第2話 鞭打たれたり、しれっとついていったり

「待て。そこのお前、止まれ」


 門へ向かう途中、ふいに横から声を掛けられた。俺は足を止めそちらを見る。羽毛恐竜のような生物に跨った、尊大な感じの四十がらみの男が俺を見下ろしていた。

 後ろには大勢の騎兵を従えている。騎兵で良いのかな。乗ってるの馬じゃなくて変な生物だけど。まあいいか。


「お前、この街の人間ではないな。さては魔王の信奉者だな! お前が魔物を街の中に引き込んだんだ!」


 男はびしっと指を突きつけそう断じた。確かにさっき魔物を引き連れて来てしまってはいたけれど、あれはもう既に街の中に入ってきていた奴だ。

 それにこいつは、あの時その場にいなかったはずだ。あそこで戦っていたのは、シンケルスって中年男とその部下たちで、こんな偉そうな騎兵集団はいなかった。

 だからあのときの様子を見て言っているわけではなさそうだ。何か別の理由、恐らくは俺の見た目で言い掛かりをつけているんだ。


「ちょっと待って下さい! 何ですか魔王の信奉者って。俺はそんなのじゃありません! 俺だって、さっきまで魔物に追われていたんです!」


 俺は抗議する。だが、男は揺らがなかった。ふふん、と得意気に笑う。


「それも演技だろう。お前、血はついているが傷がないぞ。魔王の信奉者が、ケガ人を装い魔物に追われるフリをしてまんまとここまで入り込んだんだ!」

「おお、モデストゥス大臣、なんたるご慧眼!」

「さすがです!」


 後ろの騎兵たちからお追従が上がる。大臣なのか。それでこんなに偉そうなのか。

 傷がないことについては、俺が聞きたいくらいだ。だけどそんな事で、魔王の信奉者とかなんとか、変な疑いを掛けられるわけにはいかない。

 ていうより、魔王の信奉者って何なんだ? そもそも魔王なんてのがいるってことなのか?


「でも、怪しい奴なら他に見ました。門の近く、路地裏の小さな広場で赤い髪の男が何か儀式を行っていました! その後魔物が現れたんですし……きっとそいつが魔王の信奉者ですよ!」

「適当なことを言うんじゃない!」


 モデストゥスが手にした鞭でヒュン、と俺を打った。鞭がびしっと咄嗟に防いだ俺の腕に当たる。痛い。

 いきなり疑いを掛け、釈明しようものなら鞭で打ってくるとか、どれだけ横暴なんだこいつは!


「ごめんなさい、モデストゥス大臣! その子うちの従者なんです!」


 遠くから、聞き覚えのある声が響いた。声のする方を見ると、さっきの黒いローブの男が走ってきていた。


「神殿騎士殿の……?」


 モデストゥスは驚いた顔をしていた。黒いローブの男の横にいるさっきの金髪魔法騎士も驚いていた。俺だって驚いたけど、顔に出さないように必死にこらえた。あの人が俺を助けようとしてくれているのなら、そういうことにしておかないと。


「ええ。ここで負傷者の救護をお願いしていたんですけれど、きっとそれが終わって、わたしたちを探しに来たんですね」

「ええ……丁度、負傷者を教会に運び終えましたし、門の方へ戦いに行かれたお二人が心配で、お探ししておりました。ですがこのようなことになり、申し訳ございません」


 俺は適当に話を合わせる。


「……そうか。それは失礼を」


 忌々し気にモデストゥスが形だけの謝罪を述べた。


「いえ、どうかお気になさらず」


 黒いローブの男は怒りも苛立ちも微塵もない笑顔で応じた。


「そうだ、神殿騎士殿にはシンケルスの隊とともに、引き続きこの平民街の守備をお願いしたい。門も壊されてしまったし、魔物の襲撃が心配だ」

「ええ、もちろんです」

「申し訳ありませんなあ。別の任務で来ていただいたのに」


 申し訳なさなど少しもなく、寧ろ好都合とでもいうようにモデストゥスがニヤリと嫌な笑みを浮かべる。とにかく鼻持ちならない感じだな。


「いえ。今は街の防衛の方が大切ですから」

「分かって頂けて光栄だ」

「そちらの方々は街の防衛には参加されないのですか? 正直に申し上げて、シンケルス殿の隊と我々だけでは厳しいかと存じます」


 若い騎士がモデストゥスを見上げる。その青い目には、非難がありありと籠っていた。


「我々はこれ以上の被害拡大を防ぐため、街に隠れている魔王の信奉者どもを探し捕らえる任務があるし、それが終われば城周辺の守備もせねばならん。今は守りを固め、勇者様の到来を待つときなのだ」


 モデストゥスは小ばかにしたようにそう言うと、チラリと後ろを見た。モデストゥスの視線の先には、頑丈そうな大きな門があった。

 街の中に、また門か。城壁が二重になっているんだ。偉い人たちは、あの城壁の向こうに住んでいるってことだろうか。一般市民など知ったこっちゃない、そういうことか。


「では、よろしく頼んだぞ」


 フン、と鼻を鳴らして、モデストゥスとその一隊は去っていった。


「魔王の信奉者を捕らえるだと……! こんな風にしていたら、ただの市民を本当に魔王の信奉者に変えてしまうだけではないか!」


 若い騎士が憤りを露わに言った。魔王の信奉者って、多分敵対勢力なんだよな? こんな風に疑いを掛けられたら、そっちに走りたくもなる気は確かにする。


「自分たちは戦わず城壁の中に籠り、魔物との戦闘を我々に押し付け、あわよくば

 我々と魔物との共倒れを狙っているんだ! そうすれば調査の手も及ばなくなるから」

「まあまあ、ウィルトゥス君。君の怒りも分かりますし、多分その通りでしょうけどね。でも、そんな事を言ってはいけませんよ」


 黒いローブの男が若い騎士を宥めた。ウィルトゥスと呼ばれた若い騎士は納得した様子は無かった。


「ですが、ウェリタス先生……これではますます民心が離れていくだけです」

「そうですね。だからわたしたちくらいは、ちゃんと民を護りましょう。他人の行動をあれこれ嘆いたところで彼らは変わりません。わたしたちに出来ることをしましょう」

 黒いローブのウェリタス先生はウィルトゥスの肩をトントン、と叩いた。彼ははい、と返事をしたもののまだ納得しない様子だった。


「あの、魔物の襲撃と今、二度も助けて頂き、ありがとうございました」


 二人の話が途切れたところを狙って、俺は二人に頭を下げる。


「いえいえ、良いんですよ。困っている人を助けるのは我々の責務ですから」


 ウェリタス先生はニコリと笑って、それが当然、というように答えた。


「さて、門の応急処置は済ませましたし、夜の見張りはシンケルス殿たちが引き受けてくれました。我々は明朝です。それまでしっかり休みましょう。戻りますよ」


 二人はさっき負傷者を運んだ建物の方へ向かって歩いていく。俺も後を追った。



「ところでお前、何故我々についてくるんだ?」


 少し進んで、俺が意図的についてきていることを確かめたらしいウィルトゥスが振り返り、ムッとした顔で尋ねてきた。


「先程ウェリタス先生が仰った通り、私はあなたがたの従者ですから。お供させて頂きますとも」


 にっこり笑ってしれっと答えると、ウィルトゥスの端正な顔に青筋が立った。さっきキマイラと戦っていたときより怖い顔してないか? 無礼討ちにされたらどうしよう。

 だが何と言われようと彼らについて行かなければ。だって俺には頼る人もいないし、お金も無い。このままだと、こんな危険な場所でどうやって夜を明かせばいいのか分からない。

 今がチャンスなんだ。絶対に、この人たちについていってやる。俺は笑顔を崩さず、ウイルトゥスを見つめる。

 

 負けてなるものか。

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