話に登場するその他の狸

〇八島の浦の化狸 「四国奇談 実説古狸合戦 第二回」(二三ページ、他)


 この浦の化狸は人に憑りついて源平の戦いや、長宗我部(原文では長曾我部)信親を恐ろしい人だと思ったと話をしています。


 モデルとなったのは特定の人物ではなく、平家物語や戦国のころの言い伝えなどを語り継いできた複数の人物ではないでしょうか。


 八島は屋島の「当て字」ですが、創作であることを強調するためにあえて「八島」と書いているのかも知れません。



〇高洲隠元 「四国奇談 実説古狸合戦 第二回」(四四ページ、他)


 萬福寺を創建した中国の禅僧が隠元禅師と言われていたことと、この僧侶が伝えたとされる隠元豆(フジマメ)の種が狸の丸まった姿に見えることから、そのように名づけたのではないかと考えています。



〇千住太郎 「四国奇談 実説古狸合戦 第五回」(九八ページ、他)


 この狸は「四国奇談 実説古狸合戦」、「古狸奇談 津田浦大決戦」、「古狸奇談 日開野弔合戦」より前に書かれた「近頃古狸珍説 礼義智信」、「古狸金長義勇珍説 乾」、「金長一生記」には登場しておらず、千住太郎に関する伝説がいつからあったかもよくわかりません。


 現在、足立区の一部になっている千住は江戸時代には既に栄えていたようですが、地名の由来に関する説から「六右衛門」と結びつけるには理由が弱いように思えます。

 一方で講談や軍記ものに登場する人物としては、「太平記」には足利尊氏の子として千寿王(足利義詮)が出てきます。


 金長のモデルとして源義経が考えられるので、「平家物語」とともに知られている「太平記」の側からも狸合戦に登場させたのでしょうか。



〇高島の當千坊 「四国奇談 実説古狸合戦 第六回」(一一九ページ)


 「通せんぼ」という言葉から名づけられたように思います。



〇庚申新八 「四国奇談 実説古狸合戦 第六回」(六〇ページ、他)


 名前が出てくるのは「四国奇談 実説古狸合戦 第六回」(六〇ページ)、本格的に話に出てくるのは「古狸奇談 津田浦大決戦 第四回」の途中から「古狸奇談 日開野弔合戦 第三回」の途中までですが、非常に大立ち回りをする狸です。


 話の途中で金長と同様に悲恋話が入るなど、金長とイメージが重なり、演劇的な役割も多いように思えます。


 「古狸奇談 津田浦大決戦 第十回」(二〇〇ページ)では「猿三」と名乗らせていますが、名前の通り庚申信仰と関りがあり、庚申信仰では「三猿」が重要な扱いをされることが理由のように思えます。


 「古狸奇談 日開野弔合戦 第三回」(五二ページ)で「徳川蜂須賀家火術の御指南番役、北島藤左衛門」に鉄砲で撃たれることになるのですが、「徳島藩士譜」と「民族と歴史 第八巻 第一號」では「北島藤蔵」となっています。

 これとは別に、「北島藤左衛門」という人物にまつわる話が佐賀県藤津郡太良町にあり、南藤蔓綿録(肥後国史料叢書)にも登場する人物のようです。


 講談にするにあたって、別の伝説に登場するよく似た名前の人物に変えることで、より一層「架空の話」に仕立て上げようとしたのでしょうか。


 演目の途中などでそのような指摘があった際には、よく言ってくださいましたと「北島藤左衛門」の話を持ち出すつもりだったのかも知れません。


 なお、「近頃古狸珍説 礼義智信」(8ページ右側)にも「庚辛新八」の名前がありましたが、「古狸金長義勇珍説 乾」では名前が確認できませんでした。


 「民族と歴史 第八巻 第一號」には「内藤元蔵氏の直話に依る」として新八の悪戯が12個あげられており、その中には「古狸奇談 日開野弔合戦 第三回」(五三ページ)から語られている内容も含まれています。



〇芦野早太郎 「古狸奇談 津田浦大決戦 第四回」(五八ページ)


 足が速い太郎(太郎は誰それ程度の意味)。あるいは、足が速いだろう。


 金長側の伝令役として登場した狸ですが、早く知らせを届けたいのならば足が速い者を選ぶだろうと想像したのかも知れません。



〇山中轉太 「古狸奇談 津田浦大決戦 第五回」(八三ページ)


 六右衛門側の伝令役で登場した狸です。


 山の中で転んだという演出があり、芦野早太郎との対比となっています。



〇狢の三郎 「古狸奇談 津田浦大決戦 第六回」(九九ページ)


 こちらも伝令役ですが、戦いのさなかに戦場をくぐりぬけてきたということで「無事に候(金長勢に討たれなかった)」という意味を込めているのではないかと考えています。



〇八島の禿狸 「古狸奇談 津田浦大決戦 第八回」(一四二ページ、他)


 「四国奇談 実説古狸合戦 第二回」(二八ページ)に登場する「八島(屋島)の浦の化狸」と同じ狸ならば、太三郎のことだと思います。

 「八毛狸」とも書かれています



〇飛田の八蔵 「古狸奇談 津田浦大決戦 第八回」(一四三ページ、他)


 「源義経の八艘飛び伝説」から「はっそう」と「とんだ」を抜き出して、「はっそう」を名前のように「八蔵」と変えたと推測できますが、読んだ限りでは源義経が舟を飛び越えたような勢いで走るというよりも、長距離ランナーが走る様子に近い印象を受けました。


 ただ、「古狸奇談 津田浦大決戦 第九回」(一七八ページ)から始まっている六右衛門への言い訳が、安倍晴明誕生にまつわる伝説を元にしたものすごく強引な内容ですので、「とんでもない発想」から「とんだはっそう」の意を含めたようにも思えますし、その逆に名前からこういう発想になったようにも思えます。



〇権右衛門 「古狸奇談 津田浦大決戦 第八回」(一五一ページ、他)


 洲本の浜辺の茶店で会話している人物の台詞に名前が出てきますが、同じ「古狸奇談 津田浦大決戦 第八回」(一五八ページ)で庚申新八と話をしている狸の名前も権右衛門となっています。


 両者の名前が同じなのは、阿波狸合戦が講談だけではなく芝居でも演じられていて、芝居で使われる店のセットと老爺役の人物が、洲本と徳島の両場面で使いまわされていたからではないか、あるいは芝居の種本として「ここは使いまわし」だとわかるように記しているのではないか、というふうに考えています。


 単純に、同じ名前を使っていることに気がつかなかった、ということもありそうです。


 「古狸奇談 津田浦大決戦 第八回」(一五四ページ)では、庚申新八と権右衛門が人間に化けたまま会話をしている最中に「私共狸同士が」と口にして、そこから後は狸の姿に戻っているようです。



〇宅内 「古狸奇談 津田浦大決戦 第十回」(一八三ページ)と可内(べくない) 「古狸奇談 日開野弔合戦 第一回」(二ページ、他)


 宅内は淡州千山の芝右衛門の家来、可内は穴観音城の門番をしている狸の一匹です。

 「可内」は「江戸時代、武家の下男の通称」とあり、検索先によっては女房(家内)の意味もあるとのことですが、言葉づかいや「古狸奇談 津田浦大決戦 第十回」(一八一ページ)に「家来」とあることから雄狸だと思います。


 「宅内」は「家の中」のような意味でそれ以上の説明が見あたらないのですが、こちらのほうは奉公先の家の中で雑用をする下男のことだと思います。



〇裕七狸 「古狸奇談 日開野弔合戦 第三回」(六三ページ、他)


 金磯に棲む狸で、この話では万助を酷い目にあわせた悪狸として登場します。


 狸の神社・祠として「祐七大明神」があり、「子どもに化けて相撲を取ったり、近所の漁師の魚をちょろまかせて喜んだ」らしく、話の中の裕七狸とは受ける印象がかなり違います。


 「民族と歴史 第八巻 第一號」では、「阿波傳説物語」の注釈つきで「狸の神様」として徳島市住吉島町の「おふなたさん」という子供が十二人いる狸が紹介されており、「おふなたさんとは船戸神のこと」、「船戸神の小祠が各所にあつたのと、人に憑く怖れられた狸を祀つた祠が各地に出来たのと、全く混同してしまつたものと思われる」とあります。


 なお、「裕七大明神」のある場所は神社の摂末社のようで、それ以外の狸の祠についてもすべてが船戸神と関係があるとも思えず、地元の人の記憶や記録がないと詳細がわからない、ということもありえます。


 こうしたことを調べるのが民俗や歴史について学問の場で解き明かそうとする時の難しさ、あるいは面白さなのでしょうか。


 それはさておいて、この講談においては後に紹介する稲木狸らともども、狸の悪い面を担う役として登場したと考えたほうがいいかも知れません。



〇野良一 「古狸奇談 日開野弔合戦 第三回」(七一ページ、他)


 狸の「闇の面」である稲木狸や裕七らに対して、「光の面」である野良一、という関係で登場します。



〇稲木狸とその娘 「古狸奇談 日開野弔合戦 第四回」(七二ページ、他)


 「阿州奇事雑話 二」(0187ページ左側)の「狸脇指」の話、あるいは「日本傳説叢書 阿波の巻」の「稲木狸」が元になっているかと思います。

 「民族と歴史 第八巻 第一號」には「稻田の古狸」として紹介されています。


 明治三年(一八七〇年)の稲田騒動(庚午事変)を徳島藩士の側から見たうえで「勧善懲悪」型の話に取り込んだ結果として、こういう役割を与えられたのかも知れません。


 また、先の野良一が関わってくる部分については、江戸の茶屋で実際にあった出来事か、それを元にした落語や講談から創作されたようにも思えます。



〇蕃椒の七平と弟の悪六助 「古狸奇談 日開野弔合戦 第五回」(一〇五ページ)


 蕃椒(唐辛子)兄弟の兄が「七」平で弟が「六」助なのは、七味に一味足りないからと考えればいいのかも知れません。

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