第3話 ある少女、瀧春菜の日常 3

瀧家の食卓は大家族でも普通だった。

子供達が今日の出来事を話しながら相槌をうったり、忙しなくご飯を食べたりしている。

晃は丁寧にアジの開きの骨を取り、雪はあまり好みでは無い食材を先に片付けていた。

季璃は母に授業の話をしながらご飯を食べ、春菜に落ち着いてと言われる。

冬菜は黙々と夕食を食べ、夏葉はたまに箸を置いてスマホを見ている。

父もゆっくりと味わうように食べ、母はそんな家族をニコニコしながらお代わりに対応しつつ食事をしていた。


突然、季璃と晃、雪の箸が止まった。

それを見ていた春菜が不思議に思った時、「あー、しまった…」と冬菜がつぶやいた。

「頼んでいた物の振り込み忘れてた。夏、バイク出して」「あいよ」二人はそう言って急いでご飯を掻き込んだ。

「ご馳走さま」とほぼ同時に言って席を立った。

春菜はなんとなく違和感を感じた。

ふと妹たちを見ると季璃がじっとテーブルを見つめ、雪が瞬きを細かくしている。

晃は何やら考え事をしていたが、母がお代わりを聞いて、慌てて飯碗を差し出す。

すると、季璃も雪も普通に食事をしていた。

春菜は小首を傾げたが、母にご飯のお代わりを聞かれて、少しお腹具合を確認してから飯碗を差し出した。


冬菜と夏葉が玄関で靴紐を結んでいると、母がやってきた。

「気をつけてね」とにこやかに言う。

冬菜は少し口を結んで「うん」と応えた。

姉弟一緒に玄関を出てガレージに向かう。

ガレージの中に入ると、奥の壁に近づいて夏葉が壁板の一部を押して指を入れて引く。

カチャリと音がしてスライドすると少し大きめのケースと刀袋が現れた。

ケースを夏葉が、刀袋を冬菜が持つ。

夏場はケースをバイクのサイドラックに金具を使って取り付ける。

冬菜は皮のグローブを手につけて自分のジェットタイプのヘルメットを被る。

夏葉もグローブとフルフェイスヘルメットを被ってガレージのシャッターを開けて中型のバイクを出す。

エンジンを始動させ跨ると、後ろに冬菜が横乗りで乗った。

冬菜が夏葉にの肩を軽く叩くとエンジン音を響かせてバイクは暗い中を走り出して行った。



夕食を食べ終えた春菜は自分の食器を片付ける。

「ありがとう」食べ終えて食器をシンクに持って行くとかたづけはじめている母がニコリと笑って受け取った。

「母さん、宿題してくるね」「分かった」「ごちそーさま」

雪と晃は食べ終えてからお茶を飲んで食器を片付け始めている。季璃は食べ終えた後同じく食べ終えてお茶を飲んでいる父にもたれ掛かって何かご機嫌そうだが、父は無表情で季璃のするがままにしていた。

春菜はダイニングを出て三階の自室に入ってLEDのシーリングライトをつけた。

四畳半だが、ドアを入った左手にロフトがある。

春菜は床の畳部分に布団を敷いて寝ているので、ロフトは勉強用の座卓を置いている。

通学カバンを持ってロフトに上がる。

天井は各部屋高めに取ってあるが、春菜が胡座で座って背筋を伸ばしても余裕があったし、腕を上げて伸びることもできる。

座卓に設置してあるLEDのライトを付ける。ハイティーン向きのファッション雑誌や、教科書、筆記具などがあった。

カバンの中身を取り出すと宿題のプリントを見る。

数学と英語だった。

数学は平均点だが、春菜は英語が苦手だった。

とりあえず普通に進めれる数学の宿題プリントから取りかかった。

教科書と睨めっこしつつ、問題を解いて行く。

途中つっかえながらも三十分ほどで終えた春菜は、次の英語のプリントを見て溜息をつく。

「…どうしてもボク、英語は苦手だなあ…」そうぼやいて辞書を取り出すとドアがノックされた。

「はあい」「はっるなちゃあん!」返事をするとすぐさま扉が開いて季璃が上半身を部屋へと乗り出すと右手で何かを春菜へ放り投げた。

春菜は少しロフトから身を乗り出して右手で受け取った。

手に収まったのはMP3プレイヤーと言われる音楽再生機だった。

イヤホンケーブルがまとめられて付いていた。

「どうしたの?これ」「お母ちゃんがはるなちゃんに聞いてみたら?だって!じゃあねー!きりちゃんおふろ入ってくる!」そう言うと季璃は体を引っ込めてドアを閉めた。

「…ほんと、子供っぽいなあ、大きくなっても」春菜は苦笑して、イヤホンのケーブルを解き、両耳にイヤホンを入れて具合を見る。

大丈夫と思った春菜は再生ボタンを押した。


途端に春菜の脳裏に広大な草原が広がった。

強く、心地よい風が春菜を優しく撫でていく。


そんな光景が一瞬春菜の脳裏に浮かんだ。

良い曲だった。

歌では無いが、春菜の琴線に触れた。

何か目が覚める気持ちで気分が高揚する。

その気持ちで英語の宿題プリントを見る。

「あれ?」何時も苦戦する英文の設問が苦も無く読める。「あれあれ?」それに対する英文の解答がスラスラとシャーペンを走らせる。

それを二、三問続けた。「ボク、こんなに英語出来たっけ?」

耳には心地よい音楽が流れていた。


すっかり暗くなった道をヘッドライトで照らしながらバイクは走っていく。

田舎の市道では街頭の数は多くないので暗いのだが、その中を夏葉と冬菜が目を凝らしていく。

後ろで左右に目を光らせていた冬菜が、夏葉の左肩を軽く二回叩く。

広めの農道に入るが舗装はされていない。

ヘッドライトを消し、闇の中を速度を落として進むと田んぼに囲まれた中でワゴン車が一台見えた。

農作業をする時間でも無く、見た感じ田舎の不良が溜まってるようだが、それならコンビニにいるだろう。

バイクを停めた夏葉は冬菜が降りると続けて降りる。

ヘルメットを脱ぐとバイクに括り付けたケースを外し始め、冬菜もヘルメットを脱ぎ肩にかけた刀袋を外し中身を取り出す。

紺色の鞘と柄の日本刀が出てきた。

夏葉もケースから取り出したのは、銃身が長い狙撃銃だった。

それを組み立て、弾倉をはめた。

二人は目を見合わせると頷き互いの拳を合わせて分かれた。

夏葉は少し離れた田んぼの畝の影に隠れた。

冬菜は日本刀の鞘をジーンズのベルトに捩じ込んでワゴン車に近づく。

ワゴン車は見た目に特徴が無い色だった。

その周囲に二人男が立っており、後の荷物ドアが開いている。

男も特に特徴がない、ひたすら目立たないようにしているようだが、この時間にこんなところにいる時点で台無しなのではとおもった。

「誰だ⁉︎」男の誰何と同時に冬菜は日本刀の鯉口を切り、刀身を闇の中煌めかせる。

「防人か?!」「気をつけろ!」一人はいつの間にか右手に短めの剣を持ち、もうひとりはノーモーションで冬菜に何か投げる。

冬菜は右に身体を捩って、刀を下から上へ跳ね上げる。

小気味良い金属音が響いた。後ろに何か小さいが重い音がした。投擲する暗器らしい。その隙に剣を持った男が振りかぶって斬りつけてきた。

冬菜からすれば、腰の入っていない拙い振りだが、「ギィイン!」冷静に相手の剣の刃ではなく、剣の腹を日本刀で反らせた。

相手の持っている剣から漂う気に警戒したのだ。冬菜は愛刀を持ってくるべきだったかと思い舌打ちしそうになった。

「オラあああ!」剣を持った男が間合いを詰め、冬菜に袈裟懸けに斬りかかってくる。

冬菜は避けようとも受けようともしない。男が手を振り下ろすと空振りする。

肘から下が無くなっていた。

男は暫く自分の状況を理解できなかったが、突然大声で悲鳴をあげて尻餅をついた。

「もう一人いるのか!?」暗器使いが右手を振るって何本か黒いダートを冬菜に投げて、車の影に隠れる。

腕を吹き飛ばされた男は必死に車の影に転がり込んだ。


「チッ」夏葉は7.62ミリmの対物ライフルのボルトを引き、排薬莢して次弾を装填する。

姉が近くにいるので無闇に撃てないが、目視で車の向こうにいる男たちの脚が見えた。

彼は構えると呼吸を止め、じっと狙いを定め、修正を加えて引き鉄を引いた。


フライパンの上の油が跳ねるような音が足元に聞こえた。

男達は恐怖に駆られて行動を起こす。

暗器使いは黒く塗ったダートを冬菜に連続で投げ、左手に顕現させた拳銃を発砲する。

冬菜は咄嗟にその弾丸の対応が遅れ、脇腹に掠めてしまった。

右手を失った男はワゴン車の後ろに回り、積んである箱に貼ってある札を剥がして車の左側へと回る。

拳銃を撃った男は運転席に飛び乗り「乗れ!」と仲間に促した。

後部の貨物ドアが開いたままのワゴンが二人を乗せて急発進すると、大きな箱が勢いよく転げ落ちた。

と、同時に昼間に冬菜が倒したソフビロボット、そのふた回りデカいのが襲いかかってきた。


後ろのハッチが開いたままワゴン車が走る。運転が荒いせいかハッチがバタバタと上下に動いていた。

「があああ!クソっ!あのビッチめ!何がイージーな世界だ!」右腕を失った男が傷口を左手で押さえながら罵った。

「とにかくお前の治療を…」運転していた男の次の言葉が出なかった。

ワゴン車のハンドルが突然暴れ出し、制御不能になった。

強烈な擦過音を響かせて横滑りし、二回、三回と横転し、大きめの農業用溜池に落ちて沈んだ。


冬菜は大型のソフビロボットに見える化け物と対峙する。

脇腹の傷は集中して痛みを感じていない。

無造作に近づいて来るソフビロボットに上段で刀を両手で構えると、大きく踏み込んで斬りつけた。

同時にソフビロボットの拳が冬菜を襲うが、それを斬りつけて交錯する。

冬菜は素早く、ソフビロボットは怠慢そうに振り返るが、ソフビロボットの左膝が吹き飛ぶ。

バランスを崩したところで冬菜は一息呼吸を吐き出して、不恰好な頭を突いた。

ソフビロボットはパズルが崩れるように消え去った。

そこで冬菜は男達と対峙してから初めて息を大きく吐いた。

「はあ…はあ…」冬菜の呼吸が荒いが、次第に深呼吸を繰り返して落ち着かせる。

左手に握った日本刀を見ると、ボロボロになっていた。

冬菜は柄から手を離して日本刀を地面に落とした。

「姉貴」夏葉がライフルを持って近づいてきた。

「夏、その剣に触るんじゃないよ。やっぱり呪物だった」冬菜はそう言って対峙していた男の持っていた剣に目を向けた。夏葉も見る。

所謂ショートソードと言われるサイズだが、過剰な装飾にボンヤリと金色に光っていた。

「『聖剣』ってやつか」「あたしらには呪物だよ。この刀結構手に馴染んでたんだけどね…っつ」

「大丈夫か?」「…家帰ってから見て」「はあ…姉貴の刀業物だったろ?」「仕方ないよ」

夏葉は頷いて、懐からスマートフォンを取り出してショートソードを撮影すると電話をかけ始めた。

冬菜は忌々しそうにその聖剣を見る。

この世界を侵略する奴からの祝福なんか呪詛でしか無い。



シャープペンを置いて春菜は一息吐いた。

宿題が終わり、明日の支度をし始める。支度が出来上がったタイミングでドアがノックされた。

「はあい」「春ねえ、お茶だよー」「あ、ありがとー」晃が盆に載せたカフェオレの入ったマグカップと、豆大福を持ってきた。

ロフトの柵に足を引っ掛けて身体を伸ばす、身体の三分のニが晃の方へと伸びた。

「わ、春ねえ大丈夫なの?」「ん、これくらいは」春菜は盆を受け取ると盆を水平に保ったまま元の位置に戻った。晃は姉の柔軟な動きに感心して、「お風呂入るねー」と言った。

扉の向こうには雪が居たが、扉が閉まると見えなくなった。

二人で入るのかな?と春菜は思って豆大福をパクりと食べた。


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