合戦話や武将の話が取り込まれている部分

○津田穴観音城攻め


 「古狸奇談 津田浦大決戦 第七回」(一二三ページ)には「幸村の抜穴」とあることから、大坂の陣に関する記録や言い伝えが話の元になっているようです。

 狸に抜け穴が掘れたのだから人間(真田)にもできたはず、という話はひとまず置きますが、真田信繁(幸村)の抜穴が講談を通じて語られていたことは指摘しても良いかと思います。


 舞台で演じられる演目などで「どこからともなく何かが現れる」、あるいは「どこへともなく何かが消える」という展開がある時に「奈落」という舞台装置が使われていたことが関係しているかどうかはわかりませんが、重要な建物に抜け穴があるという話は真偽どちらも含めて世界各地にあるようです。


 「古狸奇談 日開野弔合戦 第二回」(三六ページ)では小舟で穴観音城に乗り込んでいます。


 小舟から陸地にあがるという光景は渡し船のあった場所でよく見られたでしょうし、巌流島や桃太郎の話でも出てくるので、そこまで特別視する必要はないようにも思えますが、徳島で起きた合戦から創作したとすれば「阿波国徴古雑抄 巻八 阿州古戦記」(九〇八ページ)から始まっている「阿州中富川戦塲」から「勝瑞城攻」にかけての出来事が元になっているのではないでしょうか。


 「土佐物語」、「長元物語」、「元親記」にも同じ出来事が記されているようですが、成立順序などについての解説は詳しい方にお任せします。

「阿州古戦記」には「此段全く三好記を取」という記述がありますので、「阿州古戦記」が「三好記」を元に書かれているのは確かだと思います。



○書状の日付


 「四国奇談 実説古狸合戦 第十回」(一九三ページ)で金長が六右衛門に宛てて書いている書状の日付は「天保十一子年十月」(一八四〇年一〇月)となっています。

 一方、「古狸奇談 日開野弔合戦 第五回」(一〇〇ページ)で川島葭右衛門らが川島大神宮境内で旗揚げした日付は「天保十一年九月十五日」で、後の話なのに日付は先になっています。


 天保十一年の干支は庚子で、同じ庚子の慶長五年(一六〇〇年)の九月十五日には関ヶ原で戦いがあったことから、旗揚げした日付は、当時講談などで語られていた関ヶ原の戦いを元にして創作されたのではないかと思います。

 金長の書状の日付である天保十一年の十月に戦いがあったという記録はないようですが、源平の戦いならば、干支が庚子の治承四年(一一八〇年)に頼朝が挙兵しており、十月二十日には富士川の戦いが起きています。


 ただ、金長と源義経を関係づけているならば富士川の戦いに参加していないことになりますので、書状に関しては創作、あるいは他の「軍記もの」を元にした講談からの引用ということも考えられます。


 講談として整えられる前の経緯がどうであったかにかかわらず、川島大神宮境内で旗揚げのあった日は、それより前に話されている金長の書状の日付より前になってしまっているわけですが、それを指摘しても「まあ、そのあたりは狸に化かされたことにでもしておきましょう」と、返答されて終わりになりそうではあります。


 また、「四国奇談 実説古狸合戦」より前の時代に書かれた「近頃古狸珍説 礼義智信」(20ページ左側)、「古狸金長義勇珍説 乾」(0307ページ右側)に記されているとおり、六右衛門狸に渡された書状を書いているのは金長狸なのですが、「四国奇談 実説古狸合戦」からは書状を誰が書いたのか読み取れませんでした。



○江田川での戦い


 「古狸奇談 日開野弔合戦 第七回」(一四四ページ)の天候が移り変わる様子は、「阿波国徴古雑抄 巻八 阿州古戦記」(九一一ページ)から始まっている「勝瑞城攻」(あるいは「長元物語」、「土佐物語」、「元親記」)を元にして創作しているように思えます。

 ただ、真田信繁(幸村)の名前が津田穴観音城攻めの時に出ていますので、「上田軍記」中の「信州神川合戰之事」も創作に使われた可能性があります。


 災害という視点で考えると、長雨が降り続いて洪水になった記録は徳島県内にも徳島県外にもありますので、無理に特定しないほうがいいかも知れません。

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