回復チート勇者ですが、騎士様守って下さい

須藤 晴人

第1話 いきなり死んだり、イケメン騎士に助けられたり

 高校に入って最初の夏休み、補習授業を終えて、俺と同じく日直のクールビューティ、長尾さんと一緒に教室の後片づけをしていた時だった。

 急にまぶしい光が俺を包んだ。頭の中に、声が響いてくる。


「召喚者の願いを叶えよ、さすればお前の願いも叶えよう……?」


 俺は聞こえた言葉をうわごとのように繰り返す。


「え……? 稲村君も聞こえ――」


 驚く長尾さんの声は、途中で聞こえなくなった。ふわりと宙に浮くような感覚が俺を襲う。

 まぶしい光と浮遊感の中で、俺は意識を失った。



 足が地面を捉えた感覚があった。強い光も感じられない。俺はゆっくりと目を開ける。そこは元いた教室ではなかった。長尾さんの姿もない。

 どこだ、ここは?

 俺は辺りを見回す。すぐ両脇に木組みに白い壁、赤い切妻屋根の建物が迫っている。

 中二の夏休みに家族で旅行したフランスの町にこんな建物があったっけ。フランスなり、どこか外国の街に来てしまったのか?

 でもそういえば……『召喚者の願いを叶えよ』とか聞こえたっけ。ということは、誰かが俺をここへ召喚したってことになるのか? 現実のヨーロッパじゃなくて、ヨーロッパ風異世界ってやつか? 物語ではよくある展開だけど、そんな事が本当に我が身に起こるのだろうか。まあ、考えても仕方ない。とにかく、何かヒントを探そう。

 誰かがしゃべっているのでも聞けたら、ここがどこかのヒントになりそうだけど。もっとも俺には、英語か日本語かそれ以外かくらいしか分からないから無駄かもしれない。

 でも何もしないでぐるぐる考えているよりマシだ。人を探してみよう。俺は路地裏を進む。

 少し進むと、ちょっとした広場のような場所に出た。一つ、人影が見える。赤い髪をした、紫のローブを纏った男が、手にした杖で地面に何やら描いている。


「魔法陣……?」


 思わずそんなファンタジー用語が口をついて出た。何か魔法の儀式、そんな風にしか見えなかった。大体、赤い髪にローブなんてファンタジーでしか見ない。やっぱり、異世界なのか。

 でも待てよ、魔法陣? 魔法陣と言えば召喚魔法。もしかして、この男が俺を召喚した? いや、だったら魔法陣は描き終わっているはずだ。違う。じゃあ、一体――


「見たからには、死んで貰う!」


 男が俺に気づくや否や、杖を放り出し凄い勢いでこちらに飛び込んで来た。男の手に、鈍色に閃く何かが見える。


「ぐっ……」


 脇腹に熱を感じた。熱を感じるその場所を反射的に手で押さえる。何か温かく、ヌルヌルとした感触が手に伝わる。

 男が血まみれのナイフを手に、俺に背を向けさっき魔法陣を描いていた場所へと去っていくのが見えた。

 でも、次の瞬間にはそれも見えなくなった。冷たい石畳だけが視界に入る。

 こんなところで、いきなり何も分からないまま死ぬわけにはいかない。死んで、たまるか。俺は、帰るんだ……。そんなことを考えるけれど、体は動かない。俺はそのまま意識を失った。


「あれ……ここは……? 俺は、刺されて……」


 暫くして目が覚めた。体を起こし、あたりを見回す。残念ながら元いた教室に戻っている、などということはなかった。

 さっきまでいた人気のない、街はずれの広場だ。男はもういなかった。魔法陣も消えている。

 夢だったのか、と刺されたはずの脇腹に目をやる。

 制服のシャツには穴が開き、べっとりと血がこびりついている。

 でも、その下にはうっすらと斬られたような跡が見えるものの、ちょっとカッターで切ってしまった程度の傷だった。刺された、というほどのものではない。

 俺が刺されたと勘違いしたのか……いや、でもあの時かなり出血していたはずだし、血の跡もある。じゃあ、治ったっていうのか? でも、こんなに早く綺麗に傷が治るはずはない。

 もしかして俺に対する神様の贈り物、所謂チート能力、とかいうのだろうか?

 そんな事を考えていたところに、グルル、と何か動物の唸り声が聞こえてきた。見れば銀色の狼がこちらを睨んでいる。


「魔物⁉」


 こっちの世界の野生生物、という可能性も無くはない。そうだとしても狼だ。危険に決まっている。逃げよう! とにかく俺は、銀色の狼から遠くへと走る。

 暫く走ると大通りに出た。でも、その大通りも魔物がひしめいている。俺の視線は、中でもひときわ大きな魔物に釘付けになった。


「何だあれ、キマイラ⁉」


 思わず叫んでしまった俺を、ライオンと山羊と蛇、六つの瞳が一斉に見た。目が合った瞬間にはもう、そいつは猛然と地を蹴り、空に舞い上がっていた。

 逃げろ!

 俺は思い切り飛んで、その場から逃れる。俺が今までいた場所を、キマイラの鋭い爪が抉っていた。

 ふと振り返ると、魔物たちの後ろの方に、破られた城門が見えた。きっと外から魔物が入ってきたんだ。とにかく、逃げなければ!

 後ろから沢山の魔物の足音がする。でも、逃げ切ってみせる。毎朝部活で走り込んでいるんだ。陸上部を舐めるなよ。

 街の広場が見えてきた。街に入り込んだ魔物を、騎士団らしき鎧を来た人々が倒しているところだった。

 魔物を引き連れて、人のいるところに突っ込む……。あれ、今俺のやっていることは、MMORPGなんかで嫌われる行為じゃないかひょっとして。

 そう思ったけれど、もうどうすることもできない。

 そして後ろから、何か凄く嫌な気配がする。


「君、こっちへ」


 俺に気づいた黒いローブの男が走ってきて、俺の手を引いた。そして杖を掲げ、


「ダイヤ・シールド!」


 と何やら呪文らしきものを唱える。掲げた杖の前に、キラキラと輝く透き通った盾が出現し、キマイラが吐いた炎を防いだ。魔法だ!

 だけど炎? もしかして俺、黒焦げにされるところだった? この人の魔法のお陰で助かったのか?


「ウィルトゥス君、頼みますよ!」


 黒いローブの男が、何やら脇にいた騎士風の若い男に声を掛ける。


「お任せください、ウェリタス先生!」


 俺の横を、騎士風の金髪の男が駆け抜けていく。端正なその横顔は随分若い。俺よりは上だろうが、十代だろう。俺は彼の方を振り返る。


「フレイム・セイバー」


 彼はそう唱えて大きく跳躍すると、ライオンの頭に炎を纏った剣を振り下ろす。そして返す刀で山羊の頭も跳ね飛ばした。

 二つの頭を失い、キマイラが倒れる。暫く蠢いていた蛇の頭も、やがて動かなくなり、その体が黒い粒子となって霧散する。その後に、コトリと赤い宝石が落ちた。

 更に彼は後ろに続いていた銀色の狼たちも炎の剣で薙ぎ払っていく。あっという間に、俺の後ろについてきていた魔物たちが片付けられた。

 強い! その姿は本当にファンタジーの魔法騎士のようで、格好良かった。俺は憧れの眼差しで、若い騎士を仰ぎ見る。


「神殿騎士……まさかこれほど強いとは……!」


 後ろで戦っていた兵士たちから驚きの声が上がる。俺を助けてくれたのは神殿騎士らしい。何だろう。凄くファンタジー感のある名前だけど。


「いまので結構片付きましたね。シンケルス殿、このまま一気に門まで押し返しましょう!」


 黒いローブの男が、丁度銀色の狼を倒し終えた中年の騎士風の男に声を掛ける。


「ええ、そうしましょう。皆の者、続け!」


 隊長らしいその中年男が後ろに従う兵士たちを鼓舞する。


「君も大変だったでしょうし、疲れているでしょうけれど、もうひと頑張り、ここで負傷者の救護を手伝って貰えませんか?」


 黒いローブの男が柔和な笑みを浮かべて俺の肩を叩いた。


「え? ええ、わかりました」


 俺はこくこくと頷いて、周りを見回す。傷口を押さえ、苦しそうに呻いている兵士たちがいた。

 同じく負傷者を連れ出している人にならって、俺も彼らに肩を貸し、近くの大きな建物に運ぶ。

 そこでは白いローブを来た女性が、ケガ人たちの傷口に手をかざしていた。彼女の手から出る何やら白い光が傷を癒していく。あれも魔法だろうか。だけど、治療している女性の顔色がみるみる悪くなっていっている。


「そろそろ、交代しましょう。あなたも危ないわ。奥でしばらく休みなさい」


 別の白いローブの女性が彼女の肩を叩いた。


「すみません……ありがとう……ございます」


 彼女はフラフラと覚束ない足取りで奥へと下がっていった。交代した女性が、また傷を癒していく。

 剣と魔法で、魔物と戦う世界……。大変なところへ来てしまった。

 でも……そんな事を言っている場合じゃない。今は言われた通り負傷者の救護をしよう。俺はもう一度、広場へ戻った。


 負傷者をあらかた運び終えたところで、門の方から歓声が聞こえてきた。魔物の群れを倒したのだろうか。

 さっきの人たちにお礼も言いたいな。俺も門の方へ行ってみよう。

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