第11話 揺れる少女、瀧春菜の変わっていく日常 1
薄暗くなって家に戻ると父が駐車場に腕を組んで立っていた。
いつものように、無表情に。
春菜は父に近づき、「…ただいま…遅くなってごめんなさい…」と言うと、父は踵を返し、「春菜、ついてきてくれ」と言った。
春菜はフラフラと歩く父の後ろを追いかけるが、以外に父の足は早かった。小走りでないと着いていけないくらいだった。
裏手の駐車場、コンテナに囲まれた辺りに来ると父はそこで立ち止まった。
そして、木箱に入っている複数の木刀があった。その一本を手に取ると春菜に放り投げる。春菜はそれを受け止めた。
「…何?父さん…」「構えてみろ」春菜は慌てて木刀を両手で握った。「違うな…」父はそう言って別の木刀を放る。
春菜は持ってる木刀を手放してそれを受け取る。「構えて」「え?え?」「構えて」春菜はまた両手で握る。「違う」
また別の木刀を放り投げられて、受け取って構えさせられるが、また別の…と暫くそのやりとりが続いた。
十七本目を両手で持つと、春菜は妙にその木刀が手にすっと握れた気がした。父はじっと春菜を見るとふいっと後ろを向いて木箱を持ち上げる。「もういいぞ」それだけを言うと木刀の入った木箱をコンテナの方に持っていく。
そんな父を見て春菜はイラっとして木刀を握り直した。
瞬間、両肩にズシンと重いものが乗り、真っ直ぐに立つ事ができなくなる。
膝は震え、身体中の毛穴から汗が吹き出し、歯の根が合わなくなる。
顔は紅潮してるのに背筋は凍りつくかのように寒かった。
木刀を取り落とさなかったのは、指が強張り握ったままだったからで、手が震えて木刀は出鱈目に震えていた。
「あ……な……っ……うあっ……」一体どうしたのか理解できなかった。
涙で滲んだ眼で父を見る。
ここで父から発せられる何か…殺されるという気配を感じ、恐怖してるのだと理解したのだ。
父が木箱を下に置く、動けない、ゆっくりと振り返る、膝が滅茶苦茶に震えている、近づいてくる、腰を抜かしたら動けなくなって逃げれないと踏ん張る、ダメ、逃げたい、でも、逃げたら死ぬ、父が目の前に立ち止まる、呼吸が浅く早くなりうまく息が出来ない、手が伸びてくる、もう駄目。
「…すまない…」父は優しく春菜を抱きしめた。震えが止まった、まだ息が早いが苦しくは無い。
「俺は……お前たちに……」父はそう呟いて春菜を抱いたまま頭を撫でた。
暖かく、優しい、ずっと昔を思い出させる気持ちだった。
するっと父が春菜から離れた。
木箱を持ち上げてフラフラと歩いてコンテナの横に置くと家へと足を向けた。
「…夕飯だぞ」それだけ言うと家へとフラフラと向かっていった。
木刀を取り落とした音が妙に響いた。
春菜は膝を地面に落として自分の身体を両手で抱きしめて泣いた。
その日の夕飯はひどく寂しいものだった。
父と母、兄と春菜だけだった。
母の説明では晃は怪我も無く、疲労で寝ているとのことで、雪と季璃はショックで気を失ったと舞の診断だった。
今は三人とも姉が付き添って部屋で休んでいた。
しかし、春菜には母の説明は上の空で、いつもより少ない量で食事を終えて部屋に戻った。
途中で雪と晃の部屋の前を通った時、中から晃の啜り泣く声が微かに聞こえた。
春菜は溜息を吐いて自分の部屋に入る。
もう風呂も済ませたので布団を敷いて、灯りを消して布団の中にもぐりこんだ。
そして音楽プレイヤーを充電させながらイヤホンを耳に付けて再生する。
このプレイヤーはすっかり春菜の精神安定の役目になっていた。
今日一日、色々あり過ぎた。
春菜は目を閉じると直ぐに眠りに落ちた。
翌朝、いつもの時間に目が覚め、着替えて下に降りると妹たちがいた。
「おはよー!はるなちゃん!」「おはよう、姉さん」「…おはよう…春ねえ…昨日はごめんなさい」元気いっぱいの季璃、ぼんやりした顔の雪、しおらしく誤った晃が朝ごはんを食べていた。
「…どうしたの?あなた達…」「昨日早く寝ちゃったから朝早く起きた」驚いた春菜の質問に雪が簡潔に答えた。
そこに母が春菜の席に朝食を準備した。
「はい、春菜」「あ、うん」慌てて座ると晃が箸を置いて「心配かけました」と謝った。
それを聞いた春菜は肩の力を抜いて晃に微笑んだ。「…無茶したら駄目だよ」「冬ねえにも言われた…」「うん、食べよ」「うん」四姉妹は食事を続けた。
「今日から夕方も来ゃあ」朝の鍛錬が始まる前にシンマにそう言われた。
「お店の手伝いが…」「将も秋華もOKだで」「…皆んなボクに何やらせるんですか?」「世界を救うこと」春菜は胡散臭そうな顔でシンマをジト目で見た。
「そんな冗談…」「だけんど、おみゃあさん、身体が動くのが楽しいんだで?」「……」シンマの物言いに否定は出来ない。
最近のモヤモヤ発散が、音楽プレイヤーで曲を聴くことと、思いっきり身体を動かすことになっていた。
「みゃあ、春菜が考えてることはわあっとる」「……」いつものようにとぼけた顔で言っても説得力が薄いんじゃ無いかと春菜が思ってると、見た事がない目つきでシンマが見た。
「…まあちょいしたら全部教えたるで」「…ボク、シンマさんに勝ってないですよ?」そう聞くとシンマは鼻で笑った。
「夕方も来りゃあ、クリアできるで」「……わかりました。絶対ですよ」目の前の男は飄々とした顔で頷いた。
「じゃあ、始めよまい」
那古弥市の某公園のベンチに北野宮瀬奈がドカッと腰を降ろした。隣には黒いスーツを着込んだ佐倉がコンビニのアイスコーヒーをカップから直接飲んでいた。
「…気軽に呼び出さないでほしい…こちらはあくまでも公職だ」「今度の日曜日、那古弥の駅前の何処かで動く」佐倉の物言いに瀬名は大きくため息を吐いた。
「よりによってそんな日にか…」「俺たちが決めた日じゃあ無い」「…誘導できんのか?」「無理だな。諸条件ではこの日しかない」瀬名は髪をかき上げて頭を掻きむしった。
佐倉はのんびりとコーヒーを啜った。
「……大規模な拐かしの前兆を察知している…手を貸せ」「勿論だ」瀬名は一つ息を吐くと立ち上がった。
「…そろそろ花見がしたいな…」「問題無い」「そうか」瀬名は片手を上げて立ち去った。
周囲に居た数名の人物も同時に離れていった。
離れたところに居たエリカが大きなコンビニの袋を持って近づいてきた。
「嶺様、周囲に異常はありませんでした」「分かった」佐倉は立ち上がってアイスコーヒーを飲み干した。
「お花見ですか。良いですね」「そうだな」エリカはニコリと佐倉に微笑んだ。
「……ただいまぁ……」夕方の鍛錬が終わり、暗くなってから帰ると母が玄関に出迎えてくれた。
「お疲れさま。ご飯食べる?」「……うん」疲れて少し食欲が細いが、食べないと保たないと本能で察知した春菜は頷いて鞄を置いてダイニングへ行った。
ダイニングテーブルの惨状を見て春菜は目を丸くした。
妹たちが夕ご飯を食べながら寝ていたのだ。
季璃は親子丼の入ってた空のどんぶりに顔を突っ込みそうにウトウトし、晃は椅子にもたれかかって口を開けて寝ていた。雪はその晃の肩に頭を乗せて寝ていた。
「…お母さん…これって…」「ちょっと疲れたみたい。後で起こすからそのままでね」少し困った顔で春菜の席に大盛りの親子丼を置いてくれた。
今夜は父と姉兄が不在だった。
空いた席を見て春菜は自分の席に着いた。「いただきます」
宿題を終わらせてお風呂に入ろうと部屋を出ると丁度お風呂から上がった妹たちと鉢合わせた。
雪と晃がお揃いの色違いパジャマ、季璃がワンピースの寝巻きだった。
三人とも眠そうな顔だった。
「……あ…はるちゃあん…」季璃がぽやっとした顔でニコリと笑った。
「…大丈夫?どうしたのさ…」「えへへぇ…」「…この前私達の未熟さを理解したので特訓…」雪がフラフラしながらそう言った。晃に至っては目を閉じて首をカクカクさせていた。
その様子を見た春菜は、妹たちが何か考えがあってやっていると思った。
思わず苦笑してしまった。
「…うん、気をつけてね?おやすみなさい」「ありがとう。おやすみ」「おやすみー!はるなちゃん…」「おはふみ…」季璃はポヤポヤしながら自分の部屋に入り、晃は雪に引っ張られながら部屋に入っていった。
春菜は妹たちの秘密を知りたいとは思ったが、その内教えてくれるだろうと想い、お風呂へと向かった。
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