第33話

滅多に寮に泊まらない兄貴がどういう風の吹き回しか寮に戻ってきた。

いつもは高そうなバイクを六本木からすっ飛ばして教習所まで通ってるのに。


結果として毎日通うなら自宅近辺の教習所に行けばいい話だと思うのだが、イチイチ予約するのが面倒くさいので手続き不要の合宿免許にしたのだとか。


尤も俺からすれば、毎日六本木から山梨まで通う方がよっぽど面倒くさいし、何より宿泊費用が思いきり無駄だと思うのだが、兄貴は通いの道中バイクで風を切って走るのが爽快だそうで…。


さすが医者の息子だけあって贅沢だ。

今更だが兄貴の風貌は、髪型はデビュー当時の芳賀研二(のちの誠意大将軍)で、黒縁のメガネをかけていた。


兄貴は寮に入るなり101号室にやってきた。


「うぃーっす。何だよ、今日は随分集まってんじゃん」


「兄貴、どうしたの!?」


早矢仕さんの問いに、兄貴が答えようとした。


「ああ、何かさ、明日雪降るだ何だで…」


話の途中、血相を変えて学が叫んだ。


「兄貴! 鍵締めた!?」


「鍵?、何処の?」


「玄関のだよ!!」


遅かった…。


「オウ!  テメェらずら!?  オレの車に傷つけたのは!」


さっきのヤンキーが、手下を伴い金属バットを片手に部屋に入ってきた。

一瞬にして室内が凍りついた。


「オウ、お前か?」


ヤツは、座っている一人々々の鼻っ先に金属バットの先端を向け、聞いて回った。

だが、当然のように誰も返事をしなかった。


さっき外で遭遇した時よりタチが悪かったのは、ヤツが酒に酔っていた事。

ヤツの手には金属バットの他に、長方形の宝焼酎のビンがあり、ヤツはそれを原液のままあおっていたから、目付きも座り危険な状態だった。


恐らく威勢のいい事は言ってても、シラフじゃ殴り込みなど出来なかったのであろう。

だがこう言うバカほど酒の力を借りた時は何をしでかすか分からない。

なるべく刺激しない方が一番だ。


ヤツは部屋の中にいる連中片っぱしから

「お前がやったずら」

と聞いて回っていたが、遂に学が口を開いた。


「クルマやったヤツならよォ、この部屋にはいねぇよ」


「何ィ?」


男は学にバットの先端を向けた。


「何処に居んだ?」


ヤツの問いに学が答えた。


「クルマやったヤツならよォ、いま一時帰宅で自宅に帰ったよ。あと五日したら戻ってくるよ」


学の言葉に自称ヤ◯ザは一瞬黙り込んだが、ほんとだな? ほんとだな? と言って、五日後にまた来ると言って部屋を出て行った。


完全に寮から出て行ったのを見届けると、一同フーっとため息…。

直後に一斉に

「兄貴ィー! ザケんなよ」

の声。

周りが説明すると、ゴメンゴメンと兄貴。



取り敢えずは学のハッタリで何とかこの日はこれで収まった。

ちなみ学が言った五日後なんてのは全くのデタラメで、自分が五日後には卒業して寮から居なくなってるからだった。


そしてこの事件は翌朝、メガネ君が宿直教官にチクる事で一応の決着を見る。


しかしこの後のクボの言いっぷりがいい。


「大した事ないやっちゃな」









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