第28話 四姉妹のイベント 7 暴走

「ごめーん。調子にのっちゃった!」母が少女のようにペロリと舌を出して、娘たちにごめんね!と手を合わせた。

春菜、雪、晃は大量の未完成のコスプレ衣装の山を見て途方に暮れ、季璃はキャッキャ言いながらミシンを操っていた。

母曰く、「なんか降りてきた」と言っているが、その代償が娘たちのお手伝い続行だった。

「…何着になるの…?」「…五百着位になりそう…」「そんなに!?」店にリサイクルショップの方で在庫にあった電動ミシンを教えられた通りに操りながら次女、三女、四女はぼやいていた。

「あはははは!たのしいね!」五女は何が面白いのか笑いながらミシンを操っていた。

「…母さん…父さんから追加のアクセサリー…」「そこ置いてー。将に愛してるって言っといてね!」割とフラフラな兄がアクセサリーの入った箱を持ってきたら、母がご機嫌な声でしれっと言った。

「ごめんねー!あなた達も手伝ってねー!」そう言って三人の前に衣装のパーツがドサっと置かれた。

母の説明では一直線に縫うだけで出来る部分だけを渡したそうだが、量が多い。

「とりあえずその布、サイズに切ってあるから縫い合わせて行って!」三人は布の量を見てため息を吐いた。


春菜達は指定された通りに、ミシンを操っていた。

ミシンの扱いも最初はおっかなびっくりだったが、雪が操作方法を知っていて懇切丁寧に教えてくれたから操作は問題無かった。

問題はイベントの本番が明後日という事だった。

「ねえねえ…間に合うのかなあ…」「…わからない…」「あははははは!」晃と雪が不安そうにミシンを動かしていく中、季璃はご機嫌に笑いながら作業を進めていく。

春菜はふと季璃に聞いた。

「ねえ季璃?楽しいの?」「うん!みんなとふくつくるのがおもしろい!」満面の笑みを浮かべて言う末妹に、春菜も、双子も苦笑である。

「でもいきなり修羅場だよ?」「…明日は土曜休み…明日中に完成させないと…」晃のボヤキに何時もなら要領よく逃げそうな雪が観念してミシンを操っている。

「ほーい!差し入れだよー!」舞が袋を大量にぶら下げながら店に入ってきた。

「ありがとー!助かるわあ」母が顔も向けずに手縫いをしながら言った。

「…舞さんも駆り出されたの!?」「晃、手を止めない」「あ、ハイ」ニヤリと笑った舞に指摘されて晃は布の縫製に集中した。

「あたしゃ縫い物なんてからっきしだからね。飯炊きお姐さんとして来た」「…お姐さんって…」「なんか言った?雪?」「…ナンデモアリマセン!」雪は姿勢を正して手を休めないで言った。

「まあ、夜には帰らないとだからね。ちゃっちゃと作るよ!」



舞の作ったお好み焼きを家族で食べ、各々また作業に戻っていく。

父は外で銀細工を鋳型で作り、夏葉はアクリルの削り出しのアクセサリーを作っているので、削りカスだらけだった。

冬菜も縫製の作業に加わったが、作っても作っても減っていかないという苦行めいた状況である。

一人娘たちで乗ってるのが季璃で、ケタケタ笑いながらミシンを操る様は春菜たち姉妹に不気味がられていた。

「…く…ぁああああ…はぁ…眠い…」いつもならおネムの時間だが、晃は大きな欠伸をした。

ふと見ると、季璃はニヤニヤ笑いながら首をカクカクさせている。

雪に至っては首を前に傾けて寝ている。手が止まっていた。

春菜も目頭を揉んで、立ち上がり、両手を上で組んでストレッチした。

小さくピキペキと音がする。意外にこっていたようだった。大きく息を吐き、離れた小さなテーブルの上のペットボトルのお茶を飲み、時計を見る。「わ、十一時過ぎてる…」春菜は肩をすくめた。

「はいよー。もう帰るからこれ飲んどきな」舞がそう言って、表現出来ない色が蠢いている液体らしきものを入れたコップを差し出した。

小さい頃、お店のDVDで垂れ流してた、昔の特撮ヒーロー物の映像で、こんな色の液体が蠢いてタイトルが出たのを見た事があった。

母を見ると嬉しそうにその謎の液体を飲み干して、喉越しの余韻に浸っていた。

「…あー!やっぱり舞のコレ効くわね」母の嬉しそうな声に春菜は頬をひくつかせた。

「んブゥフォお!」寝ぼけていた雪が何気なしにそれを飲んでしまい、咽せていた。

「キィェエエエエエ!」季璃はハイテンションのまま飲み、奇声を上げた。

「んあああ!」晃は鼻を突くような悲鳴を上げた。

暫く妹たちが痙攣のようにピクピクしていたと思ったら、セカセカとミシンを操り出した。

春菜は思った。断言できる。あれはヤバイ薬だと。

「はいよ春菜。飲んだらコップ置いといて」舞はそういってコップを春菜の作業するミシンの横に置いた。

透明のコップを使っているため、多彩で不気味な色合いの中身が中で蠢き、◯トラQと表示されそうな雰囲気である。

春菜は意を決してコップを掴み、息を止めて一気に飲み干した。

粘着性がありそうで意外にするりと喉を通ったと思ったら意識が飛んでしまい、気がついたら朝になっていた。

周りを見渡すと季璃は床で大の字になって倒れ、晃は椅子の背もたれと座面を反対にしたような姿勢で意識を失い、雪は作業台の上で丸くなって寝ていた。

変な姿勢で寝たせいか節々が怠いが、目覚めはスッキリだった。

カレンダー付きの時計を見ると、日曜日の朝六時過ぎ。イベント当日だったが、土曜日の記憶が完全に抜けている。

「…あ、服…」そう言って見れば母の満足そうな顔と、大量のコスプレ衣装がビニールに包まれてハンガーラックにかけられていた。

「おつかれー。朝ごはん用意するから食べたら出発するわよー」母が春菜を見てニッコリと笑った。

春菜は苦笑しかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る