第4話 ある少女、瀧春菜の日常 4

瀧家の裏、砂利を敷いた空き地に冬菜と夏葉、そして父の将が居た。

冬菜はコンテナと建物の影で上半身裸で脇腹の怪我を夏葉から治療を立ったまま受けているのだが、上半身が完全に顕になっているので夏葉はできるだけ見ないようにしている。

「デカイのが一体と転生者が二人か」「うん」将は正面から冬菜達が相手をした件で報告を受けている。

冬菜は父の前で乳房を顕にしても全く気にしていなかった。最も愛する相手だから。

「…まだ偵察のつもりか、だけど聖剣持ちが居た。回収は俺が撃った車と一緒に頼んだけど」姉の脇腹に防水の傷シートを貼りながら夏葉が言う。

「…わかった、おつかれさん。佐倉には俺から言っとく」将はそう言うとブラブラと敷地の外へ歩き出した。

「…終わったぞ、姉貴」「ありがと」冬菜はそう言うとシャツを着た。まだ胸の先に小さな膨らみが見えるので夏葉は慌てて目を逸らした。

「…春菜は大丈夫かな」「シンマさんが鍛えてるし、母さんも頃合いと見てるよ」「いや、そうじゃなくて…」「ここで潰れるのはわたしが許さない」毅然と冬菜は言って夏葉はそれを聞いてため息を吐いた。

「我が妹ながら大変だな…」「ま、皆んなで支えればいいさ」冬菜はそう言うと、右手をふらっと振って家へと向かった。


春菜は二階にある風呂場へと向かった。

家のお風呂は大きく、浴槽は子供なら五人は入れる。脱衣所は洗濯場と兼用でこれも広い。

洗濯機は全自動洗濯乾燥機が二台置いてある。力仕事をしてるのと子供が多ければ仕方ない。

春菜は脱衣所の入り口に誰かが洒落でかけた『ゆ』と描かれた藍色の暖簾を潜って中に入った。

引き戸の扉が開いてるのは誰も入ってないという合図だった。

春菜はいそいそと服を脱ぎ、下着も脱ぐとそれらを洗濯機に放り込んだ。右側が普段着、左側が作業着専用だった。

自分の部屋から持ってきた下着の替えとシャツをカゴに入れ、棚にあるタオルを持って浴場へと入った。

春菜はか細いほどでは無いが、中学生女子としては引き締まった身体つきをしている。

しかし、洗い場の椅子に座ると目の前の鏡を見て少しため息を吐く。

母は細い方だし、姉も引き締まった身体だが、胸が大きく無い。

そして自分も同級生に比べると小さい。Aマイナスのスポーツブラで十分だった。

少し前まではそんな事考えもしなかったが、去年突然季璃が急成長というのもおかしいくらい一日で大きくなった時、季璃のバストはCカップ以上あった。

母が用意した大きいブラジャーをつけている。春菜はナンデ?と思い至った。

末の小さかった妹の季璃が家の女性陣の中で一番色々大きくなったので、自分のバストサイズも気にするようになってしまった。

母も姉も気にしていないようだが、これで雪と晃が中学生になった時自分より大きくなったら落ち込むかもしれない。


春菜は洗面器にお湯を張った。

タオルを入れて出してボディソープをタオルにかけて身体を洗う。

母や姉からは丁寧に洗いなさいと言われているので、隅々まで磨く。

洗い終わったタオルの残ったソープを洗い流し、シャワーからお湯を出して頭からかけて身体の泡を流す。

瑞々しい肌が水分を弾く。

シャンプーを手に適量を出して、二回頭を洗い流す。

その後はコンディショナーを入念に髪の毛に馴染ませてそれも洗い流した。

「ぷぅー」洗い終わってシャワーを止めると春菜は息を吐き出した。

タオルを絞り、湯船に浸かりタオルを頭に乗せた。

この家の風呂は二四時間いつでも入れるように湯が張ってあった。

ゆっくりと湯船に入り、タオルを頭に載せて首まで浸かって「はあーーー」と声を出した。

朝から鍛錬、学校、お店の掃除、宿題とやってきたのだ。

思ったよりお風呂が染みる。

毎日入ってるが、お風呂が気持ちよかった。

じんわりと身体の芯が温まっていくのが感じられた。

誰か脱衣所に入ってきた。

気配を感じた春菜がそう思ってると姉の冬菜が入ってきた。

ポニーテールにしてる髪を下ろしていると、春菜より少し長い髪の長さだとわかる。

そして、身体付きは引き締まっており、女性としては筋肉質に見えた。

「おじゃまするよ」「うん」姉がそう言って洗い場に向かい、身体と髪の毛を洗い始めた。

何故か春菜はその所作が美しいと思ってしまった。

身体を洗う、髪の毛を洗う、なんとなく魅入ってしまう。

今まで何度も一緒にお風呂に入ってるが、春菜はそう思う事は無かったのだ。

「どうしたの?」「え?あ、うん」いつの間にか洗い終えた姉が湯船に入ってきた。

春菜は気恥ずかしさで口までお湯に浸かった。

姉の冬菜は気持ちよさそうに息を吐いた。

「…春菜、家族は好き?」「…うん、好きだよ。姉さんも兄さんも妹たちも、もちろん父さんと母さんも」「そうか」春菜は当たり前のことを聞くなあと思った。

「…みんなも、春菜の好きだからね」「うん」春菜が頷いたのを見ると姉はニコリと笑って立ち上がった。

お風呂から出る姿を思わず春菜は見送った。



夜の田舎の道を将はぶらぶらと歩いている。

紺の作業ジャンパー、Tシャツ、くたびれたジーンズにサンダル。

ザンバラ髪でジーンズのポケットに両手を入れて歩く姿は少しくたびれた大家族のお父さんそのものだった。

周りは申し訳ない程度に小さな街灯がポツポツあり、少し離れた県道では疎に車が往来していく。

正に現代の田舎の夜の風景だった。

将の横にいつの間にか長身の灰色の服を着た男が並んだ。

「面倒かけたな」「なあもあらせん」将は横に並んだ男、シンマに声をかけた。

二人は並んでぶらぶらと歩く。

田舎の舗装はされているがメインの通りからは外れている。十分に男二人が並んで歩くには問題無かった。

「今回の奴らはめんどうだわ」シンマがおかしな方言で話す。

「結構送り込まれてるか?」「いんや。群れとるらしいがね」「佐倉から聞いてない」「商人どもからだわ」

将は夜空を仰ぎ見た。色んな夜空を見てきたがここがしっくり来る。

「情報では遅れとるでね、後手になってまう」シンマは苦笑して言った。

「そっちの方は?」「しごいとるでね、まあちょいだわ」「そうか…」将はそう言うと南側の方に目を向けた。

野良猫の悲鳴、鳥のざわめきが一瞬起こった。

「お見事」シンマはとぼけた声で将を褒めた。

将は目を向けた畑と田んぼの間の農道をぶらぶら歩き、シンマもそれに付き合う。

五分ほど歩いたところで畑の跡地に入り、草が生え始めたそこに入るとそれを見つけた。

長大な筒を付けたあまり見ない機械のような物を持った男が目を向いて死んでいた。

「上手いこと斬ったわ」「…殺気が強すぎたな…すまん苛ついていたようだ」「しゃあないわ」シンマはそう言うとスマホを取り出し、ポコポコと表面を叩いて何処かへと連絡を取った。

「みゃあ、残業代弾まなかんかね?」「佐倉に払わせるさ」


冬菜がソフビロボットと対峙した場所に数名の男女が居た。

二台の車のライトに照らされて現場を調べていた。

男性が三人だが、スーツを着込んでいる。

女性が二人。一人は栗毛の髪を大きな三つ編みでまとめて肩から前へ垂らしている。

吊り目に細い顔で口元は面白そうな顔をしている。

カーキグリーンのフライトジャケットの前をはだけ、白いシャツに綿のパンツ、編み上げブーツを履いていた。

もう一人は女性用スーツを着込んでパンプスを履いている。

古風で上品な顔立ちの黒い滑らかな長い髪だった。

「全く…面倒事を…」黒髪の女性はハンカチで口に手を当てて顔を顰めた。

「まあ、そちらさんはお上に報告をしてくれりゃいいさ」栗毛の女性はそう言ってジャケットの懐から取り出したペットボトルの蓋を開け落ちていたショートソードに中身の水を振りかける。

ショートソードは水を掛けられた途端、突然お湯をかけられた氷のような音を出し、ひび割れていく。

その後砕けて粉々になった結晶が残った。

「へへぇ、向こうのオリハルコンっぽいよ。そちらさん持ってくかい?」「一応証拠品としてな」「お堅いねー」

栗毛の女性は緋弥 舞、黒髪の女性は北野宮 瀬奈。

瀬奈は男性の一人を呼んで、砕けた結晶の回収を指示した。

男性は分厚い手袋と防塵マスクをかけて、トングでカケラを一つ一つ挟んでゴツイ箱に入れて行った。

「溜池に落とした方は?」「…死体は上がらなかった。回収されたな」「ったく…こき使いやがる」

舞はそう言ってこの場から立ち去ろうとする。

「…っち」舞は嫌そうに顔を顰めた。「どうした」「冬菜の刀が無い。呪われたからここに置いたと言ってたんだが」「…あいつらか…」「能力底上げの刀だったんだが、呪われたのを先に持ってかれたね」瀬奈は溜息を吐いた。

「おい、こう言うのはもう少し早く知らせろ」「難しいねー。連中割と神出鬼没だし」「例の娘は」「…手ェ出したら容赦できないよ」「…はあ」瀬奈は肩をすくめ、舞は近くに停めてあった赤い小型車に乗り込み、去っていった。

「部長、全て回収完了しました」「分かった、こちらも撤収するよ」瀬奈の合図で数台の車両、一台はブルーシートを被せたワゴン車を載せた積載車だったが、それらが一斉に田舎の道を走り去っていった。




「うー…のぼせた…」長風呂したせいで春菜は顔を赤くしていた。

一応シャワーで水を被ったがまだ熱い。バスタオルで頭と体を拭き取り、ドライヤーで髪を乾かし、洗面台にある化粧水を顔にペチャペチャと付ける。

パンツを履き、大きめのTシャツを着てタオルを持って脱衣所を出た。

「うお!?春菜、まだ風呂入ってたのか。」兄の夏葉が着替えを持って驚いた。

「…うん、ちょっと長風呂しちゃって…」右手で顔を扇ぎながら春菜は言った。

「…あーまあ、早く寝ろよ」「うん」兄が少し困ったような表情で目を逸らしながら脱衣所に入って扉を閉めた。

春菜はそのまま台所へ向かうと、母が何やら料理の仕込みをしていた。

実にご機嫌に、楽しそうに、プラチナブロンドの長い髪を揺らしながら。

「母さん、何か冷たいのある?」「麦茶があるわよ、冷蔵庫ね」春菜はそう聞いて小さなテーブルの上にある湯呑みを持ち、冷蔵庫を開けて扉裏にあった麦茶の入ったガラスボトルを取り、湯呑みに注いですぐに一息で飲み干し、もう一杯注いで今度は二回に分けて飲んだ。

ボトルを戻して冷蔵庫の扉を閉めると母が何かを差し出した。

「春菜、これさっきのプレイヤーの充電器」「ありがとう」春菜はそれを受け取ると母が湯呑みを引き取ってくれた。

「音楽どうだった?」「すごく良かった!ボク気に入ったよ」「そう、良かった。あのプレイヤーあげるから好きに聞いてね」母はニコリとしてそう言った。



トイレに入って、自分の部屋に向かう。

妹たちは雪と晃が同室で、季璃は一人部屋だった。それぞれの部屋ではもう寝息が聞こえるように静かだった。

姉の部屋はまだ起きてる気配がして、兄はまだ風呂に入ってるようだった。

春菜は自分の部屋に入り、畳んであった布団を敷きロフトの上に身体を伸ばし音楽プレイヤーを取った。

コンセントに充電器を差し込み、プレイヤーの充電をしながら枕元に置いた。

布団に入り込み、イヤホンを耳に付けて小さな音で再生した。

寝転がるとあの心地よい音楽が聞こえる。

広い原っぱを何も遮られずに飛ぶような感覚が浮かび心地よい。

耳に流れるメロディが頭に浮かぶ情景と重なる。

春菜の朝の寝起きは爽快だった。


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