第36話

T駅前から更に南下して、俺達は谷村(やむら)へと向かった。

何だかんだ小一時間近く歩いただろうか…。

ここはボウリング場やバッティングセンターがあり、遊びには事欠かない。


クボが俺に言った。


「ワシ、バッティングには自信あるんよ。自分、バッティングセンター行けへん?」


やけに自信満々だ。


「本当かよクボさん。俺だって町内野球の四番だったんだぜ? じゃ、勝負すっか?

負けたらビンタ五発」


「自分、何で暴力やねん」


そして、いざ対決。

最初はクボ。


「ワシ、バッティングには自信あるんよ。よう見とき」


そして、第一球。

赤ランプが点滅。

マシンから放たれたボールは真っ直ぐベース上を通過し、クボのバットは空を切った。

あまりにも豪快な空振りに俺は声を出して笑ってしまった。

続く二球目もクボのバットは空を切り、俺は思わず


「下手くそ!」


と叫んでやった。

クボは首を傾げながら


「ここのボール遅いわぁ…、いつももっと速い球打っとるからタイミング合わへん」


遅い球の方が当たると思うのだが…。



──────────────────────────────────────────────────────





そろそろ帰らねばならない時間となった。

時計の針は五時を指していた。

俺達は谷村を離れ、再びT市駅前に来ていた。

実は最初に駅前に来た時に、百円均一の缶詰を売ってる店があり、ここで何日分かの食糧を調達しようと話していたのだ。


行きに缶詰を買ってしまったら重たいし、T市駅は谷村から寮へと帰る道の中間地点にある。

そこで俺達は帰りに缶詰を買おうと決めてたのだ。


俺達はさっさと買い物を済ませた。

ここから寮までは歩いて一時間はかかる。

俺と早矢仕さんはもう車に乗ったからいいが、クボはまだ六時半からの教習が残ってる。

時間的に考えて、結構ギリギリだった。


「クボちゃん、帰ろうぜ? もう一回乗るんだろ?」


早矢仕さんの問いかけに、クボはあらぬ方向を見つめていた。


「待ってえや早っちゃん、ンマそうな焼鳥屋があるんよ」


実は、缶詰を売ってる店の近くに屋台の焼鳥屋があったのだが、クボはそれに魅了されていた。

この時間のない時になに考えてんだか…。

俺と早矢仕さんは顔を見合わせた。


「クボさん、じゃあ俺達先行ってるよ?」


俺が声をかけたが、クボは屋台の方だけ見て


「ああ、すぐ後追うわ」


と言った。

ちゃんと聞いてんのかなと思ったが、まさか遅刻はしないだろうと思いつつ、


「あのね、この道真っ直ぐ行った突き当たりを左だよ?」


と説明したのだが


「ああ…」


と生返事。

もう一度念を押して俺はクボに


「真っ直ぐ行った突き当たりを左だからね?」


としつこく言った。


「ああ、左やな」


聞いてんだか聞いてないんだか…。

どうでもいいやと俺達は、真っ直ぐ行った突き当たりを左に曲がった。

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