第29話

二階の部屋の坂井さん、井之上さん、香取さんとのお別れの時が来た。



教官の物真似で営業に行って以来、俺の事を覚えてくれ、お菓子をくれ、いつも声を掛けてくれた俺より二~三才年上の人達。


坂井さんに近づく。


「坂井さん、おめでとうごさいます」


「おう。サンキュー」


「井之上さん、ありがとうございました」


「ありがとね」


「香取さん、どーもでした」


「いやいやこちらこそ…」



坂井さんが皮ジャンのポケットに手を突っ込み、白い息を吐きながら言う。


「キブ。お前がここ卒業したら、来月みんなで飲み会やんぞ」


「来月って、四月ッスか?」


「ああ。モリスエさんも、香取も井之上も来っからよぉ。あと、蜂須賀さんや由比さん達も来るぞ!?」


「えっ、あの人達も?」


「ああ、だから早くここ出ろよ!?」



「はい! じゃ、その時また…」



「おう。頑張れよ!」





こうしてまた仲間達が去っていった。



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感傷に浸ってる場合ではない。

これから路上に出る試験が待っているのだから…。

しかし、ここで思わぬ事が起きた。


「キブロワイト君。右・0.7、左・0.2。眼鏡ですね…」


ショックだ。

入寮時に右・1.2、左・1.0あったはずの視力が悪化していた。

俺は、試験を受けれなくなった。


取り敢えず眼鏡は教習所で借りる事が出来るそうなのだが、次の試験までにあと四日もある。

その間、どう食い繋いでいけば良いのか…。


前にも言った通り、寮の食事は17日以降ストップしている。

それからの食費は一日100円程度に抑えていた。


しかし、このまま滞在していてはどうなる!?

既に所持金は四千円を切っている。

このまま滞在していては、卒業時の電車賃もない。


今なら、まだ帰りの電車賃なら辛うじて出せる。

今後の追加料金の事も考え、俺は一時帰宅に踏み切った。


その時、偶然一緒に一時帰宅する人がいた。

名前を今藤さんと言う。


今藤さんは30才。

ワケあって今は会社を辞め、とらばーゆ中。

この機に合宿にて免許を…、と思ったそうだ。


今藤さんは、日野の豊田駅で下車。


「都留の教習所に戻ったら、一緒に頑張ろう!」



だがここからこの人は一歩も進めず、俺が退寮の時

「やっと路上に出れるよ。キミとは随分差がついちゃったね…」

と言っていた。


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