第13話 ある少女、瀧春菜の試練 1

春菜は自転車では無く、徒歩で出かけた。

何気なしにいつもの神社に向かう。

入り口の鳥居に小さな本殿まで並ぶ左右の石灯籠、枯れた手水、鬱蒼と茂る雑木林、乾いた地面は以外に石ころは少ない。

本殿まで歩いていくがいつもならシンマの妨害が次々と出て来るのだ。

本殿の前には低く石垣が積んであり、その上に木造の舞台があった。

春菜はそこまで歩くと本殿に背を向けて舞台の端に座った。

静かだった。

しかし、春菜の耳には風が立てる音が心地よく聞こえて来る。

暫くそこでぼうっとしていた。

こんなにのんびりな朝は久しぶりだった。

春の空気は清浄で、緑の息吹を感じる。

そして、色とりどりの…が目を楽しませてくれるから春菜はこの季節が好きだった。

「あれ?ボク、この季節が好きだけど…何かが…」ふと沸いた違和感。

枯葉の代わりに緑が芽吹く木々。

しかし、何かが足りない。

一体なんだろう?

首を捻った春菜はそんな事を思ったがどうにも思い出せない。

「…ま、いいか…」そう呟くと、春菜は南へと歩き始めた。



地元には一応電車は通っている。通ってはいるが非常に使いにくい。

那古駅には行けるが、路線が大きく湾曲しており、長くて運賃が高い割には時間がかかるのだ。

だから中学生以上になると、この辺りの子供は南側の少し離れた国営から分割民営化した鉄道か、もう一つの関西の私鉄を利用する。

真っ直ぐで早く、若干運賃が安いからだ。

テクテクと歩いた春菜は駅に着くと、懐から音楽プレイヤーを取り出し、イヤホンを耳につける。

再生ボタンを押すといつもの曲に心が落ち着く。

ホームから少し離れたベンチに腰掛け、目を瞑り音楽に身を委ねる。

浮遊感がある曲は春菜の心に安堵感を与えるようになっていた。

いつしかそのメロディを口ずさむようになり、そうする事で最近の沈んだ気持ちが晴れていくのだ。

暫くすると電車が来るというアナウンスが聞こえた。

春菜はイヤホンを外し立ち上がる。

自分に心地よい風が纏わりつくようだったが、電車が入って来るとその風と合わさり一瞬の無風となる。

電車が停まると直ぐにドアが開き、春菜はそれに乗り込んだ。

ドアが閉まり、電車がゆっくりと動き出していく。

やがて加速して電車は目的地へと向かっていった。


駅のホームにいた人たちは、電車が過ぎ去った後、大きく安堵の息を吐いた。

そして口々に、「さっきの突風凄かったね」と言ったのだった。



那古駅は人が多い。

土曜日の朝でも駅に遊びに来る人、ここで待ち合わせて空港まで行く人、新幹線に乗る人などでごった返す。

春菜はその雑踏の中を待ち合わせ場所へと向かう。

地下街にあるコーヒーチェーン店であるが、春菜は勿論そんな店に行ったことはない。

奈美が渡した猫のキャラクターの便箋に書かれた地図を頼りに向かう。

到着すると思いの外空いていた。

人気店らしいので入店に手間取ると思ったのだった。

春菜はカウンターで戸惑いながらもカフェラテ(カフェオレと言って、店員さんに訂正された)を注文し、その場で渡されて空いてる席に座ってちびりと一口飲んだ。

少し眉を顰める。

母の淹れてくれるカフェオレの方が美味しかったからだった。

「おはようございます、瀧さん」そう言われて顔を向けると、そこには左手に生クリームがたっぷり乗ったカップを持った黒井真穂が立っていた。

「奈美が言ってた相手って貴女ですか?」「はい、そうです」春菜は少し困った顔をした。

奈美から聞かされる『相手』というのは、大体が男だったからだ。

女相手というのはどうすればいいのかわからなかった。

逡巡してる間に対面の席に真穂が座った。

「…多分あなたが思ってるようなことではないわ」「……へ?」真穂は生クリームたっぷりのカップの中身をストローで二口ほど飲んだ。

「少しお話ししたいだけ」「………」「そうね…あなたの家族について」「…どういうこと?」春菜の心臓が少し跳ね上がった。落ち着かせるために一口飲み物を飲む。

「あなたの家族、人殺しよ」「…何を馬鹿なことを」春菜の目が座った。

「…そうね…私の事を話した方が早いかしら。私はね、この世界の人じゃあ無い」真穂の言葉に春菜は立ちあがろうとした。しかし、続く言葉に身体が止まった。

「私たちはこの世界に逃げてきて、あなたの家族とお仲間に一緒に逃げてきた仲間を殺されたわ」真穂の語り口に春菜は思わず息を呑んだ。

「……あなたに隠し事してるでしょ?」「!?」「それはあなたが何の力も持ってないから家族は黙ってるのよ」「適当な事を!」「服」春菜はその一言で身体が震え始めた。

「妹たちには服を作ってあなたには作ってない」「それがなんの関係が!」春菜はカップをテーブルから落とした。

「あなたの母親の作る服。特別な力を持っている子に力を与えるんだって」「誰がそんな事を!」「あなたをここに呼んだ人」一体何なのだろう?突拍子もない事を続け様に言われており、このまま立ち去っても文句を言われる事ではない。

だが、真穂の一言一言が春菜に突き刺さる。春菜は思わず深呼吸して息を整える。

「…それで?あなたがこの世界の人ではないって?」「私の世界はあなたの両親の息がかかった連中に滅ぼされたの。私はそこから逃げてきた」「…それで?」「私がここで生きていくためにはある事をしなければならない」「一体何を……」地下街にいきなり轟音が響いた。




「わあ!大きいね!」県営空港内の因幡航空の格納庫内に、季璃の大きな声が響いた。

格納庫内には四発のプロペラ機、LM―一〇〇Jがあった。

隣の晃と雪も大きく見上げていた。

「…ま、まいしゃん?本当にコレで?」晃は恐る恐るという体で指を飛行機に指す。

「そうだよ」「あははあ…」舞の断言に晃はガックリと肩を落とした。

「で、こっちが副操縦士の清澤、機関士兼ロードマスターの堀だ」舞が紹介した中年男二人、清澤は角刈りで逞しい身体付きだが、不満そうな顔をしている。堀は丸眼鏡を掛けた線が細い男だが身体の芯は強そうだった。

二人とも革のフライトジャケットを着ている。

「…清澤だ…」「堀っす。あ、清澤さんは自分がメインじゃないから機嫌悪いだけっす。気にしないでもらえると助かるっす」「は、はあ」季璃は中型輸送機をしっかりみようと、歓声を上げながらあちこち移動し、雪はしきりにタブレットで情報収集していたので晃が挨拶をしなくてはならなかった。

朝、春菜が出かけた後に彼女たちは起き出して、支度をして父の運転する車でここまで送ってもらったのだった。

「まあ、大丈夫!私が運転するんだからね!」舞はそう言って右手で力こぶを作った。

「…じゃあ、頼んだ」清澤と堀に声を掛けていた将が、舞に真剣な目を向けた。

舞はその目に対して将に拳を突き出し、将は拳を合わせた。

「よおし!あんたら!出撃準備するよ!」「うっす!」「………」舞の合図で三人は機体へ乗り込んでいった。

「……晃」「何?」晃が父を振り返ると、刀袋を手渡された。

「お前のだ。大事に使え」「……うん。出していい?」父が頷くのを見て、晃は刀袋から一振りの鞘に収まった幅広の脇差サイズの刀を取り出した。

柄は白い革紐を巻き、鍔は厚みがある長方形、鞘は濃い灰色だった。

柄を握ると手に馴染み、鞘を持って引き抜くと静かに刀身が現れた。

日本刀ではなく、西洋剣の所謂ショートソードより短い造りで両刃だった。

刀身は白く輝くようだった。

持っている晃と、雪、季璃も思わず見惚れた。

「晃龍。その刀の銘だ。お前にしか使えない」「……うん……」父の言葉に晃は神妙に頷いた。

「それと……」父はもう一振りの刀袋を差し出した。

「晃が持っていってやれ」「うん」晃は神妙にその刀袋も受け取り、袋に付いていた紐で背中に背負った。

「雪」「…うん、持った」雪はそう言って背負っていたディバックを揺らした。

「季璃」「きりちゃんたちがんばった!」「結果を出してくれ」「うん!」季璃はにこやかに頷いた。

父は娘たちを見ると出口へと足を向けて、左手を掲げた。



「今の音は…」春菜がそう言うと真穂が乾いた笑い声を上げた。

「今のも何も私が仕掛けた事よ」「…あなた中学生でしょ?!」「はは…そんな事関係ないわ。私は私の目的を果たすだけ」そう言うとポケットから缶コーヒーほどの大きさの物を取り出すと、店内に放り投げた。

先ほどの轟音に店内は軽くパニックになっていたが、その缶コーヒー大の物が突然黒い人形のようなモノに膨れ上がったのを目撃した客が大パニックに陥った。

我先に出口へ殺到し、悲鳴が上がった。

黒い人形のようなモノはヒョロリとした人型で、両手が長く脚がやや短い。手の先には三本の長い爪が伸びている異形さは中に残った客や店員の混乱を冗長させた。

「…何あれ…何なの!?」春菜は真穂を振り返って大声で聞いた。

「私の世界の魔法人形。人を依代に精製した殺戮マシンよ」真穂は薄ら笑いを浮かべていった。

「殺戮…マシン?」「そうよ。アハハ!これで私が別の世界の人間って理解したでしょ?」真穂がそう言うと魔法人形が出口でパニックになっている客たちにゆっくりと近づいていく。

出口付近に小さな女の子が、黄色いネズミに似たゲームのキャラクターのぬいぐるみを持って泣いており、母親が必死にその女の子を守ろうと抱きしめていた。

そして、魔法人形がその親子に向かっていった。

春菜は無意識にそちらへ向かって駆け出した。

「アハハァ!やっぱり行った!あなたのそう言うところが大嫌い!」

魔法人形がその長い手を振りかぶると、母親が押し殺した悲鳴を上げる。

春菜は瞬時に駆け寄って、その間に割り込んで左脚を大きく振り上げて鋭い三本の爪が伸びた手を蹴り上げた。

「ふっ!」そのまま左脚を降ろした勢いで右脚で勢いよく蹴り上げて、魔法人形の頭部を蹴り抜いた。

魔法人形の頭部は蹴り抜かれた方向へ大きくズレる。

「逃げて!」春菜は親子にそう叫ぶと、母親は泣いている娘を抱き、怯えた顔で春菜に頭を下げて出口へと小走りに向かった。

春菜は首が垂れ下がったままだがまだ動く魔法人形を見る。

「っこの!」そう言って胴体に三度高速でキックを浴びせ、よろけたところを胸の中心に左脚裏を叩きつけるようなキックで吹っ飛ばすと何かが割れる音がした。

魔法人形はテーブルや椅子を薙ぎ倒して壁に叩きつけられて、尻餅をつくように腰が落ちるとジグソーパズルのような破片が崩れるように崩壊して消えた。

「…はあ…はあ…一体何なの…!?」春菜は真穂が言った事が嘘では無いかと思いつつ、今倒した怪物がこんな消え方をする事に驚愕する。

「ふふ…やるじゃ無い…」「黒井さん!」「私はこの辺りに何体か魔法人形を置いてきたわ」「一体何を…」「さっきの爆発音もそう。今頃この辺りは大変な事になってるでしょうね」うすら笑いを浮かべる真穂に春菜は走り出したが、真穂は青白い光の壁に包まれ、春菜はその壁に弾き飛ばされた。

「あうっ!」「まあ、止めたければ私を倒しなさいな」真穂はそう言ってその場からかき消えた。

「はあ…はあ…!」春菜は拳を荒らされた無人のカフェのカウンターに叩きつけた。

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