第30話

その日、寮内は慌ただしかった。

ヤ◯ザがこの寮に攻めてくると言う。

話はこうだ。


この教習所卒業の自称ヤ◯ザと名乗る男が、寮の敷地に車を停めて置いた処、何者かに車を傷つけられたと言うのだ。


それも、犯人はこの寮の中に居ると…。

怒ったヤ◯ザが今夜この寮に襲撃しにくると言う。



俺が101号室のドアを開けると、既に寮内の主だった猛者達がこの部屋に集まり、作戦会議を練っていた。


マンガのような話だが、一時帰宅から戻って早々おかしな事件に巻き込まれたな。と思った。

それにしても、何故いつも寮生はこの101号室に集まるのだろう…。


場を仕切っていたのは、今やこの寮のボス、102の学。

178cm78kgの見事な体格だ。

地元八王子の高校では番を張っているとフイていた。



そしてもう一人、202号室を仕切っている田中重政(仮名)。

こちらも183cm90kgの大男だ。


その他、学の舎弟分のニシ、ウメ、同じく102の住人ジュニア。

203のメガネ君に中年オヤジのモリスエさん。


この人はパチプロで、顔があの森末慎二に似てるのでモリスエさんと呼ばれていた。

なので本名は分からない。

そして何故か201の雨貝さんもこの部屋に来ていた。


ちなみに雨貝さんは大学院の研究所勤務の32才。鬱陶しいほどの七三分けに童貞で勿論独身である。


教習時には何故か毎回、漫画家志望の人が出版社に原稿を持ち込む時に使うような茶封筒を抱えていた。

どうしてこの人がここに?



イラつきながら重政(シゲ)が言った。


「(車を)やったのはどうせ椎名だろォ? ヤツしかいねぇよ、ンナ事すんのぁ。ヤツ差し出して終わりだろうよォ…」


「椎名突き出して、ついでにジュニアも出したれや」


「そんなぁ…」


学のジョークに、ジュニアは本気で怯え出した。 その様子を見て、ドSの学はご満悦だった。


「それよりどうすんだよマナブ。戦うのか?」


早矢仕さんが学に訊ねた。

地元八王子で暴れ回ってるとフイていただけに、さぞや好戦的な発言が出ると思いきや…。


「やべーんじゃん? 今ここで揉め事を起こすのは」


ハッキリ言って拍子抜けした。

もう少し過激な発言をするのかと思ったから。

でも、学は結構狡猾と言うか計算高い面があるので、直情型のシゲとは少し違うなとは思っていた。


「学が出ねぇんじゃなぁ…後は、辛島(カラ)、お前はやんだろ!?」


今度はからちゃんにシゲが話を振った。

だが、からちゃんは毅然と言い放った。


「俺はやらない。俺も学と一緒で今ここで揉め事を起こさない方がいいと思う。

だって、考えてもみろ、今ここでイキがって暴力沙汰を起こしたら即刻退寮だぞ?

そうしたら今まで何のためにやって来たのか…全て無駄になっちまうんだぞ!?」


「そうだけどよォ…」


からちゃんの的を射た発言に、シゲも反論の余地がなかった。

からちゃんの言葉に学も同調して


「…だな。カラの言う通り。今回の件は椎名の仕業だろうから、帰って来たらヤツ差し出しゃいいんだよ。ついでに宮下(みや)、テメェも出してやる」


差し出すべき容疑者、椎名と言う男はこの場にはいない。

実は俺と入れ替わるように一時帰宅のため埼玉の自宅に帰ってしまっていた。


ちなみに何故、学が椎名と一緒にみやちゃんもヤ◯ザに突き出すと言ったのか…。

学は軽い感じで馴れ馴れしいお調子者が大嫌いだった。

奇しくも二人は同じタイプだったのである。

だから当初から学はこの二人を嫌っていた。


「でもよぉ…」


シゲはまだ納得がいかないのか、話は終わりそうになかった。





長引きそうなので、俺は二階のメガネ君とともにはしづめやに飲み物を買いにのんきに外へ出た。



そう。俺はすっかりヤ◯ザが今夜攻めてくるのを忘れてたのだ。



そしてその時…、



「オイッ! お前ら」



ドンピシャなタイミングで、二人組の男に呼び止められた。

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