第5話 平凡
駅前にあるマクドナルドの窓際の席で、私はいつもの仲間たちと一緒にポテトを食べながらだべっている。バラバラの制服を着た、若いということしか共通点のない私たち。地下アイドルのライブで偶然知り合って、何となく一緒にいるようになった。別に、不良だとかギャルだとか言うわけではない。みんな普通に学校に通っている、大人から見たら「真面目で平凡な生徒」だ。いじめも、万引きも、ドラッグもやらない。そういう世界があるのを知っていて、あえて距離を置いている。何の才能も個性もない私たちにとって、平凡であることこそが社会で生きてゆくための武器だ。高望みしない。賭けをしない。努力もしないし、サボることもしない。そうやっていれば、いずれ国から「特別公務員」にならないかという誘いが来るだろう。その後の生活は安泰だ。
――と、思っていたはずだったのに。私は道を踏み外した。
「百合子、あんた、またスピーたんに貢いだんだって?」
向かいの席に座っているのんちゃんが、ポテトを数本くわえたままで器用に言った。
「大した額じゃないよ。スピー様にすごく似合いそうな鞄を見つけただけ」
のんちゃんはため息をつく。
「様、なんて付けちゃってさぁ。百合子の家、そんな金持ちじゃないじゃん。このままだったら破産するし、特別公務員にもなれないよ」
私はむうっと唇をすぼめてみせる。
「でも、私にはスピー様しかいない。スピー様が死んだら私も死ぬ」
そこにいた私以外の全員が、あちゃーという顔をした。
「百合子。いい加減にしないと、うちらあんたをハブくよ。マジだかんね」
のんちゃんが、私の目を真っ直ぐに見る。青い、ガラス細工のようなきれいな目。耐えきれずに目をそらせた私に、彼女は吐き捨てた。
「バイバイ、百合子」
「待って……!」
私にはまだ、言わなければならないことが!
「手を動かしちゃダメだ。今、治療中だからね」
リスパの声がする。目を開けると、そこは夜の森の中だった。背中の下にごつごつと固いものを感じる。どうやら、私は道の上に直に寝転がっているらしかった。リスパが傍にひざまずいて、私の右手を両手でそっと包んでいる。彼女の掌の間からは、まるで水中のあぶくのように無数の金色の星が溢れ出して、きらきらと空に立ち上っていた。
「えーと、なんでこんなことになったんだっけ」
「君が、僕の屋敷から逃げ出したんだ。自室の窓から柵を伝って降りて、初めて来たときに軽トラで走った道を辿って。その途中で星の輪熊に襲われた。大怪我をしている君を、僕が見つけたってわけ。もうちょっと遅かったら、君も熊になってたよ。まったく、どうするつもりだったのやら。君には世界間移動をする術がないし、この世界に頼るあてもないって言うのに」
私はリスパの青ざめた顔を見上げ、それから視線を夜空に移した。この世界の自然の星は全て青色なんだな、と思う。きれいだった。
「怖かったの」
ん、とリスパが声を漏らす。
「殺された娘さんの話をしてるリスパがすごく怖かった」
「それは申し訳ない」
「ねえ、リスパ」
「何?」
「私、その人が死んだら自分も死にたいと思うほど好きだった人がいるの。リスパとは――」
全然違うのかもしれないけれど、と続けようとした私の声を、リスパの声が遮る
「僕は、あいつを死なせられるのなら自分が死んでも良いと思ってる。昔は君のように思ったこともあったけれどね、今生きているからこそできることもあるって気付いたんだ。さて、君は僕の屋敷に戻るかい?」
うなずいた私の体を、リスパが抱き起こす。そして、微笑んだ。
「君が生きてて、良かったよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます