第2話 ある少女、瀧春菜の日常 2

朝の日差しが春を照らす中、春菜は学校へ向かっていた。

交差点の信号に差し掛かると目立つ頭髪の少女が三人見えた。

向こうも春菜に気づいたようで、一番背が高い銀髪の少女と頭一つ半小さな紅毛の少女が大きく手を振っていた。

もう一人の深い水色の髪の毛の少女は軽く手を挙げただけだった。

春菜は自転車から降りて近づいた。

「おはよう、みんな」「おはよー!はるなちゃん!」「おはよ、春ねぇ」「春菜ねえさんおはよう」

春菜は妹三人に挨拶すると、それぞれ妹たちも挨拶をした。

最初に挨拶をしたのは末の妹、五女の季璃。

今月から小学五年生なのだが、身長が百五十八センチの春菜より高い。というか、胸もお尻も女家族で一番大きい。

腰もくびれてプロポーションもモデルのようだった。

母と同じ少し青みがかった綺麗な銀髪を背中まで伸ばしている。

綺麗な顔立ちをしている不思議な妹だった。

だが、表情は年齢より幼く見えるほど朗らかだった。

去年の十一月までは、学校の同年代では一番背が低く、幼い表情が相応に見えた。

だが、春菜が学校から帰ったら今のスタイルになっていた。

思わず「どちら様ですか?」と尋ねて「はるなちゃん!きりちゃんだよう!」と頬を膨らませていた。

その時には変わった、季璃によく似合った服を着ていた。

春菜の視線に気づいた季璃は両手を広げて「お母ちゃんが作ってくれたんだよ!」と嬉しそうに言った。

母は「お店で試しに作ってみたの」と夕食の支度をしながら言った。


次に挨拶したのは双子の四女、晃。

双子の姉、三女の雪とは仲が良く、姉妹兄妹とも隔てない。

燃えるような紅毛を腰まで伸ばして活発な表情は父に似た太い眉毛がより引き立てる。

MTBを趣味にしてるが、負けず嫌いも相まって小さなジュニアレースで去年勝っているほどだった。

そして雪は青い髪の毛をショートに揃えた、晃とは二卵性双生児で顔は整ってるが似ていない。

というか、どうにもボンヤリとした顔つきである。

小学六年生ながら機械いじりが好きで、家のリサイクルショップの電化製品を器用に修理するほどだった。

今年の一月のある日に家から帰ってくると、体中に擦り傷とお互いのオデコにコブを作って母手製の服を着ていた。

雪が晃との距離感が更に縮まったのもその日からだった。

その時も母は試しに服を作ったと言った。

その服もちょっと変わったコスプレっぽい服ながらそれぞれ二人には似合っていた。

以降、妹たちは母の作った服を日常で着るようになっていた。


春菜は自転車を押して妹たちと学校へ歩いて行く。

小学校の近くに中学校があるので、春菜が中学生になってからも一緒に通学している。

「姉さん、今朝はどうだった?」「うーん、ダメだった」雪の質問に春菜は苦笑気味に答えた。

シンマの条件のことは詳しく妹たちに話してはいないが、入り口から鳥居までシンマの妨害を受けずにたどり着いたら合格という感じで伝えている。

妹たちには自宅の駐車場で春菜が身体能力を見せている。

「はるなちゃんあんなにすごいのにダメなの?」「うーん、シンマさんの方がまだ上手だね」季璃が首を傾げて聞くが春菜はまだあんなに小さかった季璃が…という思いはある。

実際、今も子供っぽいのだが。

「シンマさん、舞さんとうちに来るとお酒飲んでるイメージしかないけどなあ」晃は不思議そうに言った。

「……」雪は黙って晃の言葉を聞いていた。

まもなく小学校の前に着いた。

「じゃあねえ!はるなちゃん!」季璃の元気な声に晃が苦笑して、雪がぼーっとした顔で手を振って小学校の中に入って行った。

苦笑した春菜はふと立ち止まってキョロキョロと辺りを見回した。

しかし皆学校へ向かう生徒達だけ。

「……」首を傾げた春菜は学校へと自転車を走らせた。


教室へと入った春菜はクラスメイトと挨拶を交わして自分の席に着く。

特に親しい同級生はいないので、カバンの中身を机の中に入れて宿題の確認をする。

「おはよ春菜」「おはよう奈美」

春菜の席に微笑を浮かべている猫を思わせるような女子生徒が来た。

茶色い癖毛が跳ねて、服装の柄のセンスが独特だった。

私服通学の中学校だが、中学生でショッキングピンクの人気猫のキャラクターがデカくプリントされた上着と、迷彩のズボンというファッション誌を偶に購入している春菜からすればどうなのかと思うセンスだった。

まだ生徒が来ていない春菜の前の席の椅子の背もたれを前にして座る。

香取奈美、他のクラスだが学校で春菜に臆せず話せる唯一の生徒だった。


春菜は髪の色、瞳の色が日本人離れしている、顔つきは整っているが日本人のそれなのだった。

これは春菜の家、瀧の女性陣に言えることだが皆異色の髪の色と瞳の色なのだが、美人と言ってもいい整った顔と合わせると絶世の美女、美少女となるのだった。

春菜が小学六年生の頃、クラスの副担任の男性教諭に視聴覚室に連れ込まれ、扉の鍵をかけられたが、春菜は扉を蹴破り、わざとらしい悲鳴をあげて学校から家まで大騒ぎして帰宅、その後母の秋華が笑顔で学校にすぐに出向く。

自分の娘の容姿を理解している母からこうするようにとしっかりと教え込まれた対処法であった。

学校周辺の住民から問い合わせが殺到してる中で凄まじいプレッシャーの笑顔を放つ母、秋華の追求により件の副担任は他県へ異動となり、学校関係者、生徒から絶対にトラブルを起こしたらヤバい女子生徒と見られるようになった。

秋華も絶世の美女で、子供を六人産んだのが信じられないと近所でも評判だが、そんな美人の威圧感たっぷりの笑顔に校長と教頭は恐れをなした。


「でね、あんたに告白したい人がまた出そうなの」「…誰?」「三年のバスケ部のキャプテンになったイケメンさん」春菜は少しため息を吐いた。

自分の容姿で判断するような人物を春菜は評価していない。

色々とあったトラブルもだが、春菜的には自分の容姿はほとんど気にしていなかった。

余り話しかけられず、突然付き合ってくださいという方がおかしいと思ってもいたからだ。

「でね、そのイケメンさんを狙ってるのが二年生の女子にいるから、いつものように春菜が振った後にさしむけるようにするよ」「ありがとう奈美。いつもお世話になるけど」春菜はそう言ってペコリと頭を下げた。

「いいんだよ。まあ、あたいは好きでやってるんだからね」奈美は猫を思わせる目を細めてにたりと笑って教室を出て行った。


鼻歌を歌いながら春菜の教室を出ると視線を急に逸らして歩いていく女子生徒が見えた。

「…ほーん…取引材料になりそうだねー」春菜の教室を出た奈美は、廊下の向こうへと去っていく人物を見て、ニヤリと笑ったあと、トイレに向かった。

始業のチャイムが鳴ってもトイレからは誰も出て来ず、見回りの教師がトイレが無人だと確認した。



「ごめんなさい。いきなり話もした事がない人に付き合って欲しいと言われてもボクはそんな人と付き合う気はないので」

形ばかりの頭を下げて、春菜はそそくさとその場を離れた。

件のイケメン先輩は唖然としているようで、その場で固まっていた。

昼休みにクラスメイトのバスケ部男子に言われて体育館裏に来たが、直接話もできないのかと春菜は少し呆れていた。

体育館裏から出ると、女子生徒が一人春菜を見ていた。

悔しそうな、安堵したような複雑な表情だが、すぐに体育館裏のイケメン先輩に向かって行った。

春菜はそれを見て踵を返した。

ふと、視線を感じた。

周囲を見るが近くには誰もいない。

校舎や校庭で生徒が何人か昼休みを軽い運動や友人とにおしゃべりで楽しんでいるのが見えただけだった。

「…気のせいかな?」

春菜は小首を傾げて教室へと向かった。


午後一時過ぎ、春菜の姉、冬菜はランドナーに乗って春菜の通う中学校の近くにある小さな神社に来ていた。

ジーンズの後ろポケットに捩じ込んでいた伸縮式の警棒を取り出し、軽く振ると小気味良い音がして警棒が九十センチほど伸びた。

それを左手で持ち、神社の中に入っていく。

小さな本殿と枯れた手水があり、本殿の向こうで男女の喘ぎ声が聞こえた。

冬菜は苦笑して足音を忍ばせて本殿に近づく。

男女はどうやら中学生同士のようだった。

まあ、この年なら仕方ないと冬菜は思った。

彼らの向こう側に黒い大きな影が蠢いた。

黒い大きな人に見えたがバランスがおかしかった。

敢えて言えば男の子の玩具のソフビ人形のロボットのように見えるのだ。

その大きな黒いソフビ人形が男女に手を伸ばすと、その気配に気づいた二人は声にならない悲鳴をあげた。

冬菜は力強く踏み込み一呼吸でそのソフビロボットに迫り、警棒をその首に突き刺した。

その大きなソフビロボットは、一瞬痙攣するように仰け反ると、パズルのピースが崩れるように崩壊して消えた。

冬菜は大きく息を吐き出して警棒の先端を叩いてたたんだ。

ふと見ると中学生の男女が気絶しているが、下半身は互いに裸だった。

「…何やってんだか…」冬菜はぼやいてその場を離れた。



春菜が学校から出た時、救急車が近くの神社に停まっていた。

小耳に挟んだ話では、自分の学校の生徒が神社で二人倒れていたらしい。

それだけ聞いて春菜は自転車に乗って帰宅の途につく。

途中でコンビニに寄り道し、雑誌コーナーを見る。

そこに並んでるファッション雑誌を見てみる。

一つ息を吐くとコンビニを出て家へと向かった。

家に着くとガレージに自転車を入れて家に向かう。

「お、春菜お帰り」「ただいまー兄さん、と、父さん」兄の夏葉が一トントラックに積み込んだ荷物に父の将とロープをかけていた。

父は春菜を見て「おかえり」とだけ言って作業を続けた。


兄の夏葉は百八十センチ超えの身長を持った細い身体つきだが引き締まった筋肉がついているのがわかった。

短めにした茶色の髪に青いバンダナを頭に締め、ブラウンの瞳を持つ、近所の奥様に人気の長男だった。

襟付きのシャツを生真面目に首元までボタンを掛け、細身のジーンズに革の安全靴を履いている。

父の将は百七十六センチの身長と中肉中背という平均的な身体つきでTシャツの上にベージュの作業ジャンパーを前を開けて袖を捲って着ている。

くたびれたジーンズを履き父も革の安全靴を履いている。

赤茶けたザンバラ髪は長めで、意志の強そうな眼と太い眉毛、ギュッと締まった口元。

リサイクル店の店長より、武道家を思わせる雰囲気があった。


「まだ配達?」「ま、今日はこれで終わりだけどな」ロープの端を父に投げた夏葉がそう言った。

父はそれで荷物を固定していた。

「…行こうか」「了解」夏葉が運転席に座り、父が助手席につくとトラックは軽くクラクションを鳴らすと走り出して行った。

「気をつけてね」春菜はそれを見送ると小走りに二階の自宅に向かい、玄関に鞄を置くとすぐに階段を下りて洋品店、花鳥風月に入る。

店内は幾つかのトールソーに服が着せられていて、その横のハンガーラックに洋服が並べられている。

母が手作りした服をメインに扱っているが、オーダーメイドも受けている。

デザインが注文した人に合わせて、要望を取り入れつつ仕立てられて、普通のオーダーメイドより安く、少しいい服を買う値段で受けている。

母娘でのコーディネートが評判で、しかも割と早く仕上げてくれると知る人ぞ知る店として知られていた。

レジ兼カウンターの中では季璃が宿題を広げてウンウン唸っていたが、春菜を見るとパアッと顔を綻ばせた。

「おっかえりー!はるなちゃん!」「ただいまー、お母さんは?」季璃の言葉に春菜が返すと奥の作業場から母が顔をひょっこり出した。

「おかえり、将は見た?」「兄さんと配達行ったよ」母はにこりと笑った。

「じゃあ、そろそろお店閉めましょうか」「はあい」春菜は奥の作業場にある店内の通用口の扉を開けて隣にあるリサイクルショップ瀧屋に向かった。

店内は色々な電化製品を中心に展示されていて、液晶テレビから音を絞った番組や、DVDの映像が流されている。

通用口を潜ると近くにレジがあり、そこには姉の冬菜が椅子に座って伝票を書き込んでいた。

「おかえり」「ただいま。姉さんだけ?」春菜が聞くと姉は少し離れた奥にあるカウンターを指差す。

そこには雪と晃の双子が並んで座っていたが、晃は宿題して雪はハンダゴテで電化製品の基盤を治していた。

「あ、おかえり、はる姉」「おかえり」晃は宿題から顔を上げて言ったが、雪は基盤にはんだ付けしたままだった。

「ただいま…」春菜はため息を吐いた。

晃は学校の成績がよく、宿題もしっかりやるのだが、雪は機械いじりが好きで故障した電化製品をほとんど治せるのだが、勉強には興味を向けずいつも晃がやった宿題を写していた。

前に注意したら、「分業」と一言だけ言った。母も姉、兄も「…まあ雪だから」と電化製品を修理できる雪を黙認していた。父は「気にするな」としか言わなかった。

春菜の記憶では小学校に上がる前から機械を弄っていた雪を思い出すのだ。

要領のいい妹というのが春菜の評価だった。

「母さんがお店閉めるって」姉妹たちに聞こえるように春菜が言うと姉から「オーケー、掃除やろうか」と言われて春菜は掃除道具をカウンターの奥に取りに行った。



母と季璃が夕飯の支度をし、残った四人で掃除を終わらせると父と兄が帰ってきた。

配達の後片付けも手伝って各店舗のシャッターを閉めると揃って二階の家に戻る。

春菜は玄関に置きっぱなしのカバンを自室に持って行くと洗面所で手を洗いうがいをする。

ダイニングに行くと家族全員がいた。

既に座って大きめの湯呑みでお茶を飲む父、スマホを弄っている兄、飯碗にご飯をよそってる姉、妹たちは既に席に着いている。

母が最後に大皿の豚肉入りの野菜炒めを持って、テーブルに置いた。

春菜は慌てて自分の席、季璃の横、母の隣に座った。

「さ、食べましょう」座った母が言うと父が手を合わせた。

「いただきます」


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