口論


 その巨体に圧倒されたのか、強張った顔の琉翔さんが後ずさる。

 それでも一歩も引かないという気概は、かろうじて見て取れた。


「な、なんだ。文句あるのか? 俺は事実を述べたまでだ。オカルト雑誌など、ネットで拾った嘘八百を書きなぐっているだけだろう。超常現象、都市伝説、秘密結社、陰謀説――。どれもこれも何の裏付けもないでっちあげだろう。だから、くだらなくてしょうもないと俺は言った」


「琉翔さん」


 烏丸さんが更に一歩、琉翔さんに近づく。


「っ、な、何をする気――」


 すると烏丸さんが、引きつった顔の琉翔さんの手を両手で握った。


「よく分かってらっしゃるっ。『奇怪忌憚』に関わらずオカルト雑誌なんて、くだらなくてしょうもないものですよ。コンビニでエロ本が売られていたときは、そのとなりが定位置の三流雑誌ですわ。正に娯楽の最低辺。鼻で嗤うような内容に鼻くそこすりつけたくなる記事のオンパレード。これが、くだらなくてしょうもないと言わずになんとする、ですな」


「い、いや……」


 思ってもみない展開だったのだろう、琉翔さんは口をあんぐりと開けてポカンとした表情だ。

 

「でもね、結構売れてるんですよ。そんな、くだらなくてしょうもない鼻くそ記事が好きな人間が世の中にはたくさんいるってことなんです。なので私は彼らに向けて、くだらなくてしょうもない鼻くそ記事をこれからも書き続けていきますよっ。あ、ちなみにでってあげではなく創作です」


 ニカリと白い歯を見せる烏丸さん。

 一方の琉翔さんは我を取り戻したように烏丸さんの手を払うと、彼から距離を取った。


「ふん。そんなことはどうでもいい。しかし、今のあんたの話を聞いてますます信じられなくなった。悪魔祓いの記事も嘘であり、その女がエクソシストではないと認めたようなものだからな」


 私を睨みつける琉翔さん。今までも何度か向けられたことのある、色濃い疑念と蔑みが入り混じった目。これは程度は違えど、正式である〝オロリッシュ神父ルート〟でも起こりうることであり、思わずため息が漏れる。


「いえ、琉翔さん。『花と天使とエクソシズム』の記事に関していえば違います。あれは事実を書き記したものであり、莉愛がエクソシストであることは紛うことなき真実ですよ。そこは記事の最後に毎回書いてあるはずです」


 そして、〝悪魔にお困りの際は編集者にご連絡ください〟とも。

 

「嘘だらけの内容で、そこだけを信じろと? 馬鹿馬鹿しいっ。父さん」琉翔さんが輝彦さんに顔を向ける。「この人達には帰ってもらって、もっと然るべき人間に悪魔祓いを頼むべきだ」


「然るべきと言われてもな。それが分かっていれば私だって……いや、すいません。そういった意味では」


 胸の前で手を振り、慌てて訂正する輝彦さん。

 

「正式なルートならありますよ。ただ、どちらにしても私に依頼が来ると思います。今、日本で祓魔師と認められているのは私だけですから」


「女で神父でもないあんたがか日本で唯一の、だと? せめてそれらしい奴を連れてくるべきだったな。やはり信じることなどできない。今すぐ帰ってくれ。悪魔はこちらでなんとかする」


 手で払うような仕草の琉翔さん。

 ところで、〝それらしい〟。シスターの恰好をして聖書でも胸に抱いていればよかったのだろうか。そちらのほうが胡散臭そうだけど、私は口を挟まなかった。


「そんな、兄さんっ。他の方法なんて分からないのに勝手なこと言わないでっ。やみくもに時間だけが過ぎていって柚葉の症状がこれ以上悪化したらどうするのっ!? 柚葉のことも少しは考えてよっ。せっかく来てもらったんだし、悪魔祓いを試してもらえばいいじゃんっ」


 和奏さんが激しい剣幕で琉翔さんにまくし立てる。柚葉さんのことを心底心配しているのがこちらまで伝わってくる。その勢いに気圧されたような琉翔さんだったけど、すぐにその形相を険しくした。


「俺だって柚葉のことは心配だっ。一日だって早くあいつの体から悪魔を葬り去ってやりたい。だからこそ、こんなわけのわからん連中には頼みたくないと言っているんだっ。試すというが、もしそれで症状が悪化でもしたらどうするっ」


「だったら兄さんは他の方法を必ず見つけてくれるの? 見つけたとしても、その方法を探しているうちに柚葉にもしものことがあったら責任とれるのっ?」


「探す前からそんなことを言う奴があるか。俺達でとにかく探すしかないんだよっ」


 ふと横を見ると肩をすくめてみせる烏丸さん。まるで犬も食わないものを見せられているかのように。内藤さんもあたふたとするだけで、介入する気は一切ないようだった。

 

 家族の総意がなければ、悪魔祓いは不可能だ。いや、そもそも悪魔のせいだと決まっていないのに悪魔の仕業だと断定して話が進んでいく。これも烏丸さんルートの悩みの種だった。


「どうかしたの?」


 その声はホールのほうから聞こえた。

 柚葉さんだ。一階の喧噪が気になり、何事かと見にきたのだろう。


 そのとき、柚葉さんが体勢を崩して倒れそうになる。咄嗟に駆け寄る琉翔さん。彼は妹を支えると、気遣わしげな表情を浮かべた。


「大丈夫か、柚葉。弱っている体であまり無理をするんじゃない」


「無理って、ただ階段を下りてきただけだよ。ふふ。おおげさだな、お兄ちゃんは」


「そうは言うが、実際、まともに寝れてもいないし食だって細くなっているだろう。だからこそよろけたんじゃないのか」


「そうだよ、柚葉。ほら、ソファに座って。何か食べる?」


「ううん。大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん」


 そこに和奏さんが加わって、柚葉さんをソファへと促す。すると和奏さんがとなりに座り、その柚葉さんの手を握った。たったそれだけで、琉翔さんと和奏さんの柚葉さんへの愛情の強さが伝わってくる。自分が一人っ子だからなのだろう、それがとても羨ましく思えた。


「柚葉、実は――」輝彦さんが、今さっき揉めていた内容をかいつまんで柚葉さんに話す。「ということなんだが、お前はどうしたい? 柚葉が決めてくれ。場合によってはこの方達にはお帰りいただくことになるが、最大限お前の意思を尊重したいと思っている」


 話を聞いた柚葉さんが窓の外を眺める。その表情から読み取れるのは、何かしらを思案。やがて彼女は口を開く。


「私は、莉愛さんにお願いしたい」


 苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべる琉翔さん。反論はなかった。

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