第12話 揺れる少女、瀧春菜の変わっていく日常 2

それから春菜は朝と夕方に鍛錬をし、妹たちは毎日フラフラになっていた。

姉と兄は顔を合わせたり合わせなかったりで、理由を聞けば出張に出てる父の穴埋めで忙しいらしい。

で、父といえば何処に出張に行ってるかはわからなかった。

あの日以来、日常に変化が出たと春菜は感じていたし、家族を思う気持ちと、自分を慮ってる気持ちもあるが、やはり心の奥底には何とも遣るせない気持ちもあった。


金曜日、朝の鍛錬を終えて教室へ入ると奈美がニヤニヤ笑いながら入ってきた。

「おはよー春菜」「おはよう奈美」奈美は春菜の前の席の椅子に後ろ向きで座った。

「春菜、明日の土曜日ちょっと付き合ってくれる?」「何処に?」「那古駅」春菜は首を傾げた。目は理由を教えて欲しいと聞いていた。

「どーしてもあんたに会いたいって人がいるんだ」春菜は訝しげな顔をした。

「まあ、今までの件の借りを返してくれると思ってさ」そう言われると春菜も否は言えなくなる。

「…分かった。詳しく教えて」それを聞いた奈美はニンマリと笑って、猫のキャラクターのファンシーな便箋を取り出して春菜に渡した。

「詳しいことはこれに書いてあるから。じゃねー」そう言って奈美はサッサと教室を出て行った。

ため息を吐いた春菜はその便箋を鞄にしまった。



花鳥風月の店内では、秋華が出来上がった服をトールソーに着せてチェックしていた。

彼女はその出来栄えに満足の息を吐いた。その時、店の扉が開くときに鳴るベルが涼しげな音を立てた。

「あら、いらっしゃいませ」「おじゃましまーす!」「どうも。出来上がったと聞いて…昨日来るつもりだったのですが…」店内に入ってきた親娘に秋華はにこやかに対応した。

「大丈夫ですよ。今お持ちしますね」秋華は先月に親娘が注文した娘の服を店の奥へと取りに行った。

「わあ!まま、きれいなピンク!」「あら本当。きれいなピンクね」「その色は桜色って言うんです」親娘の会話に入るように秋華が服を持って説明した。

「さくら色?」「てんちょうさん、さくらってなに?」「うーん、もうすぐ観れるかな?観ればきっと分かるわよ」秋華はそう言って服を丁寧に広げて親娘に確認させた。

「ありがとうございました」ご機嫌で帰っていく親娘を笑顔で見送って、秋華はトールソーの服をチェックしていく。

家族全員の体のサイズは全て秋華は把握している。

そうしてるとまた花鳥風月のドアが開いて涼しげなベルが鳴る。

「おかえりなさい」「……ただいま……」将がのそっと店に入ってきた。

身体のあちこちが薄汚れているが、秋華は構わずに将に抱きついた。

「お疲れ様…」「悪いけど…仕上げ頼むよ…」将はそう言って刀袋を秋華に差し出した。

秋華がそれを受け取ると、将はその場にへたり込んでしまった。

「大丈夫?将…」「義姉さんが偶には顔を見せろってさ…」「…元気だった?」「……うん。義姉さん、寂しく無いってさ…でも、もう連れてくるなって…」将は少し哀しそうな声でそう言い、秋華はそれを聞いて膝をついて将を抱きしめた。

将の目にトールソーが纏う服が目に入った。

「ごめんなあ…春菜…俺も秋華もお前を普通の娘にしてやれない…」夫の呟きに妻は抱きしめる力を強くして応えた。



家から南西側、少し離れたところに休耕してる田んぼがあった。

割と広いそこは、現在局地的な暴風に見舞われていた。

「うきゃあああ!」季璃が悲鳴を上げながら自ら発した風をまともに受けて吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がっていく。

「まだ練りが足らないねぇ」強い風を受け流し、季璃に返した舞がニヤリと笑って言う。

「うりゅりゃあああ!」木刀を握った晃が低い姿勢で舞に肉薄する。

「甘い」横合いから冬菜が無手で晃と舞の間に割り込み、木刀を突き出した形の晃の手首を掴むと軽く引っ張り「にゃあ!?」晃の身体を肩に軽く乗せてクルリとその場で回り晃を元の位置の方に放り出した。

「にゃああああ…ブヘ!」見事に背中から落ちた晃は踏み潰されたカエルのような声を上げた。

「あだ!あだだ!」晃がその場で背中を押さえて七転八倒していると、雪が近づいてきて「むごっ!?」いきなり口付けした。

晃は両手両足をバタバタとさせ、一分くらいすると雪がようやく唇を離した。

「プアッ!ちょっと!雪菜!いきなりはやめてって言ったでしょっ!!」「…うふふ…でも治ったでしょ?」紅い瞳を薄紅色にして雪は妖艶な笑みで晃に微笑みかけた。

「も“み”に“ゃあああああ」季璃が転がって行った方から凄まじい悲鳴が聞こえた。

見れば口を押さえて地面を転げ回る季璃が見えた。

「おーい雪菜。その療風使ってもいいけど…バテるなよ?」右手でステンレス製のボトルを弄びながら舞が悪魔の笑みを浮かべながら近づいてきた。

双子は同時に口からヒュッと声を出した。

「舞さん、季璃はちょっとかかるよね?」「んー五分くらいかな?」「じゃあ、雪と晃で行こうか」冬菜の実に楽しそうな顔を見て双子は互いを抱きしめ合った。

「と、とりあえずわたしがオフェンスで!」「…う、うん…私が…え、援護する…」双子はそう言って立ち上がり、晃は木刀を構えて、雪は歌を唄って準備をした。

すると双子の周りに風がクルクルと回り始めて、互いの髪の毛を風が弄ぶ。

雪が両手を冬菜と舞の方へと向けると風が一斉にそちらへ向かい、同時に晃も飛び出す。

晃の背中を押すように吹く風に逆らわず、冬菜へと迫る。

後方で舞が面白そうに口を吊り上げて何事かを呟くと、向かってきた風が押されるように留まった。

そのタイミングで晃が歌を唄うと晃の紅い髪の毛が踊るような風が周囲に吹き、すぐに跳躍すると押し返された雪の風と踊るような晃の風が絡み合い、晃を舞い上がらせる。

「!っ無茶する!」冬菜がそう言って自分の淡い紫紺の色のポニーテールが靡く中、身構える。

「うにゃああああああ!」晃がその風に乗って勢いよく木刀を振りかぶりながら落下してくる。

「冬菜」舞の声にその場に止まると、自分の周囲に空気の壁のような物が纏わり付いた。

その纏わり付いた物が晃が変化させた風を受け止めると、竹刀が立てるような音が響いた。

「……やるじゃん」冬菜がニヤリと笑ったのを晃は見て背筋がゾクっとした。

慌てて晃は風を『蹴って』後ろに飛び退いた。

着地した瞬間、「はれ?」と尻餅をついた。横を見ると雪が膝に手をついて荒い呼吸を繰り返した。

「まだまだ体力のペース配分がなってないねぇ」舞は嬉しそうにボトルを取り出したが、雪と晃には悪魔の笑みにしか見えず、二人は慄いた表情で抱き合って怯えた。


「やー、まだまだだねえ」白目剥いて互いに座り込んでもたれ掛かってる三人を見て舞は手持ちのボトルを確認していた。

「……やっぱり負担が大きいですね」「仕方ないかな」冬菜の心配そうな言葉に舞はさらっと返した。

「……ねえ…舞さん、なんで仕方ないの……?」晃が息も絶え絶えに聞く。

「まだ世界が咲き誇ってないから」舞が肩をすくめて言う。

「あんたたちの風呼び、まだこの世界が認めてないんだよね…」「………」「理由はわかるよね?」「…うん」

少し悲しそうな顔をして晃は頷いた。

冬菜が晃に近づき抱きしめた。

「冬ねえ…?」「ごめんね…こんな力持っちゃって…」「…ううん…あたしも雪も、季璃も納得してるよ…」

冬菜は晃を抱きしめる力を少し強くした。

「さて、あんたたち、舞姉さんお手製の回復ドリンクいる?」その言葉に雪と季璃もガバッと目を覚まし、晃も加えて首を勢いよくブンブン振り回した。

「も、もう大丈夫です!」「…これ以上飲んだら支障が出る…」「きりちゃんおなかいっぱいかな!?あははは!」三人の言葉を聞いて苦笑した舞は、田んぼの向こうに手を上げた。

すると外の音、車や遠くを走る電車の音などが聞こえ始めた。

「今日はここまでですか?」そう声をかけてきたのはエリカだった。

「うん、終わり。じゃあ帰ろか?」「はい。では、皆様また」「お疲れ様です」「ありがとエリカさん」「……」「またねー!」離れていく二人に姉妹たちは挨拶し、手を振った。

エリカのコンビニに寄って欲しいという言葉が聞こえ、彼女たちも空腹であることを自覚し、家へ急ごうということになった。



帰ってきた頃には日も暮れて、駐車場に防犯で付けているセンサーライトが春菜に反応して光る。

お店もすっかり店仕舞いしており、春菜は階段を登って玄関を開ける。

「ただいまー…」「おっかえりぃ!はるなちゃん!」「ぶにゅ」わずかな隙を突かれて春菜は季璃に抱きつかれその大きな胸に顔を埋める形になり変な声を出してしまった。

「…はあ、ただいま」そう返すと色々大きな末の妹はニコニコと微笑んだ。

「ご飯できてるよ!」その言葉に春菜は鼻をくすぐる匂いに気づいた。

「ちらし寿司?」「うん!」春菜の好物だった。

玄関脇にカバンを置き、洗面所でうがいをして手を洗ってからダイニングに行った。

今夜は全員久しぶりに揃っていた。

長机の台所に一番近いところに母の席があり、その隣順番に父、姉、季璃の席があった。

反対側は、母の前から雪、晃、春菜、兄の順番だ。

テーブルには人数分のちらし寿司がそれぞれの席の前に並び、かき卵の吸い物、ブリの照り焼き、ほうれん草のお浸しなどが大きめの皿に二つずつ盛られていた。

家族がみんな自分を見て、「おかえり」と言ってくれた。

ちょっと恥ずかしげに「ただいま」と言ってから春菜も自分の席に着いた。

「いただきます」父の言葉で夕食が始まった。


「お母さん、明日那古駅に行って来るね」

食後に温かいほうじ茶を飲みながら春菜は明日の予定を母に伝えた。

「何時から?」「向こうに十時くらい。友達と」春菜は行く理由は少しぼかした。

「分かったわ。電車賃ある?」「うん」にこやかに聞く母に春菜は頷いた。

「……まあ気をつけて行っておいで」「あ…ありがとう…」父がそう言いながら笑いかけたのを少し驚いて返事をした。

春菜は父が笑ったのを初めて見たのだった。

それから少しの間、家族で団欒をした。

父と母は黙って聞いていたが、季璃が学校での出来事、晃の近所で見かけた犬の事、などから色々話が膨らんで姉と兄が突っ込み、雪が二人の話の内容を補足するような団欒だった。

春菜も少し笑いながら聞いていた。



翌朝、いつもの時間に目を覚まし、いつものように支度する。

今朝は妹たちはまだ寝てるようだった。

姉が今日の配送準備で既に起きており、挨拶を交わす。

ダイニングに行くと母はにこやかにいつものように朝食を準備してくれていた。

美味しくいただいてごちそうさま。

食器を片付け、トイレに入り、歯を磨き顔を洗う。

「あ、今朝はシンマいないらしいわ」「…ほんと?」「昨日の夜遅く連絡が来てね」「…うん、わかった」

玄関で靴を履いていたら母からそう告げられた。

さて、どうしようと春菜は考えてしまった。

朝の鍛錬をしてから行こうと思ってたからだ。

最近、朝と学校帰りに鍛錬をして、最初は身体がヘトヘトになってたが、昨日あたりから慣れてしまっていた。

本当に自分の身体はどうなってるんだろうか?と不思議に思う。

だから軽くほぐしに行くつもりだったのだが。

「じゃあ、行ってきます」「はい、行ってらっしゃい」そう告げて玄関を開けると、早朝の風が春菜の淡い紅色の髪の毛を軽く靡かせた。

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