第3話 嘘をついたり、間違えられたり

「ウェリタス先生! 何故あんな嘘を! 常に正直であることは信徒の努めです。それなのにどういうおつもりですか⁉」


 俺に何か言うのは無駄だと思ったのか、ウィルトゥスはこうなる元凶となったウェリタス先生を問い詰める。


「ウィルトゥス君、嘘ではありませんよ。だって彼もついてくるって言うんですから、本当のことですよ」


 先生は柔和な笑顔でさらりと言った。それは当然の如く、火に油を注ぐ結果となった。


「何を仰っているのですか! こ奴は先生の善意に付け込んで我々を利用しようとしているのですよ! そんな不届きな輩を仲間に入れるなんて!」

「そう人を疑うものではありませんよ。彼は困っているみたいですし、それを助けるのも信徒の努めです。これも何かの縁ですよ」

「そうやって尤もらしいことを言って!」

「でも君だって、一人では大変でしょう? せめて一人くらい従者が居た方が良いですよ。そうしたらこういうわたしの我儘に振り回されるのも、半分で済むかもしれませんよ?」


 ふふ、と冗談めかしてウェリタス先生が笑う。


「それは……そうですが……」


 ウィルトゥスが目に見えて揺らいでいた。良いのかそこに揺らいでしまって。


「そもそも我々は深刻な人手不足です。彼、賢そうですし、根性もありそうですし、悪くないと思いますよ。そうだ、君が鍛えたら良いんですよ」


 先生は相変わらずのニコニコ笑顔で、これは名案、とばかりにポンと手を打った。


「そこが怪しいのです! 彼は東からの移民のようですが、服装、言葉遣い、立ち居振舞いは彼らのものではありません。そんな身元の分からぬものを傍に置くなど!」


 ちっ、頑張って丁寧に接したのが裏目に出たか。


「あ、そうですね。そういえばお互い、自己紹介がまだでしたね。わたしはウェリタス。『神殿騎士団』の司祭です。君は?」


 暗い茶色のカールした髪に、深い知性と落ち着きを湛えた鳶色の瞳。温和で、いかにも聖職者然とした容姿のウェリタス先生はそう言って、俺にも自己紹介を促した。

 一応これはウィルトゥスの抗議を受けてのことだろうが、そういう問題ではない気がする。この人の中では、俺を従者にするのはもう決まっているらしい。

 だけど、どうしてそんなに俺を連れて行きたいんだろう? もしかしたらこの人が俺をここに呼んだとか? でも、そうだとしたら俺に願いを言うはずだ。だって、願いを叶えさせるために呼び出すんだろう?

 じゃあ本当にただ困っている俺を助けてくれようというだけなのかな? まあ、考えても仕方ない。まずは自己紹介だ。


「稲村 智です」

「イナ村のトム君ですね」


 どこの誰だよ! と突っ込みたくなるのを必死で堪える。

 ある日突然日本からここに飛ばされた、とか言ってみたところで、きっと良いことなんてない。こっちの世界どこかの村人と勘違いしてくれた方が良いに決まってる。


「この辺りの村ではないな。何故ここにいる?」


 怪訝な顔でウィルトゥスが睨んでいる。上手く答えて、怪しさを払拭しなくては。


「ええ……はい。ここから東へ遠く離れた村です。私は村でそれなりに優秀だったので、大きな街で教育を受けさせてもらうことが出来ました。でも知識は単に出世のための飾り、という風潮に嫌気がさしたんです。そんな時に、はるか西に人々を救う優れた教えがあると知りました。私はどうしてもそれを知りたくなり、旅に出ました。そして今日、あなた方に出会えました。何という奇跡。ですから私はどうしても、あなた方のお供をしたいのです!」


 よくもまあこんなでたらめをペラペラと話せたものだと自分でも感心する。人間、死にたくないと思えば何でもできてしまうものかもしれない。


「そう……だったのか。疑ってすまなかった。『勇者教団』の教えを学びたいのなら歓迎しよう。だが我らの一員になるなら清貧・貞潔・従順を誓ってもらうぞ。まあ、これからこのウィルトゥスがその性根を含めみっちり鍛えてやる」


 さらりとした金髪に意志の強そうな青い目、剣と盾が描かれた紋章入りのサーコートを纏ったいかにも騎士って感じのウィルトゥスは、きっちり謝った後、自信たっぷりに請け負った。あっさり俺の話を信じたらしい。案外チョロい奴なのかもしれない。まあ、真面目なんだろうな。

 しかし『勇者教団』か。魔王に続いて勇者なんて単語も出てきた。いよいよ、って感じだな。


「ウィルトゥス君も賛成してくれたみたいだし、良かった良かった」

「ありがとうございます、ウェリタス先生、ウィルトゥス様」


 俺は二人に深々と頭を下げる。 騙したようで悪いが、右も左も分からない異世界だ。こっちの人が一緒にいてくれるのは頼もしかった。

 俺たちは三人で、さっき負傷者を運んだ方へと向かった。

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