第4話 古の勇者が種馬だったり、今の勇者が知り合いだったり

 先生とウィルトゥスは、先ほど負傷者を運んだ建物の隣にある、灰色の石でできた荘厳な建物に入っていった。雰囲気的には教会だろうか。

 二人を追って中に入ると、剣を携えた男を描いたステンドグラスがきらきらと陽の光に輝いていた。先生と似たような、でも少しだけ豪華な黒いローブを着た初老の男が出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、ウェリタス様、ウィルトゥス様。街を護って頂きありがとうございました」

「いえ、信徒として当然の事をしたまでです。負傷者の看護、ありがとうございます」

「それも我らの責務ですから。そうそう、良いお知らせがあるのですよ!」


 司祭らしき初老の男は顔を輝かせた。良い報せってなんだろう?


「先ほど聖都からの報せがこちらにも届いたのですが、クレメンティア様が勇者様の召喚に成功されたそうですよ! 早速明日、こちらへ向けて出発されるとか。勇者様の到達まで持ちこたえれば、この街も救われますよ!」

「そうですか、勇者様が」


 先生は司祭程楽観的ではないようで、何か考えこんでいる様子だった。


「モデストゥス殿はこの報を既にご存じだったのですね。だから城内の守りを固めると言っていたのでしょう」


 ウィルトゥスが忌々し気に呟いた。


「聖都からの報せは内側の教会に伝えられますからね。こちらより先に届いているでしょうね」


 先生が頷く。どうやら情報にしろ安全にしろ、もう一つの壁の内側に住む人々に有利にできているらしかった。


「あの、司祭様、勇者様がどのような方だか、ご存じですか?」


 召喚された勇者というのがどうしても気になって、俺は割り込んでいいのかと戸惑いながらも思い切って尋ねてみた。


「長い黒髪の、凛とした、お美しい十五歳の少女だと聞いていますよ」


 その特徴なら、ばっちり長尾さんに当てはまる。あの時俺と一緒にいて、彼女もあの声を聞いている。こちらに召喚されていてもおかしくない。

 しかしそうだとしたら、彼女はちゃんと誰かに呼ばれた、ってことになるんだな。じゃあ彼女は『召喚者の願い』を知っていることになる。あの声の通りであれば、それを叶えればこっちの願い、現実への帰還も叶うわけだ。まずは彼女に会うことを考えよう。ここに向かっていると言っていたから、それまで生き残らなくでは。


「十五歳の少女、ですか……」


 少し困惑した様子で先生が呟いた。司祭もウィルトゥスも、微妙な表情だった。勇者が十五歳の少女だと何かマズいんだろうか。まあ、一般的に言って二十五歳の青年より弱そうではあるけれど。


「何か問題でもあるのですか?」


 俺は思い切って尋ねてみる。皆の表情が硬くなった。聞いちゃいけないやつだったみたいだな。


「そうですねえ。勇者様には魔王の復活を阻止し、世界を平和に導いてほしい訳です」


 先生はそこで一度言葉を切った。魔王の復活を阻止しろ、か。まだ魔王は復活したわけじゃないんだな。魔王の信奉者とかなんとか言ってた奴は、魔王を復活させようとしているってことかな。だけど、その目的なら別に女性だっていいじゃないか。力さえあれば、問題ないはずだ。


「ですが、それ以外にももう一つあるんです。我々は新しい勇者様の血が欲しいのですよ。今の王侯貴族は皆古い勇者の血を受け継いでいます。でもそれは弱まりつつありますからね。ですから、効率の問題なのです」 


 え……それって……。なんか酷い事言ってないか? 意味を理解して、俺は微妙な気持ちになる。それなら確かに男の方がいいが、その役割は嫌だなあ。でも、さらに気になる一言が。


「『王侯貴族は皆』ですって……?」

「はい。元を辿っていけば皆勇者様にたどり着きます。勇者様から強い魔法の力を受け継いだ者たちが今の支配階級となっています。その力で民を護るのです。ああ、君の察しの通りわたしもウィルトゥス君もそうですよ」

「とはいえ、勇者様には子供が多く、時代が下がるに連れ増えていくから、もはや繋がりは無いといっていいくらいだが」


 魔法の使える支配階級は皆勇者の子孫なのか。凄いな勇者。サラブレッドもびっくりだよ。


「しかし十五歳ですか。ウィルトゥス君とあんまり変わりませんね。ところでトム君、いくつです?」


 その話題を打ち切るように先生が俺を振り返る。


「十六です」


 長尾さんは誕生日がまだ、ってことになるんだな。俺はもう誕生日を過ぎたから、十六だ。


「十六。じゃあウィルトゥス君とおんなじですね」


 先生は嬉しそうにニコリと笑った。ウィルトゥス、年上かと思ったけど同い年なのか。そうは言っても彼はもう騎士としてこんな風に活動しているわけだから、そういう意味では気楽な高校一年生の俺より大分大人なんだろうな。


「ところでウェリタス様、その方は?」

「ああごめんなさい。紹介していませんでしたね。トム君、新しい従者です。彼もわたしたちと一緒に、しばらくここへ置いてほしいんです」

「分かりました。おや……ケガをされているのですか?」


 司祭が俺の血まみれのシャツを見ていった。


「ああこれは……ケガ自体はもう治っているんですが、血がついたままになってしまって」


 俺は慌てて否定する。


「ああ、服をきれいにしておかないとね。ピュリファイ」


 先生が呪文を唱えると、すっと血のシミが消えた。


「凄い! ありがとうございます!」

「いえいえ。大したことじゃありませんよ」


 魔法でスパッときれいになるなんて、凄いことだ。俺も魔法が使えたらいいのにな。


「良かったです。聖女様たちも、負傷者の手当で大分疲労していましたから」

 司祭がほっとしたように言った。そういえばさっき、白いローブの女性は随分疲れた顔をしてたっけ。回復魔法には凄く力を使うのかな?


「では夕食は、彼の分も用意させますね」


 用意された夕食は、やたら固いパンに、豆と野菜のスープだった。

 みんながそうしているように、俺もパンをスープに浸す。何とか食べられる固さになった。全然美味しくは無いが、体に染み渡る感じがする。

 考えてみたら魔物に襲われている状況だし、物資だって限られているんだろうな。そう考えると、食べられることに感謝だ。


「明日は早いですから、今日は早めに休みましょう」


 食事を終えて、先生がそう促した。

 教会に併設された旅人用の宿泊施設は今は負傷者で埋まっているから、俺は結局ウィルトゥスと同室ということになった。ベッドは一つしかないから、俺は床だ。布団もないから、ウィルトゥスに貸してもらったマントにくるまって眠ることになった。

 そんな状況では眠れないかと思ったけれど、疲れのせいかすぐにぐっすり眠ってしまった。

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