第16話 風の三姉妹の戦い 1
那古駅周辺の騒乱は、収束に向かいつつあった。
謎の「ロボット」が暴れて被害を出した。死者二十七人、負傷者一八〇人以上。
「……何でロボットなのよ…頭おかしいと思われるわ」北野宮瀬奈はそう吐き捨てて装甲車の車体に身体をもたせ掛けた。
瀬奈は今一人でいる。部下は後始末と県警、消防とのやり取りで忙しい。
そして一人でいるのは理由があった。
「まあ、もう少しでこの騒動も『緩和される事』になる」瀬奈のすぐ側に黒いローブを纏った佐倉と、白いローブを纏ったエリカが現れた。
「…上手くいけばでしょ?」「……」瀬奈の言葉に佐倉は口を真一文字に引き締めた。それを見た瀬奈はため息を吐いた。
「特異係の存続がかかってんのよ。貴方達が行って梃入れしたほうがいいんじゃ無い?」「そうするとこの世界は致命的な齟齬で崩壊しかねません」エリカが和かにそう説明した。
「……強い力が世界を捻曲げるとか…私じゃ無ければ与太話よ」「主上には感謝してる。北ノ内親王殿下」「ったく…」瀬奈はそう言って大きくため息を吐いた。
輸送機の中はかなり煩く、機内会話用の大きなヘッドセットが無いと会話もできなかった。
現在姉妹達は貨物室に設えた座り心地最悪のベンチに座って、揺れてる中でも平然と貨物室に立っている舞の話を聞いていた。
「春菜を狙ってるやつは春菜と同じ学校へ行っている女子。ただ、中身が異世界からこっちに転生してきている。細かいことは終わってから話すけどいいね?」
姉妹達は舞の説明に頷いた。
「で、コイツはある程度の時間をかけて自分の術に引き込む。春菜はこれに引っ掛かった」「どんな術?」雪が片手を上げて聞く。
「対象の不審、不満を大きくさせて悪夢に陥れる精神攻撃」「せーしんこうげき?」「要は何もやる気が出なくなるようにする事。ただ、私が言うよりエグい事してるみたいだね」季璃の質問にそう返して右手を腰に当てる。
「…じゃあ春ねえは?」「…心が壊れてるかもしれない」それを聞いて晃が心配そうな顔をした。
「あとは連中が向こうから持ってきた魔法人形だね。あらゆる死体を加工して命令者の言う事を聞く厄介なやつだ」「…でもそいつらを蹴散らさないと春ねえを助けられない…」「そう」晃の意思が籠った言葉に舞は大きく頷いた。
「更に言うと相手は向こうの柱…聖女神とか名乗ってたクズだな。そいつから魂替えの術を奪ってるらしい。そいつの目的は春菜の身体を乗っ取る事だ」
舞の言葉に季璃は泣きそうな顔になり、晃は怒りの表情になり、雪は冷徹な表情で考えた。
「そうする為には連中の世界と短時間でも繋がる『裂け目』で術を使わないとならない。それがあんた達が降りるところになる」三人は真剣な顔で大きく頷いた。
「予定空域までもう少しっす」横に立っていた堀がそう伝えた。
「よっし!あんたらは兎に角春菜を助けてくる!いいね!」舞が大きく手を叩き、姉妹は準備を確認した。
「…了解です…夏葉、撤退するよ」「…終わった?」「ここいらはね」それを聞いた夏葉は持っていた対物ライフルの分解を始めた。
「うまくいくといいな」「…そうだね、やることはやった」「大丈夫かな」「…大丈夫さ」「……」姉弟は取り止めもない事を言い合って撤収準備をする。
やがて準備が終わると荷物を偽装した鞄を持ち合ってビルの屋上から降りていく。
「…俺たち助けに行ったほうがいいかな?近くだし」「駄目。あの子らで何とかしないと」「……」「後悔してるの?」「いや、俺たちがやらないとこの世界が消えちまう」「…っぷ!」「なんだよ…姉貴、笑う事ないだろ…」「…ハハ…ごめんごめん。…ま、あんたの趣味がこの世界を消滅させないモチベーションならいい事じゃないか…くく…」「…ま、妹達が心配なのも事実だぜ」「わかってるよ」冬菜と夏葉の姉弟は、地上に降りると未だ混乱する街の中に紛れ込んだ。
再開発が進む那古駅周辺は、古いビルが取り壊され、地下街も整理し直されている。
しかし、この中でも古くから残る百貨店ビル。
昔から無数の人が駅に集まり、この百貨店で思い出を残す。
その人の思い出は時が記憶し、今も記憶が積み重なっていく。
なればこそ、黒井真穂の『儀式』の場所として選ばれたのである。
黒井真穂は軽い足取りで百貨店の屋上へと、魔法人形と上がってきた。
かつては屋上遊園地や軽食が食べれる店などがあったが、現在は屋上ガーデンとして存在している。
昔はたくさん居た老若男女の客も余り客は居らず、今は下の騒動で避難指示が出て黒井真穂と心が壊れた春菜しかいなかった。
黒井真穂はこの世界に聖女神によって転生させられた異世界侵略の尖兵だった。
元の世界で死んだ彼女は、この世界に生まれ変わったのだが、それはこの世界の人間を籠絡し、元の世界に送り込むという役目を与えられていた。
好んでやっていたわけではない。
だが、自分を生き残らせる為に、やっていた。
聖女神は彼女に隷属の烙印を押してこの世界へと魂を飛ばしたのだ。
だが、通う学校であの香取奈美に会った。
あのセンスが皆無な女は彼女に取引を持ちかけた。
この世界に送り込まれている聖女神のスキル持ち転移者を売って欲しいと。
隷属の烙印の効果を消し、消された事を聖女神にバレないような隠蔽もした。
そして、同じ学校に通う、黒井真穂にとっては眩しい少女、瀧春菜。
彼女は実は聖女神にとっては優先攻略対象だった。
今はまだ力を発揮できていないが、この世界でも有数な能力持ちだったのだ。
聖女神は春菜を自分の世界に連れ去り、その身体を乗っ取ってしまおうとしていたのだ。
だが、彼女の家族達やこの世界の護人達に尽く阻止されていた。
送り込んだ勇者級の能力の持ち主も手も無くやられていた。
それを知った黒井真穂は、香取奈美の提案に乗った。
黒井真穂の持つ能力、『ナイトメアループ』により、この世界に送り込まれた転生者の大半の精神を崩壊させた。
聖女神の計画が進展しないことに苛立って連絡してきた時に香取奈美から手渡されていた、魂魄封印の小刀で聖女神の能力、魂替えを奪っていた。
これは自分の魂を別の人間に移す能力だった。
聖女神は強い人間をこの能力で肉体を奪い、永い時を生き続けてきたのだったが、黒井真穂によって能力を奪われて肉体が消滅した。
焦っていたのは今の肉体が限界だったからだ。
強い人間でないと永い間生きていた聖女神の魂が耐えられないからだった。
その後、壊れた転生者を集め、魂魄封印の小刀で香取奈美は転生者達の能力を奪い、取引は成立した。
聖女神の能力を封じた珠は黒井真穂が所持している。
香取奈美から儀式の場所も聞いて今、ここにいる。
聖女神の能力を使う時に珠を破壊すれば時空の集積するこの場所であちらの世界と一瞬繋がるので、それで黒井真穂に強力な肉体が手に入るのだ。
屋上にある機械室の上に魔法人形と移動し、この世界でより良く生きる為の儀式を執り行う。
春菜の上着を剥ぎ、その首の付け根に自ら傷つけた人差し指に流れる血で標を付ける。
そして、黒井真穂も同様に上着を脱ぎ、標を付けようとした時、恐ろしく低いエンジン音が近づいてきた。
周囲でも低いビルの屋上から見上げると、黒井真穂は唖然とした。
青色に塗られた不恰好な大型の飛行機がこのビル街の隙間を突き進んできたのが見えたからだった。
「清澤!警報が煩い!」「喧しい!こんなとこ飛ぶなんてイカれてるぞ!」「はっ!エース様でも怖いのかい!?」「俺が操縦してるのならどうってことない!」副操縦席で低高度警報のスイッチを無理やり切断し、因幡航空パイロット、護人の一人清澤は乱気流が渦巻くビル街の隙間をLM一〇〇で突っ込むこの仕事仲間の技量に舌を巻いていた。
女とは思えない度胸と操縦技術は彼がかつて所属していた軍組織では希少だったろう。
これだからコイツらと居るのがやめられない。
「堀!もうちょいだよ!」「了解っす!いいっすか!みなさん!」降下点が近づいた合図で、因幡航空機関員兼整備士兼ロードマスター、護人の堀はこんな少女達がギリギリまで高度を下げていても飛び降りる事が信じられなかった。
「堀さん!大丈夫!」三人が顔を見合わせて頷き、代表して晃が答えた。
あの戦争でもこの娘たちくらいの子供が沢山死んだ。
整備士だが、飛行場は爆弾の雨が降ってきた。そして近くの街にも。
「ドア開けるっす!」『あいよ!』堀はサイドドアの開閉ボタンを押すと、ドアが開いた。彼女達の鮮やかな色合いの髪が靡く姿は幻想的だった。
『三、二、一!』「ようい!降下!降下!」堀の合図で彼女達はハーキュリーズから一斉に飛び出した。
ドアを閉め、「降下完了!」と告げると機体が上昇する感覚があった。
堀は彼女達の無事を祈った。
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