第5話 殺めたり、抱きしめられたり
「起きろ、トム」
「うーん……はっ、ウィルトゥス……様! 申し訳ありません!」
「良いから早く起きろ」
翌朝、主君よりも寝坊するという失態を早速演じてしまった。こうしてはいられない。俺は飛び起きて穴の開いたシャツを着る。
「おはよう、ウィルトゥス君、トム君。では、行きましょうか」
外はようやく日が昇り始めたところだった。まだ暗い。俺は目をこすりながら、大通りを門の方へと歩いていく。少し肌寒い。半袖だと寒いけど、半袖しか持っていないから耐えるしかない。
ふと後ろに何か嫌な気配を感じて振り返る。フード姿の人影が路地に入っていくのがちらりと見えた。
「あいつは……!」
昨日見た、魔法陣を描いていた男だ。また何かするつもりだろうか?
俺はしばらく意識を失っていたけれど、あの後魔物が現れたんだ。もしあれが、魔物を召喚する儀式だったら?
街の外からの襲撃を警戒していても、中から破られればまた同じことになってしまう。それはマズい。あいつを捕まえないと!
「おい、トム、どこへ行く⁉」
「すみませんウィルトゥス様。あいつ、魔王の信奉者かもしれません。追わないと。お二人は、門の方へ!」
俺はそう答えながら、フードの男を追って走る。確証は持てないし、門の見張りの事だってある。二人を頼るわけにはいかない。
少し走って、また前のようなちょっとした広場が見えてきた。男が振り返り、こちらを見る。
「お前は昨日の……? 死んだはずではなかったのか? まあいい、もう一度死ね!」
男がナイフを手に迫ってくる。今度は刺されるものか。俺は男の手を掴み、ナイフを奪おうと必死にもがく。そうやって、しばらく俺と男はもみ合っていた。
「うっ……」
どうしたのかは分からないが、男が急に呻き出した。ふと見れば、男の腹にナイフが突き立てられていた。もみ合っているうちに刺してしまったらしい。
「え……?」
男がどう、と倒れる。暫くして、動かなくなった。
なぜ? 俺が、殺した……?
「トム! 大丈夫か?」
呼ばれて振り返ると、ウィルトゥスがいた。
「これは……俺は……殺す気なんて……なくて……ただ捕らえようと……でも……気が付いたら……こう……でもこれは……そう……正当防衛なんだ……」
「ああ、分かっている。お前が無事でよかった。大丈夫。大丈夫だ。お前はよくやった」
ウィルトゥスが俺の肩を抱いた。暫くそうしてもらううちに、少し落ち着いてきた。それを見て、ウィルトゥスは俺から離れると、倒れた男に近寄っていった。
「このナイフ……この魔石……毒の魔力が付与されているようだ」
ウィルトゥスが男に刺さったナイフを見ながら呟いた。ナイフの柄に、紫色の石が嵌っている。これが毒の魔石? でも毒だって? 俺は昨日それに刺されたんだが。
「この杖……詳細は先生に聞いてみなければ分からんが、高い魔力を持っているのは間違いない。こんなものを持っているとは、やはりお前の言った通り、魔王の信奉者か」
男の懐から杖を取り出し、それをかざしながらウィルトゥスが眉根を寄せた。
「誰も見つけられなかった、街に侵入していた魔王の信奉者を見つけたんだ。トム、お手柄だ」
そう言われても気が晴れるわけじゃない。
でも、もしこいつが俺の考えている通り魔物を召喚したならば、ウィルトゥスや先生、街の人たちがまた危険に晒されただろうってことも事実だ。魔王の信奉者、なんていうのが敵なのだとしたら、生き残るためには彼らを倒さなければいけないわけで。遅かれ早かれ、こうなっていたことだ。
ウィルトゥスは騎士なんてやっているわけだし、今の態度から見てもきっと俺より人を斬っている。だけど彼は俺よりずっといい奴で、立派な騎士だ。
だからきっと……そうやって人の側にいることは出来るはずなんだ。
「ありがとう……ございます、ウィルトゥス様。その……取り乱して申し訳ありません。それに、ご心配をかけて」
「そんなことはいいんだ。この男の事はシンケルス殿にも報告せねばな。内側からの脅威が一つ取り除けたことは大きい。彼も喜ぶだろう」
俺たちはあの隊長らしい中年騎士のところへ向かう。就寝中だった彼には申し訳ないが起きて貰って、この出来事を報告した。
門の見張りは別の兵士と交代して、彼と先生と共に魔王の信奉者らしき男の元へ向かう。
「ええ、これは確かに魔物の召喚用の杖ですね。魔王の信奉者と見て間違いないでしょう。それにこの男……魔王の信奉者の首領に少し似ていますね」
先生が頷いた。
「昨日の襲撃も……門は内側から破られていた。目撃者が全滅したために詳細が分からなかったが、この男が内側で魔物を召喚して門を破らせたということか」
シンケルス隊長が男の遺体を見下ろし、腕組みをしながら呟く。そして俺の方に向き直り、
「トム君といったかな? ありがとう。君のお陰で一つ脅威が取り除けた。本当にありがとう」
と、笑顔で俺の肩を叩く。
感謝されて悪い気はしない。だが、もちろんいい気もしなかった。やっぱり何というか仕方のない事……そんな感じだ。
「トム君、とにかく君が無事で良かった!」
隊長達が魔王の信奉者の遺体の確認を終え、それを運び出していった後、先生が俺を抱きしめてくれた。
「はい……すみません。先生にもご心配をかけて」
「良いんですよそんなこと。君が無事だっただけで。でも今度からは、ちゃんとわたしたちにも言うんですよ」
「はい、わかりました。申し訳ありません」
「よろしい」
先生はそう言って微笑むと、俺を解放した。何だか少しほっとした。
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