第21話 風の四姉妹 2

翌朝はいつの間にか訪れていたというのが春菜の感覚だった。

イヤイヤ車に乗ったまでは覚えていたが、昨日のことが夢のように思えた。

しかし、いつもの部屋着の大きめのTシャツが新しい、着心地がいいものになっていた。

ただ、未だノーパンだった。

いつもの時間だったので、春菜はその格好のまま下へ降りる。部屋着は裾が長いから大事なところは隠れている。降りると母が台所にいた。

「あら、おはよう春菜」「…おはよう…母さん…ボクの下着って…」「こっちにいらっしゃい」母はそのまま両親の部屋に案内された。

「…父さんや姉さんは?」いつもこの時間に起きてる父と姉を聞いたら「今日の予定の準備をしてるわ」そう母が言った。今日の予定?と疑問に思ったが、部屋にあったトールソーに春菜の服があった。

「取り敢えず…と、はい」大きめの籠の中に薄いピンクのショーツとインナー、部屋着が沢山入っていた。

「昨日の動きを見て作ってたの。下着もあなた用なの。ごめんね?恥ずかしかったでしょ?」「…ううん…大丈夫…」春菜はそう応えて籠の中からショーツを一枚取り出してその場で履くとフィット感が素晴らしかった。

「それと…これ、あなたが着けてなさい」母はそう言って綺麗な長い、昨日裸の春菜に纏われた長い布に似ていた。

「風の衣っていうの。腰に巻くといいわね」「へえ…」「あと、何か要望ある?戦っていて気になったことは?」そう聞かれて少し考えた。

「…脚を守る…お侍さんの脚につけるようなの出来る?」「出来るわよ。…目立たない方がいいわね」母がそう言って頷いた。

「あの刀…華龍はどう持てばいいかな?」「風の衣巻いてそこに差しておくといいわね…詳しいことは後で説明するわ」母に言われて頷くとお腹が鳴った。

母がそれを聞いてニコリと笑い、春菜は顔を赤くした。

「とりあえずここで着替えなさい。ご飯にするから」



着替えて、朝食を終えて、貰ったインナー類を部屋に持って行くと春菜は駐車場に向かった。

風の衣を巻き、華龍を差して軽く準備運動をする。

ミニスカートのスリットのおかげで大きく足を広げられるが、中が見えにくいようになっているのは感心した。

昨日着た時よりしっくりくるのは母が調節したかららしい。

軽く動いてから少し身体を沈み込ませ、後ろに下げた右脚を蹴ると同時に前に曲げた左脚で踏み込む。

一気にコンテナの上に跳躍し、そのままガレージの屋根へと跳び、駐車場の隅に立つ電柱の先へと跳んでピタリと先端に立った。

春菜はお店が照明と防犯カメラと引き込み電線用に建てた電柱の先端で二度、三度と軽く跳び、バク宙して片手逆立ちで電柱の上に立った。

周囲の風の動きが分かり、動きも阻害されずに動けるこの服が本当に気に入ってしまった。

「…おーい…春ねえー…」声のした方を見ると、家の三階の廊下の開け放たれた窓から晃がパジャマ姿で小さく手を振っていた。横には眠そうな目の同じパジャマ姿の雪と、フラフラしてるネグリジェ姿の季璃がいた。

春菜は手首のスナップだけで跳び上がり、身体を回転して再び足で電柱の上に立って大きく手を振った。



春菜は兄が運転するバイクの後部に乗っていた。

ジェットタイプのヘルメットが少し重いが直接風を切るように感じるのは楽しい。

何よりバイクだと酔わないのだ。

そして、道に見えるのは彩り豊かな花があちこちに咲いている。

世界はこんなに色彩豊かだったのかと見惚れていた。

今日、母から詳しいことを教えると言われて出かけた。

「何処に行くの?」「お花見」母の簡潔な答えに、母の運転する車に妹たち、春菜は兄のバイクに乗っているわけだ。

父と姉はひと足先に向かっているらしい。

お花見の場所は少し離れたところにあるらしい。

南北に走る県道を兄のバイクが先導し、母の軽ワゴン車がそれに着いていく。

やがてだだっ広い埋立地が見えてきた。

「兄さん!こんなところでお花見?!」「もうすぐだ!」兄の言ってる事に首を捻ったが、やがてフェンスに囲まれた場所に着いた。

「…ここ?」春菜は戸惑ったように聞く。「この中だ」夏場がスマホを取り出して何か操作するとフェンスが自動的に開く。

バイクと軽ワゴン車が中に入って走る。

後ろをチラリと見ると、助手席、後部座席の窓が全開になって、妹たちが顔や半身出して不思議そうに景色を見る。

だが、海の方角に来る途中あちこちで見た、満開の桜の木がたくさん見えてきた。

「あそこだ」


「わあ!」「すごーい!」広大な芝生の広場を沢山の見事な満開の桜の木が囲んでいる。

「これが桜よ。あなたたちが咲き誇らせた華」秋華の説明にみんな首を捻った。

「ずっとこの世界は四人の風呼びを待っていたの。華を咲き誇らせることができる四人を」「それがボクたち?」秋華はニコリと笑って歩き出した。

そこには沢山の人がバーベキューをしながら宴会をしていた。

「あら、もう始めちゃってる」秋華は微笑みながらため息を吐いてそう言った。

「おー、よう来たがね」「昨日はお疲れさん」シンマと舞が出迎えてくれた。

「…シンマさん、この人たちは…」「あー!きよさわさん!ほりさん!」季璃が知ってる人を見かけて嬉しそうに走って行った。

春菜が見ると頑固そうなおじさんと眼鏡を掛けたお兄さんに季璃がじゃれついていたが、おじさんは迷惑そうに、お兄さんは苦笑していた。

「我々の仲間たちだ」そこに佐倉がエリカを伴って現れた。

「まあ、詳しいことは後で話そう。今ここで宴を止める野暮はできん」「とりあえず皆様もお好きにお過ごしください」佐倉とエリカにそう言われて春菜たちは奥の方に向かった。

「おーいこっち!」「姉さん」冬菜に呼ばれてそこへ行くと、父が色んな人と談笑しながら缶ビールを飲んでいた。

父が春菜たちに気づいた。「…もう大丈夫か?」春菜たちは頷いた。

「しょーさん!この娘たちか!」「貴様が仕切りに話していたからな」「なるほど。期待できそうだな」

線が細い白人男性、身長が高く凄い金髪の美しい女性、色黒で身長も身体の厚さもある厳つい男性が春菜たちを興味深そうに見た。

その勢いに春菜と雪、晃はたじろいだが、「きりちゃんです!よろしくおねがいします!」季璃が元気よく挨拶して三人が笑った。

「ふふ、クレアだ。将!貴様と違って礼儀正しい娘ではないか!」「左様!ヌシはイマイチ掴みづらい。アモンだ!」「ヨロシク、きり。オコーナです」白人男性が季璃に向かって右手を額に掲げた。

春菜たちも慌てて挨拶したが父が三人に頷くと三人がまた後でとその場を離れた。

「はい、みんな受け取って」姉の冬菜がお茶が入った紙コップと紙皿、お箸を渡した。

その間に母と兄もやって来た。

「とりあえず食べよう」父の合図でみんなバーベキューを楽しんだ。

春菜はこの日を後に思い出す。

家族で色々騒ぎながら食べたバーベキューを。


「まず先に言っておく。お前たちにはこれから永く苦しい生き方になってしまう。俺の娘に産まれたばかりにだ。すまない」食事が一段落ついたところで父が娘たちにそう謝った。

「…そう言えば、あなたたちは何か聞いてるの?」春菜が妹たちを見渡すと三人とも首を振った。

「きりちゃん、かぜをよんでたすけてくれるしかきいてない」「私も」「あたしもだよ、春ねえ」姉妹が一斉に父を見た。

「…父さん、まず何でボクは他の人より動けるの?…んー身体能力?」「それでいいと思うぞ」春菜の言う事を兄が補足した。「ありがとう。身体能力が高いの?」「私たちが普通の人じゃないからなの」母がそう答えてくれた。

その言葉に春菜、雪、晃が唖然とした。


将、秋華、シンマ、舞、佐倉、エリカ、あと二人。八人は遥か昔に産まれた。

その時から世界に稀に生まれる力を持つ人としてだった。


「わしらは最初は互いにバラバラで、ちょーっと他より強いだけだったんだわ」「わたしは不吉な子供と云われて殺されそうになったね」それぞれ酒を飲みながらシンマと舞が話に加わった。

「え!?舞さんヤバかったの?!」晃が驚いて舞を見た。

「まあ、昔の話さ」「…どれくらい?」「さあてね?本当に昔、むかーしのことさ」雪の質問に舞は懐かしそうな顔になった。

「あの頃は皆小僧、小娘だった。俺は妹と故郷を追われたな」「わたくしも同様です。兄と奴隷として売られました」「え…?ど、どれい…ですか?」佐倉がエリカを伴って話に加わったが、エリカの言ったことに春菜は驚いた。そして、エリカは頷いた。季璃は母に聞いているが、難しくてわからないらしい。

「まあ、色々あったのさ」佐倉も少し懐かしさを込めてため息を吐いた。

「で、みゃあ、わしら八人は生きるために何でもやったんだがね」シンマがカップ酒を飲み干して「詳しいことはまた今度な」と言った。


彼らはそんな状況で、仲間になったり助けたり、助けられたりして世界を巡っていく。

いつのまにか八人で行動していくことになったと言う。

そして。


「ずっと旅をして、戦ってたらある日『理』から外れちゃったんだよねぇ」「どう言う事?」舞のサバサバした言い方に雪が聞く。

「『人』じゃ無くなった。ずぅっと生きてく事になった」「ながいきなのはいいことだよ?」将に季璃が不思議そうに首を捻って聞く。将は末娘の頭を撫でた。

「何年も何百年も何千年も何万年も…ずっとね」秋華の言ったことを理解した春菜たちは息を呑んだ。

「一人じゃ耐えれなかったな」ポツリと言った佐倉の言葉に将たちは少し神妙な顔をした。

「最初は悩んだ。『理』から外れた俺たちを他がどう見るか。だから一つどころには留まらず、あちこち世界を彷徨ったな」「そうしたら、わたくしたちと同じ境遇の方々がいらっしゃったのです」佐倉とエリカがそう言うと、周囲を見渡した。

数十人いる、飲んで食べて楽しんでいる人たちを。

「だから仲間…」春菜の呟きに秋華が頷いた。

「まあ、みなが仲間になったわけじゃあにゃあし、敵になったのもいるでね」ウィスキーを紙コップに注ぎつつシンマが言う。

「それであたしらが気兼ねなく暮らせる世界を探し出して見つけたのがここだったのよ」舞は焼酎を飲みながらそう言うと、指を下に指す。

「…色んな世界があるってのは昨日の出来事で知ったけど…」「はるなちゃんどういうこと?」春菜は季璃に説明しつつ、大人たちに聞いてもらった。

この世界以外にも所謂異世界があると言うこと。そこからこの世界に入り、人々を攫ったりしていること。

「異世界はそれこそ無数にある。春菜たちにわかりやすく言えばテレビゲームの種類や漫画、小説、映画の数以上にあると思えばいい」「えーっ!?」佐倉の発言に晃は驚きの声をあげ、雪はポカンとした。

「この世界はひじょーにバランスが安定してるんだ。だからそこで産まれた人を他の世界からすると宝の山みたいなもんなんだよ」「なにそれー!きりちゃんゆるさないよ!」冬菜がため息を吐いて言うと季璃が憤った声を出した。

「それでね、私たちなんだけど、この世界…というより何処でも本気出すと…世界が壊れちゃうの」「だから基本、世界に侵略してた連中は俺や姉貴、ここにいる人たちやいない人たちが退けていた」秋華の爆弾発言に夏葉が補足説明をした。

「こ…われる?」「そう壊れるの」今日の春菜は驚いてばかりだった。

何か不可思議な風を呼んで戦う力を持ったら、家族がゲームのRPGキャラみたいだった。そして自分が住んでるところを狙う異世界。

「強すぎるのです。わたくしたちの力が。だから世界が耐えられないのです」エリカが静かに紅茶を飲みながら言った。

「雪ならこれでわかるか。要は世界はゲームのカートリッジやディスクなんだ。父さんたちの力はそのゲームデーターを無茶苦茶にしてしまう。結果ゲームが実行できなくなる」「…なんとなく理解できた」夏葉の説明で雪が頷いた。

季璃が飽きてしまったのかキャンピングチェアに座って足をぶらぶらさせている。

「そして春菜たちもこの『理』から外れてしまった」将の言葉で季璃の足が止まった。

「元々春菜の身体能力がたきゃーのは、将と秋華の娘でもあるからなんだわ。そこに風呼びの力をもってまった。『理』から外れるのは十分だで」「じゃあボクたちも?」シンマに春菜が聞いた。

「…あんまし深刻に考えとらんね」「話が壮大すぎてよくわかんない」春菜がそう言うと妹たちも頷いた。大人たちが笑った。

「…今の姿がお前たちが一番力を発揮できるんだ」「じゃあ季璃がでっかくなったのも?」将に晃が聞く。

「そうなのよ」「きりちゃんおっきくなってたのしいよ!」秋華に季璃が言った。

「…そんな…じゃあボクこのままなの?」「…あ…ごめんね…春菜…」次女の顔がかなしそうになったので秋華は慌てて頭を抱き寄せた。

「…もう、もう…ボクの胸は大きくならないの!?」「…そのうち大きくなるかも…かな…?」春菜の悩みに秋華は少し困った顔でフォローした。

「春菜、そういうのに悩んでたの?」「…だって…季璃が大きいから…」舞の呆れ声に春菜が呟いた。

「そんなもん、男に揉んで貰えば…って!いたぁっ!」シンマがヘラヘラ笑いながら言ったら秋華に渾身の力で頭を叩かれた。

「…ま、まあ、戦うことだけならあんた達の方がわたしや夏葉より強いよ」冬菜の言葉に姉妹は首を捻った。

「それを踏まえてこの世界を護ってほしい。まだまだ未熟だが、その辺りは俺たちでフォローを必ずする」佐倉がエリカが、シンマが舞が、冬菜が夏葉が、秋華が将が姉妹を見た。

春菜は妹たちを見た。

晃は太い眉毛に力が入っていた。雪はボーッとしてる顔だが不服では無い。季璃はニコニコしている。

春菜は大きく頷いて大人たちを見た。

「ボクらが何処までやれるかわからないけど、頑張る」

「…ところでさ、お父さんたちは最初は八人で世界を周ってたんだよね?」「…後の二人は?」晃と雪が聞いた。

エリカが薄く開けてる目を開いた。

「わたくしの兄と佐倉様の妹様…今、お二人はわたくしたちの最大の敵です」



その後は父たちの仲間が来て次々と紹介していってくれた。

みんな春菜たちに期待しているのだ。

自分たちが住みやすい世界。

それを護る守護者。

「…佐倉さん。ボクの身体を狙ってた世界の女神?がいたけど、そんな力持ってるなら佐倉さん達は神様みたいなもの?」興味本位で聞いたことだが、佐倉は真面目な顔で春菜に教えた。

「俺たちは神のように全てを救えない。悪魔のように全て滅ぼすつもりは無い」その言葉を春菜は胸に刻んだ。


「やほー春菜」

バーベキュー大会が進む中で、やたらと趣味の悪いド派手な女性が気さくに声をかけて来た。

ネコを思わせる目と三毛猫を想像する癖が強い頭髪はまだらに染まっている。

「…誰ですか?」春菜が近くにいたシンマに聞く。

シンマは呆れた顔で苦笑する。

「あ、この格好じゃわからないか」女性はそう言うと、春菜が瞬きしてる間によく知る少女になった。

「奈美!?あなたここにいるってことは…」「そいつは守護者じゃ無い」佐倉がアイスコーヒーを飲みながら言った。

「そいつも『理』から外れた存在だが、『交易者』という集団のトップだ」佐倉の説明に春菜は口をパクパクさせた。

「ちなみにおミャアさんをあの転生者に情報を売ったのもそいつだで」シンマが乾き物を口に入れて春菜に教えた。

「…正当な取引だっツゥーの…。ま、そう言うことだからコンゴトモヨロシク🎵」奈美はそう言うと日本酒の一升瓶を抱えたと思ったら消えた。

「ゲ!あの女、いっちゃんたけえ酒持ってったがね!」「はあ!?」シンマと舞が唖然として悔しがった。

「…君の通う中学校に、香取奈美という女子生徒は居ない」ゆっくりと春菜に近づいて来た、レディーススーツをキッチリと着た女性がそう言った。

「北野宮瀬奈という」「こんにちは。瀧春菜です」長い艶やかな黒髪で、少し古風な感じのする美女から手を差し出されて春菜は慌てて握手をしながら挨拶した。

「北野宮女史は我々のこの世界の協力者だ。この前の駅前の大騒ぎを収めた警察官僚でもある」佐倉の説明に季璃が首を傾げて「おまわりさん?」と言った。

「…貴君らの後始末だよ…ああ、私の職務上仕方ないことだがね」瀬奈がそう言って名刺を春菜たちに差し出した。

「…宮内省…特別異世界対策課…部長…?」雪がそれを見て訝しげな顔をした。

「その名刺は事情が分かってる者向けだ。普段は特別警備部と名乗っている」「異世界に関係ある方だったんですか!」春菜が驚いた顔で瀬奈を見る。

「実際に攫われたり狙われるのは我が国民だからね。ほんの少数しか我々のことは知られていない。今後も何かあれば子供である貴君らを頼るのは些か躊躇うが、是非も無い」瀬奈はそれだけを言うと、「…この後、関係者で花見をするので失礼するよ」と言って立ち去って行った。


「なんか今日一日で情報量が多い…」「同感…」春菜と雪は同じタイミングでため息を吐いた。

「ねえねえ、わたしたち学校は?」晃が母に聞く。「もちろん、今まで通りよ」「きりちゃんがっこうすき!」季璃が大きく両手を上げた。姉たちは苦笑した。

花見は夜遅くまで続き、参加者は四姉妹を祝福してくれた。




翌朝もいつもの時間に起きた。

今日は学校がある。

シンマからまだ足りないからと言われて神社に行かなくてはならない。

風の装束…母が一から全て作っているらしい…を着ていく。

足下は母が脚絆と言う防具を作ってくれた。

そのままだと目立つので、ハイソックスを履いてから脚絆を付けて、レッグカバーで覆う。

靴も見た目はスニーカーだが、つま先と靴底はかなり丈夫であるが、重さは感じない。

桜色のネクタイを締めて部屋に置いた姿見を見る。

思わずニンマリした。

「あ、こんな時間」春菜は目覚まし時計を見て慌てて部屋を出た。

風呼びを使えて、母が作ってくれた服を着ても春菜の日常は変わらないように見えた。



県営空港の南、一級河川の河原には長年放置された雑木林がある。

その中を一人の少年が素早く駆け抜けていく。

周囲から拳大の石が無数に飛んでくるが、少年は持っていた六十センチ大のFRP製のバトンで自分に当たりそうな石を弾いていく。

そこに突っ込んできた影の差し出した木の棒を身を捩って避け、その影にバトンを振るう。

小気味良い音が響いたことで木の棒で弾かれたが、構わずバトンを振り、同様に弾かれる。

一連の行動は早い速度で走りながら行われているが、少年がフェイントで躓いた振りでよろけて見せる。それを狙った木の棒を転倒しながらの右足で弾き、身体が前転する勢いでバトンを相手に叩きつけるが相手が踏み込んで少年に蹴りを入れてくる。

気づいた時には少年は身体を空中に投げ出して、吹っ飛ばされるがままでダメージを減らすことだけだった。

そのまま二、三本木をへし折り、少年は地面に転がったが、すぐに構えた。

かなりのタフさを持っているようだった。

「まあ、ここまでにしよまい」彼の師匠の言葉で、少年は構えを解き、一礼したが、痛みで顔を歪めた。

師匠から差し出されたボトルを受け取り、少年は少し躊躇ってから一気に中身を飲み干した。

その味の不味さの余韻を打ち消すように大きく息を吐く。

「大分動きがよーなったわ。おミャアさんを連れてくのも近い内やね」「……」そう言われた少年は不機嫌そうな顔つきをしていた。

「近い内に相手を見てくるとええわ」「………」少年は不機嫌そうな顔のまま頷いた。

「じゃあ、今日はここまでだわ。夕方は向こうに行かなかんでな」「……わかりました」ようやくしゃべった不機嫌そうな顔をした少年に、背の高い日本刀を思わせる身体つきの男、シンマは苦笑した。



この世界を護る、風の四姉妹は漸くその力を身につけた。

そして、風の四姉妹を護る存在もまた着々と準備を整える厳しい鍛錬を続けていた。

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咲き誇る世界 風の四姉妹 初瀬 方貞 @teioh-hase

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