第14話 ある少女、瀧春菜の試練 2

那古駅に装甲車で乗り付けた北野宮瀬奈は、ドアを開けて外へ出る。

「部長!危険です!」「喧しい。…現着した。部隊の展開は?」部下の声に罵声を浴びせながら携帯電話で連絡する。

周囲はあちこちに黒色のソフビロボット…魔法人形大が数体、道路の車両に太い腕を叩きつけている。

全ての車両の運転手や同乗者はパニックとなり、車から慌てて逃げている。

そこにグレーで塗装された装甲車が何台も近づいて停車し、中からプロテクターを身に纏い、短機関銃を構えた人員が降車し、魔法人形大に射撃を浴びせる。

効果は余りなさそうだが、彼らの任務は市民の避難、ただ一点だった。

無数に弾丸を浴びせると、魔法人形大も煩わしく腕で防ごうとする。

だが、足が止まらない。弾丸を浴びせる連中にゆっくり近づくが、いきなり魔法人形大の片足が

膝から千切れて怠慢な動作で倒れ、胸部に大穴が開いて破片となって崩壊していく。

同様に駅前の道路に出ていた魔法人形大は次々と消滅していった。

「…銃声が聞こえない狙撃だと…?」「ご丁寧に場所も特定できないようにしてるんだろ?一班残して警戒!県警の警備が来るまで待機!…派手にやってくれるわね…」部下の言葉に応えつつ次の指示を出す。

「部長!西側の班が交戦中!増援を求めています!」「了解。第三班を回せ。次に行くぞ!」北野宮瀬奈、皇宮警察警視正、特異係部長は部下に指示を出して装甲車に乗り込んだ。



捻れたデザインの奇妙な形のビルの上は割と風が強かったが、風を読むのは夏葉の得意とすることだった。

持っていた対物ライフルのマガジンを外し、新しいマガジンを付け直した。

横では姉の冬菜がスマホで連絡していた。

「夏葉、次は駅西だよ」「狙撃ポイントは?」「とりあえず掃除済み」「了解」冬菜はスマホをポケットに入れてボタンをはめる。腰に捩じ込んだ日本刀の位置を直すとポケットから指輪を取り出して右手人差し指にはめる。

「行くよ」冬菜がそう言って指輪の力を解放すると、瞬く間に駅西を見渡せるビルの上に移動していた。

「しかしとんでもない道具だな…。これを幾つも持ってるっていうから…」夏葉はそう言って周囲を見渡した。

「乱用は出来ないからね」冬菜は指から崩れ去る指輪を見て、周囲に気を配る。

ここでも魔法人形大が現れて怠慢な動きで暴れ回っていた。

あの夜に二人で仕留めたソフビ人形より大きかった。

冬菜のスマホが鳴った。ポケットから取り出して通話ボタンを押す。

「北野宮さん?こっちはポジションに着いた。…了解」通話を切るとまたしまった。

「宮特の車両がもうすぐ来るからさっきと同じで」「おう。…しかし公務員も大変だなあ…」「異世界対策は先手取られがちだからね。目に見える功績あげないとこちらも面倒臭いことになるらしいよ」「へえ。…春菜、大丈夫かな…」「…信じるしか無いね」「だな…」夏葉が呟くと装甲車両が勢いよく現れて、魔法人形大を跳ね飛ばして中から装備をまとった人員が降りてきた。

「よし、頼んだよ」「了解」夏葉は対物ライフルを構えて、裸眼で照準をして引き金を絞った。

特大のサプレッサーが発砲音を消し、反動を夏葉は体幹で受け止めた。

「ヒット」淡々とした夏葉の声は街の喧騒と悲鳴、短機関銃の発砲音に紛れた。



未だ混乱している地下街を春菜は歩いていた。

既に警察もきているようで、避難誘導されている。

だが、春菜はこんな事態を引き起こした黒井真穂を見過ごすことは出来なかった。

途中で魔法人形の被害者を見てしまったからだ。

怪我人だけでなく、死者も見ているが春菜の心のうちにあるのは憤りだった。

彼女の言っていた異世界などという戯言も受け入れてしまっていた。

だが、春菜はそんな状況でも、ただ黒井真穂を停めるという意思で行動していたのだった。


春菜は身についた体術で俊敏に動いていた。

地下街の狭い通路でも、避難者の確認をしている警察官や警備員がいれば、素早く動いて店舗の什器の影に隠れたりする。

そして、人を襲う魔法人形を見つければ素早くうち懐に入り、どうやら弱点である胸部を主に蹴りで打撃を加えて退治していく。

助けられた人は呆気に取られるが、春菜は気にすることもなく、出口近くに警察が来ていることを告げて素早くその場を離れていく。


那古駅の地下街はまるで迷宮のようだった。

数回、それも小学生の頃に両親と来たことがあるだけであり、近年の再開発であちこちが変わっていたりする。

それでも変わらないところもあり、古い百貨店のあたりは目にした記憶があった。

「てぇぃっ!」気合い一閃で五体目の魔法人形を撃破する。

初めて目にする異形であるのに、忌避感も無く退治していくのは傍目からも異様である。

地下街の中はすっかり人気はいなくなっており、地上に続く階段からは外からの喧騒と混乱が聞こえて来る。

「…どこいったのさ…」少し苛立ちながら春菜は呟くが、ふと動いている登りエスカレーターが目についた。

他のエスカレーターは停止していたが、これだけは稼働していた。

「……誘ってる?」春菜は訝しんだが、否応も無い。

そのエスカレーターに乗り、瞬く間に駆け上がって一階に着く。

すると二階へ向かうエスカレーターも稼働していた。

眉を顰めてまた駆け上がる。

三階へのエスカレーターは動いていなかったが、レディースファッションの売り場だろう、三階は店内の照明が煌々としており、見本の衣装を着たマネキンが売り場のあちこちに立っていた。

止まっているエスカレーターから上の階を覗くが電気が消えており、この階に誘い出してるのだと理解した。

黒井真穂の思惑に乗るような気もしたが、彼女に会わなければならない。

春菜は意を決して三階の奥へと向かっていった。


服を着たマネキン、什器に吊るされたり置かれたりする服。

老舗百貨店の中だが、綺麗に整えられていた。

周囲を伺いながら進む。咄嗟にしゃがんだ。

横にいたマネキンがノータイムで春菜の頭を薙ぎ払いに来たが、腕が動いた空気を感じて避けたのだった。

「のっ!!」避けた時に突いた手を支点にして、腕、肩、身体、腰を捻って足の先端に威力を込めてマネキンの胸を蹴る。

乾いた音がしてマネキンが倒れた。

その勢いを維持してバク転の要領で立ち上がり、更に多数近づいて来たマネキンの胸を蹴りで破壊していく。

回し蹴り、側刀、ソバットと春菜の身体で最もリーチのある脚を自在に使って行く。

七体目のマネキンを撃破したところで新手は出てこなかった。

「…ふう」残心を残した状態で初めて呼吸をする。

見れば上階に上がる階段の電気が点いていた。

「あからさまだよね…」少々呆れて一応倒したマネキンを見やる。

「…やだ…季璃の服に似てる…」最後に倒したマネキンは仰向けに倒れていたが、妹の服に似たような服を着ていて気分が悪くなった。

春菜はそのマネキンから無理矢理目を離し、敢えてゆっくりと階段を登っていった。

階段を登って行くと、四階、五階は防火扉が閉められていて、さらに登って行くしか無い状況になっていた。

六階へと登ると、そこは照明が灯っていた。

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