第18話 咲き誇る世界 1

藍西市、瀧家の広い駐車場から那古駅のビル群が見える。

間に高層ビルや高い地形が無いために遠くの街並みがよく見えるのだ。

そこに瀧家の真の支配者、秋華がこの季節では珍しい東からの風を受けて長い青みがかった銀色の髪の毛を靡かせていた。

表情はいつものように微笑を湛え、何時も家族を見守るような顔だった。

そして徐に歌を唄い出した。

ほんの少し、風を呼ぶように、美しく、気高く、でもほんのちょっと。

すると那古駅の百貨店の屋上で娘達がやったような風が、小さな旋風がクルリと吹いた。

その小さな旋風は呼んでくれた風の女王に敬意を表すように、美しく口上を述べるようにひゅうひゅうと唄う。

「お願いね」秋華はそう旋風に頼むと旋風はすいっと東方へと向かって行った。

それを見届けた秋華は娘が風と共に生き、この世界に華を咲き誇らせる事を心の中で祝福した。



秋華の元から離れた旋風は、道ゆく仲間に声をかけて同行を頼んだ。

風の女王が呼んだ旋風に皆驚き、我も我もと同行を申し出る。

仲間を得て、進む旋風は次第に大きくなっていく。


瀧春菜は永遠と続く妹殺しの後悔の円環にいた。

自分が殺めてしまった妹達の顔がフラッシュバックする。

妹達が母のお手製の服を着ている事が羨ましかった。

特別にファッションに関心があるわけでも無いが、母の作った服が着たかった。

だから妹達が妬ましくなった。

趣味の服も作ってくれるくらいなのに、ボクには作ってくれないの?と思っていた。

そんな中、家族が春菜に隠し事をしているんじゃ無いかと気づいてしまった。

孤独な疎外感も感じた。

どうして?どうして?

でも、妹達を殺すほどでも無かった。

ほんとに?

小さな時もボクを慕っててくれたよ。

ほんとに?

でもボクの欲しい服を着てるよ。

ボクに内緒で何かしてたよ。

だから殺したの?

違う違う!知らなかった!

季璃と思わなかった!晃と思わなかった!雪だとは全然思わなかった!

気づかなかったら殺していいの?

違う!ボクに変な姿で襲いかかったから!反撃しなくちゃボクが…


春菜、何で妹達を殺したの?


虚な目は何も見ていなくて、耳は何も聞こえていない。

「春菜姉さん!」「春ねえ!」「はるなちゃん!」

だから妹達の必死の呼びかけも聞こえていない。

雪は合体した巨人からの攻撃を必死にかわし、晃は左手で一本で屋上から落ちそうな季璃を支える。

だから叫ぶことしか出来ない。


自分の元の世界とこの世界と繋がった事を確認した黒井真穂は、勝利を確信して魂替えの能力を発動させていた。

もうすぐ、この美しい少女の身体が自分のモノになる!

もう間も無く…

「うひゃあ!お、おかあちゃん!?」「ぴゃあ!?…お母さん?」季璃の身体が物凄い暴風で下から掬い上げられるように宙に舞い、必死に季璃の腕を掴んでいた晃ごと強風に飛ばされて屋上に転がった。

「ぅわっぷ!?…母さん?」巨人の攻撃を今にも受けそうだった雪が突風に押されて転がり、ギリギリで避けれた。

「キャア!」黒井真穂が暴風により春菜を掴んだ魔法人形ごと風に煽られた。

その風は春菜の耳に周りを見ろと囁きかけた。

その声は心が壊れていた春菜の意識の欠片に届いた。

春菜は虚な目を前に向けた。

そこには巨大な巨人のような怪物に手で持っている刀で斬りかかる晃が赤い髪を靡かせていた。

晃の邪魔にならないように立ち回り、こちらに必死で声をかける雪がいた。

美しい声で銀色の髪の毛を靡かせて何かを呼びかけている季璃がいた。

「み…ん……な?」黒井真穂は信じられない顔をした。

春菜が声を出せるわけが無いはずなのに!

「この…!」春菜を引き寄せようと、上着の襟を掴んで引っ張った時、ポケットから音楽プレイヤーがこぼれ落ちて風に煽られた。

それが、魔法人形の爪に当たり、再生ボタンを押した。

イヤホンから音が流れて、旋律が春菜の耳に入った。

「いい加減…」黒井真穂が自分と入れ替えようと頭を春菜に近づけた瞬間、気づいた。

春菜の目に生気が戻っていたのを。

イヤホンからの旋律が聞こえた時、周囲を覆う風が春菜を包んだ時、妹達を目にした時、春菜は風の呼ぶ声に応えた。

春菜の口は唄を口ずさんだ。

それに風は応えて唄を返すと、それが更に風を呼びまた更に風を呼ぶと春菜の周りは風に覆われた。

新たな風呼びの誕生に、風はその歌い手の邪魔なものを引き裂きく。

黒井真穂には春菜の着ている服がバラバラに裂けたのが見えた。

更に風が春菜を羽交締めにしていた魔法人形を引き剥がした。

黒井真穂は慌てて魂替えを行うが、逆に春菜は慈愛の目で真穂を見て、真穂の魂が春菜に近づいていたために風を通じて理解した。


黒井真穂は元々はこの世界で産まれた魂をもっていた。

普通の家に産まれて普通に生活をしていた少女だったが、男に襲われて惨殺された。

聖女神の世界に魂は呼び出されて転生されたが、そこでは聖女神から相手の夢を操る能力を貰ったが大した期待もされずに同じ転生者の世話係にされ、虐待を受けていた。

三十年、その世界で魂を擦り切れるような目に遭っていたが聖女神の思いつきでこの世界に再転生されるべく、記憶を操作されて聖女神の謀略で殺されて『黒井真穂』に転生させられる。

この世界の『黒井真穂』は両親からネグレクトを受け、重態だったところを『奇跡的に』助かったとされたのだ。

聖女神の協力者となるべく記憶を操作されていたが、両親の暴力によりその記憶操作が消えてしまい、聖女神がこの世界の強い人間を求めていた事を思い出した。

彼女は『黒井真穂』として、先ず行ったことは日常的に暴力を振るっていた両親を聖女神によって強化された夢を操る能力を繰り返し悪夢に捉えて精神を壊す『ナイトメアループ』をもって自殺に導いた。

彼女の親戚達は彼女が相続した保険金や遺産を狙ったが、これも同様に彼女の能力によって自殺させた。

その後、聖女神の指図を受けながらこの世界に転生、転移してきた連中の協力者としてチャンスを伺っていた。


そこに世界を跨いで取引を行う香取奈美が接触してきた。

聖女神が探している人物、聖女神の能力(身体を入れ替えて長命を維持していた)、その能力を奪う方法を取引にこの世界に送り込まれた聖女神の尖兵を売ることだった。

聖女神の世界などどうでもいい、『黒井真穂』はこの取引に応じ、能力を奪う方法が手に入るまで聖女神の配下として振舞い、香取奈美からは聖女神が狙っている人物を聞き出し、『ナイトメアループ』を瀧春菜に仕掛けた。

『黒井真穂』にしてみれば家族仲が良く、容姿が常人離れしている春菜が恨めしかった。

かつてのこの世界の自分を思い出したからだった。

だから春菜を壊すことに一切の躊躇が無かった。

聖女神から能力を奪う事にも成功した。

そこから一気に春菜の些細な不平不満を増幅し、仕掛けていった。

転生者達も大半は『黒井真穂』の能力で精神を壊して香取奈美の契約は成立した。


瀧春菜はそんな『黒井真穂』に、今、慈愛の目を向けていた。

「やめろ!私はそんな目で見られるためにあんたを陥れたわけじゃ無い!」だが、『黒井真穂』の叫びは、春菜の優しい抱擁で霧散してしまった。

聖女神の魂替えの能力は不発に終わった。

「…ごめんね、ボクはやることがあるから…」そう言って春菜は『黒井真穂』を風で包み、抱擁を解いた。

「チクショウ…」『黒井真穂』は悔し涙を流して気を失い、百貨店の屋上から落ちていった。


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