第24話
いよいよこの101号室から一人目の卒業生が旅立とうとしていた。
最年長の阿倍野さんだ。
前にも記述したが最短16日と言っても、実地なり学科なり一度でも落ちたら、次の試験日までは何日か空くので16日ではなくなる。
これまで寮生で一番早かったのは102号室、女たらしの三沢の17日である。
阿倍野さんは確か19日目だったと思う。
阿倍野さんは横浜在住で22才。
この春からT大学の三年に進級する事になっていた。
今まで勉強に精一杯で免許を取る暇がなく、今回やっと友人の志村さん(仮名・203号室)と取りに来たのだとか。
その志村さんもこの日無事卒業。
その時たまたまみんな出払っていて、部屋には俺と圭ちゃんの二人しか残っていなかったが、阿倍野さんが寮の庭まで最後の挨拶に来てくれた。
「阿倍野さん、おめでとうございます」
「うん。ありがとうキーちゃん。これでやっと釈放自由の身だよ」
いつもは無表情な阿倍野さんもこの日ばかりは嬉しそうだ。
「後は地元で学科ですね」
「そうだね。でもよかったよ。志村君も一緒に卒業出来て。
あ、これ餞別。みんなで分けてくれよ」
そう言って差し出したのは、五千円だった。
「いいッスよ! こんな大金」
「いいんだよ。短い間だったけどお世話になったよ。誕生会ありがとうね。楽しかったよ。あの夜の事は多分一生忘れないなぁ…、僕の財産だよ」
何だかしんみりしてしまった。
志村さんが阿倍野さんを催促する仕草を見せた。
「じゃ、みんなに宜しく」
「阿倍野さんもお元気で」
阿倍野さんは後ろ向きに手を振りながら駅へと向かって去って行った。
「寂しくなるね…」
俺は圭ちゃんに言った。
「俺も明後日試験で、そんで終わりだ…」
「当たり前だけど、バラバラになるんだよなぁ…」
「そうだね…。悪いけどキー君、一足先にここを出て行くよ」
「俺もすぐ後追っかけてくよ」
圭ちゃんがにっこり笑った。
そう。
確かにみんな、それぞれの目的があってこの寮に来ている。
ここを離れれば、それぞれの生活があり、人生がある。
でも、何の因果かこの教習所に偶然集まって短いながらも一緒に暮らしてきた。
その仲間が去って行くのはやはり寂しい。
本来の目的は、ただ免許を取りに来ただけ。それも通えないから、時間がないから合宿にしただけ。
でも、二週間も一緒に居たら家族同然の感情が芽生える。
「誕生会楽しかったよ」
その言葉が、いつまでも耳に残った。
そして二日後。
同い年の圭ちゃんもこの部屋を去って行った。
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