第8話 負けず嫌いの少女、瀧晃の競技 1
朝に神社で鍛錬し、学校へ行き、帰宅してお店の片付けを手伝って家族と夕食を食べて…という日常を過ごしていたら日曜日になった。
晃のマウンテンバイクのレースの日だった。
場所は家から西の方、木祖三川が流れるところにある堤防の川側に作られた公園にある、イベントスペースに作られた特設会場だった。
整備されていない所を利用して起伏のあるコースになっていた。
ロープで囲われたコース外には既に結構な人数の人が集まっていた。
「わあ、かなり本格的だね」「このレースは大きな大会へのステップになるレースだからな。晃の出るのは十五歳以下の部門だけど、オリンピックやプロを目指す一番身近なレースだから」春菜が感心してると兄が晃のMTBを整備しながら説明してくれた。
場所は参加者が準備する場所を駐車場の一角に準備している。
店のワゴン車で乗り付けて、タープを設置して日陰を作り、即席のピットみたいになっている。
そこへ、もう一台の母の愛車である軽ワゴンから晃が降りてきた。
身体にフィットするジャージ姿で、晃の髪の色である赤を基調としたウェアだった。
下も膝上の丈のジャージだった。春菜はそれを見て少し心がざわついた。
「うん、似合う」ワゴン車の荷台の縁で座って自前のノートパソコンにポコポコと何か入力してた雪がそう言った。
「大変だったのよぉ。ジャージ素材みたいなの扱うのが初めてだし、下の方は下着つけないとか…」珍しく母が苦笑しながらそう説明する。
「えっ?!晃パンツ履いてないの?」「ん?そーだよー」とそう言って下のジャージをギリギリまで捲る。確かに下着を履いて無かった。
「ちょ、ちょっと…」慌てて晃の前に立つと晃は二ヘラと笑って下のジャージを直した。
「自転車競技はジャージの股部分にパットを当てるんだ。サドルにはクッションが無いからな」夏葉が作業の手を止めずに説明した。
「…へえ…」春菜は少し感心した。
「はるなちゃーん!」続いて降りてきた季璃の声にそちらに向くと「ふわっ!?」と悲鳴をあげてしまった。
去年の秋までは季璃は同世代の子より小さかった。仕草も小学四年…今は五年生だが小学生低学年のようだがそれが愛らしかった。だが、いきなり大人に匹敵する…いや、大人顔負けの身長とプロポーションになってしまった。ナイスバディの女性みたいになった。しかも母の作った季璃の服がタイトスカートで春菜は驚いた。それでも中身は小学校低学年のような季璃だった。
その季璃が、とんでもない衣装で降りてきた。
白を基調として青とピンクをアクセントとしたレースクイーンのような格好だった。
推定九十センチ近くあるバストは谷間が露出していた。
スカートらしきモノを着ているが、既にハイレグの中身が見えていた。
皆んなに見せるためターンをしたら豊満で形のいいお尻が半分見えていた。
スラットした脚にハイニーソックスを纏い、春菜でもドキドキする色気があった。
そして、いつの間にか履きこなせるようになったのか、ハイヒールのブーツまで履いている。
地方の大会には眩し過ぎるクイーンがそこに居た。
「どう?きりちゃんが作ったんだよ?」季璃はニコニコしながらその場でクルクル回りながら言った。
「……季璃が…?自分で…?」「うん!」震える手で季璃を指差すとご機嫌に頷いた。
視界の端に周囲の男性陣が呆気に取られ、スマホを向けて撮影する人達も居た。
「晃をこの格好で応援するんだって…私は今作ってるのと晃のジャージで手一杯だったけど自分で作ると言い出したのよね。仕方ないから生地と型紙だけ用意したの」母がため息吐きながら説明した。
「…季璃凄い…これは晃の分も作って欲しい…」「ちょ!…流石にこれは…あたしは…」雪の呟きに晃がたじろいでいた。
「えーーっ!あきらちゃん、こんどいっしょにきようよー!」「着てよー」季璃が両手の肘を畳んだ状態で腕をパタパタと上下させる。雪も同じようにパタパタさせるが、なんとなくいつもと雰囲気が違うように思う。それに雪の瞳の色はあんなに赤色が薄かったか?と思ったが、季璃の腕の動きで覆う面積がそれほど無い布からはみ出さんばかりの大きな胸がユサユサと揺れ、いつ零れ出るか気が気じゃ無い。
「大丈夫よ、春菜。ニップレスは付けさせてあるから。擦れると痛いしね?」母が優しく微笑んで言うがそうじゃ無いだろうと春菜は喉元まで出かかった。
「おーい!晃、予選だってさ」姉の冬菜が晃を呼びに来た。
それを聞いた晃は頷いてヘルメットを被り、肘と膝のプロテクターを確認する。その間に兄が整備が終わったMTBを持ち、雪がストップウォッチとノートパソコンを抱え、季璃が大きめのパラソルを持った。
「じゃあ、行ってくるね!」晃はそう言ってMTBのハンドルを持って、雪と季璃と兄を伴ってコースへと向かった。
「春菜」携帯電話を持った父が春菜に近づいて来た。
「すまんが会場入り口でシンマたちが来るから連れて来てくれ」「うん」春菜は頷いて小走りに会場入り口まで向かった。
入り口には見覚えのある男性と女性が立っていた。
「シンマさん!舞さん!」そう呼ぶと手を挙げてくれた。小走りに近づく。
「春菜、今朝ぶり」「おっす!今日はうちの社長と秘書も来たぞ」「こんにちは!」春菜が挨拶すると、ゆるい癖がある黒い髪を長めにした黒いシャツ、黒いズボンの長身の男と春菜より少し背が高いゆるい癖のある金髪を肩口まで伸ばた女性が頷いた。二人とも春菜からすれば美形だった。
「…エリカさんと…ザグリュイレス…さん?」春菜が記憶を辿るような顔をして聞いた。
「覚えていたか」やや浅黒い顔に驚きを浮かべた佐倉は春菜に聞いた。「ご無沙汰しております。春菜様」エリカは嬉しそうに春菜にお辞儀した。
「…ええ…何となく…ボクがずっと小さい時かな…と」春菜が思い出すように言うが、何処で会ったのかを思い出せず、左手で頭を軽く叩いた。
「…無理に思い出さなくてもいい。秋華や将、この二人とも古い付き合いだ。俺のことは佐倉と呼べ」佐倉が右手を腰に当てて言った。
「ちょいと…うん、大丈夫だね」舞が春菜の目を見て首筋に手を当ててから頷いた。
「あ、ありがとう、舞さん。…佐倉さんが社長って何やってるんです?」「大きな輸送機を運営してる航空会社です。春菜様。舞様はうちのパイロットでもあるんですよ」「ええ!?」驚いた春菜が舞を見る。
両手を腰に当てた舞がニヤリと笑った。春菜は医師免許も持ってて、大型の飛行機も飛ばせる舞の多才ぶりに驚いた。
「みゃあ、詳しいことは今度聞きやあて。そろそろ案内してちょーす」シンマが苦笑して言ったので春菜は頷いて四人を先導した。
「エリカ〜久しぶりー!」「秋華様、ご無沙汰です」母とエリカがニコニコしながら抱擁しあった。佐倉と父は軽く拳を叩き合っていた。
残っていた姉も佐倉に挨拶し、エリカと抱き合っていた。そこに満足そうな顔の晃と、兄、雪、歌いながらパラソルをクルクル回すご機嫌なレースクイーンの季璃が付いてきた。
「あ!まいさーん!」季璃が人が増えていることに気づき、こちらに向かって駆けてくる。
春菜は走る度にユサユサ揺れる胸と、ピラピラ靡くスカートの中身を心配した。
チラチラと見えるハイレグの布が走る度に食い込んでズレてくように見えて気が気じゃ無い。
「大丈夫よ、春菜。Cストリングス付けさせてるから。食い込むと痛いしね?」
Cストリングスって何だろう?詳しく聞いてはいけない気がする。
「おー凄い格好だな季璃!格好いいよ!」舞はそう言って隣に立った季璃のお尻をペチペチ叩いた。
格好いい…格好いいのか…と春菜は虚無の顔をしたが、季璃は嬉しそうにお尻を振っている。犬みたいな娘だなあと思った。
「予選通ったよ!」晃がVサインをして戻ってきたら。「スゴイじゃん」「へへ…」春菜が褒めると晃はニカッと笑った。
「佐倉さんとエリカさん」兄がそう言って挨拶した。晃と雪が誰?と言う顔をして、姉が二人に説明してる間に季璃は元気よく二人に挨拶をしていた。佐倉とエリカがそれを見て軽く笑っていた。姉の冬菜から説明を受けた双子も佐倉たちの前に行き挨拶した。瀧家の子供達はこういう事はきちんとしていた。
「で、晃、勝てそうかな?」「そのつもりだよ!」シンマの質問に晃は自信たっぷりに答えた。
「予選のタイムでも上位。周りが皆んな中学生男子でもいい成績」雪がノートパソコンの画面を見て言う。春菜は珍しく表情が読めない妹が興奮してるのがわかった。
その画面を後ろから佐倉とエリカが覗き込む。晃と季璃はシンマと舞に纏わりついていて、夏葉は晃のMTBのチェックをしていた。
「…油断は禁物です、雪様」「そうだな。晃の実力はあるが、勝負事は何があるかわからん」エリカと佐倉の言葉に雪が少し首を傾げた。春菜も少し気になったが、父と母、姉が皆んなを呼びにきた。
「う〜、お弁当…」キャンピング用のチェアに座った晃が未練がましく母お手製のサンドウィッチを齧り、プロテイン入りの乳飲料を飲む。
「レース前に沢山食べれないでしょ?」姉の冬菜が晃と同じメニューを食べながら慰める。
他の家族や応援の人たちは母、秋華のお手製の弁当などだった。
地面に敷いたグランドシートに座った春菜は配られたバスケットを持って周りを見る。
春菜の対面に座ったシンマと舞は弁当というより、唐揚げやソーセージ、枝豆などが入っており、一緒に渡されたワンカップの日本酒を開けて飲んでいる。酒のツマミなのは明らかだった。
各々、シートやチェアに座った冬菜と晃以外の家族は同じ内容だった。海苔を巻いたおにぎりと卵焼き、タコさんウィンナー、枝豆を入れたツミレ、エビフライが入っていて料理上手な母のお弁当はとても美味しそうだった。
ふとワゴン車の後部の荷台の縁に並んで座った佐倉とエリカの方を見る。
佐倉には自分たちと同じバスケットと大きめの水筒を母が渡していた。
佐倉はそれを受け取り、早速水筒の中身をカップに注いでいたが、匂いでコーヒーだとわかった。
そしてエリカに渡された物を見て春菜は目を瞠った。
大きな御重を包んだ風呂敷包みで春菜が見ても三段くらいありそうだった。
「はい、エリカ気をつけてね」「ありがとうございます、秋華様」エリカは嬉しそうに荷台の空いてるスペースに御重を開けて微笑んでいる。
更に大きなおにぎりを包んだ包みも渡されている。それにはソフトボール大のおにぎりが三個入っていた。
両親の友人の中では一番背が低く、細いエリカがそんなに食べれるのかと思った。
春菜の視線に気づいたエリカがニッコリと微笑むと慌てて春菜は視線を逸らした。
とりあえず一緒に配られたペットボトルのお茶を一口飲み、おにぎりを頬張る。
適度な塩気と、具の梅干しが食欲を増す。気になってエリカを見ると彼女もソフトボール大のおにぎりを小さな口で頬張る寸前だった。慌てて視線を逸らすと、シンマと舞の前にワンカップやビールの空き瓶、空き缶が一杯転がっているがいつの間にこんなに呑んだのか?だが二人はまだまだ呑んでいた。
春菜は自分の弁当に集中して、おかずを口に入れるが視界の端に二つ目のおにぎりを持つエリカが写った。
あくまでも上品に、決してがつくわけでも無いのにあんなスピードで食べれるのかと思った。
瀧家とその友人達が集まる場所から少し離れた…あちこちで、参加選手とその家族が割と深刻な話をしていた。
要約すれば、中学生なのに小学生、それも女子に予選で下位になったり、タイム的に接戦になってるという親の叱咤だった。
去年の秋に晃がMTBのレースで好走して注目を浴びているのも影響していた。
この年代で注目を浴びなければ大きな大会での出場が難しくなるのだ。
あの女子が大人しく女子部門に出ていればとは、晃のライバル達の関係者一同の本音だったが、晃が自分が出れる一番強そうな所と、ここに登録してしまった。
結局出た結論はなりふり構わない勝ち方という事になってしまい、出場者一同が各々個別に相談していくという事になってしまったのだった。
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