の門のところへやってきた。街の守備隊が整列していた。


「おお、神殿騎士殿。ご協力、感謝します」


 こちらに気づいたシンケルス隊長が声を掛けてきた。


「いえいえ、当然のことですからお気遣いなく」

「あなた方には西側方面をご担当頂きたい」


 西ってどっちだ、と思ったら彼が門の外、右の方を指差した。門は南側にあるんだな。


「では皆の者、行くぞ!」


 隊長の号令で俺たちは出撃した。



 街の外には草原が広がっていた。ちらほらと、魔物の影が見える。シンケルス隊長の隊が散開して、それぞれ魔物を倒しに向かっていく。俺たちも、持ち場である街の西側に急いだ。

 ふと草原の向こうを見ると、何か大きな黒い塊がこちらに向かって突進してきていた。


「向こうから何か、デカいイノシシっぽいのが突進してきます!」

「グレートボアだな。あれは私がやる。お前はここで見ていろ。先生はトムをお願いします」

「はい。トム君、こっちへ」


 俺たちはウィルトゥスから離れて後ろへ下がる。

 突進してくるグレートボアをウィルトゥスがひらりと躱す。そして攻撃対象を失い、急停止して旋回するグレートボアへ炎の剣を振り下ろす。あっという間に、グレートボアが真っ二つになった。随分あっさり倒したもんだ。


「お……向こうにヘルハウンドがいるな。トム、来い! あいつはお前がやれ」


 ウィルトゥスの視線の先を追うと、こちらの様子を窺っている様子の黒い犬っぽい魔物がいた。ちょっと遠いから正確なサイズは分からないけど、隣の家のラブラドールレトリバーよりは大きそうだ。勝てるか俺? 武器があればいけるのか?


「トム君、待って。アース・プロテクト!」


 先生が俺に杖を向け、呪文を唱える。柔らかい光が俺を包んだ。呪文名からして、防御魔法かな。


「これでヘルハウンドの攻撃ならそれなりに耐えられます」


 それなりっていかほどですか? とは聞けない。多分大丈夫。折角先生が掛けてくれたんだ。きっと大丈夫。

 ここで尻込みしても仕方ない。異世界で生き残れるようにならなければ。……生き残るだけなら徹底して逃げろ、というのもあるけど、それだと限界が来そうな気がする。こういうチャンスを貰えているうちに、頑張って戦えるようにならないと。


「行きます!」


 俺は剣を抜き、ヘルハウンドの方へ向かう。様子見だったヘルハウンドが、真っ赤な目をギラギラと光らせた。ああ、これは獲物が来たって思われたんだな。

 獲物を狩るべく飛び掛かってきたヘルハウンドを、俺は辛うじて躱す。獲物であってたまるか! 俺は振り向きながら思い切り剣を振り下ろす。

 ギャッと悲鳴が上がった。ヘルハウンドの脇腹から血が流れている。でも浅い。傷つけられて怒ったのだろう、牙を剥き、再び飛び掛かってくる。


「……!」


 咄嗟に後ろに跳んだけれど、間に合わなかったらしい。腕に何かがぶつかった感触があった。ケガはなさそうだ。先生の魔法の効果かな。きっとそうだ。とはいえ、防御魔法だってどのくらい持つか分からない。攻撃を受けないにこしたことはない。

 俺の腕を噛み千切れずに戸惑っていたヘルハウンドの横に回り込み、もう一度力を込めて剣を振り下ろす。恐ろしい断末魔の悲鳴が聞こえた。ヘルハウンドがどうと血だまりに沈む。やった!


「やったな! トム!」


 ウィルトゥスが駆け寄って来て、笑顔で俺の背中をバシバシと叩いた。ちょっと痛い。

 それで我に返って辺りをふと見まわすと、いくつかヘルハウンドやその他の魔物の死骸が転がっていた。全然気づかなかったけど、他にもこっちに来てた奴がいたんだな。そしてそいつらを、多分二人が片付けてくれたんだ。俺一人だったら、横から来た奴らにやられてたってことになるのか。


「あの……ありがとうございました。他の魔物、倒して下さったんですね。そうじゃなかったら――」

「そんな事は良いんだ。お前はヘルハウンドを倒した。見事だったぞ」


 ウィルトゥスがまた俺の背中を叩く。そう言ってもらえると嬉しい。


「お疲れ様でした、トム君。頑張りましたね」


 先生も笑顔で労ってくれた。


「この辺りの魔物は倒せたようだな。シンケルス殿たちがまだ戦っているから、そちらを手伝おう」


 街の南側方面にはまだ魔物が残っているようだった。俺たちはそちらに向かい、加勢する。

 見ていて気づいたのだが、ウィルトゥスって強いんだな。こっちではワイルドボアには四人がかりだった。魔法の威力も随分違う。

 そんなこんなで、街の周りにいた魔物を一掃することが出来た。俺ももう一匹、ヘルハウンドを仕留めた。


「よし、これでしばらくは心配ないだろう。街へ戻るぞ」


 シンケルス隊長が号令をかけた。俺たちは街へと引き上げる。

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